第三章 打ち合わせ、やらないとダメですか?
中の人会議
長い休暇の後、オレは打ち合わせの場所に呼ばれた。
「オレなんかが間に入って、わかるでしょうか?」
「ゲームプレイのモニターだからな。キミの遊び方を参考にして、ゲームを選出しているので、安心するといい」
どうだろう。オレ自身、話についていける気がしない。ヲタではあるが、製油やイラストレーターを前にしたら、ただ単に限界化する未来が見えるんだが。
対面には、メガネをかけた男性と、前髪にブルーのメッシュを入れた大学生の少女がいる。
「イラストレーターの、『ぴよぴよ』です。飯塚社長とは、大学の先輩後輩でして。よろしくお願いします」
三〇代ほどの男性が、爽やかにあいさつをした。
彼が我がニコラ社のイメージキャラクター、バーチャル配信者の『ひめにこ』の生みの親だ。
妙ちくりんなペンネームに反して、紳士っぽい感じである。
「ぴよ先輩はすごいんだぞ。大学在学中にプロデビューしたんだ」
まるで自分のことのように、社長はぴよぴよさんを賞賛する。
「マーシャル・プロモーション預かりの、
一方で、役者さんの方は終始仏頂面だ。ポケットに手を入れてパイプイスにもたれながら、気怠そうにしている。
服装の破けたデニムのショートパンツから、赤いスポーツブリーフがチラ見していた。口紅も、わずかに青い。
3Dのキャラが「宇宙から来た、ホワホワお姫様」という設定なので、ギャップがスゴイ。中の人の方が、よっぽど宇宙人らしかった。
この子が突然首をポンと引っ張って中から触手の怪物が出てきたとしても、オレは絶対に驚かない自信がある。
まだ学生さんで「事務所預かり」となっているが、本人は自身の動画も立ち上げていた。そこそこ再生数もよくて、フリーでも構わないらしい。
「厳密には、企業預かり? ってカンジですねー」
悠々自適な状態にあぐらをかくつもりは毛頭なく、きっちりと恩を返したいと語る。
「あれ、この娘どっかで……」
見覚えのある顔だった。つい最近も見たような。しかし、思い出せない。
「忘れたのか? イーツの配達員だ」
社長の言葉で思い出した。この子、デリイーツで配達していた少女じゃないか。
「帽子を被ってらしたので、わかりませんでした。失礼」
「汚らしいから前髪のメッシュ見せんなって、バイト先がうるさくて。こちらこそすんません」
マヒルさんに、あまり悪びれている様子はない。むしろ、煙たがっている。
「ところで社長、この人は誰ッスか?」
不機嫌そうに、マヒルさんはオレを指さす。
「私の部下だ」
「ふーん。よろしく」
あまり歓迎されてない雰囲気だけど、頭は下げてくれた。
「よろしくお願いします。ぴよぴよさんは、既婚者の方なんですね」
「はい。妻と、一歳になる子どもがいます。一緒にこのアパートに住んでます。よくわかりましたね」
「指輪をしていらしたので」
ぴよぴよさんは左手の薬指に、二頭の抱き合ったイルカを模した指輪を填めている。
「服の汚れは、離乳食ですよね。うちの姉もよく付けていました」
「よく観察なさってますね」
「営業のクセでして」
オレは頭をかく。人をジロジロ見るクセが付いているな。イカン、観察しすぎたか。
そうだ。マヒルさんにも一応聞きたいことがあった。
「マヒルさん、この間の配達で使ったバイクは私物かな?」
「そうですけど。うるさかったッスか?」
「いや、業務用のバイクが出す音じゃなかったから、そう思っただけ。ひょっとしてMURASAKI乗りかな?」
「……へえ。よくご存じですね」
マヒルさんは少しだけ、オレに興味を持ったっぽい。
「業務用のバイクって、もっと音が軽いんだ。キミの乗っているのは、バリバリってカンジで、尖ったチューンがされている。長距離を走るためのバイクじゃないかな」
「メーカーはどうしてわかったんで?」
「エンジンが、オレの営業先の人が乗ってるバイクの音に近くてさ。もしかしたらって」
「はい。三〇〇万で買いました。一目惚れでしたね。むしろ、バイクがあたしを仲間になりたそうにこっちを見てました」
バイクが好きみたいだ。今までで一番、マヒルさんの会話が活き活きしている。
「でさ、『幻想神話』なんだけど、オレのプレイングってヌルいかな?」
たしか彼女は、オレのプレイスタイルを踏襲しているんだっけ。だったら、歩調は合わせておいた方がいいよな。
「助かってます。あたし、早解きって急かされているみたいで、ヤなんすよ」
そういえば、「早く行け」って催促されているとき、わざと辺りを観察して「隠しアイテムを探してるの~」とかしゃべっていたな。あれは本心だったのか。
オレが話している間、飯塚社長はぴよぴよさんと「今後配信者に着せる衣装」について語り合う。
「夏前に、次は浴衣をお願いします。あとは、冬用の着物などがあれば」
「和で攻めるんですね。制服差分もできますが、セーラー服とブレザー、どちらの路線で?」
「セーラー服一択で。彼女は容姿が日本的ですから。夏服をお願いします。デザインはオーソドックスでいいでしょう。文化レベルが、周囲とズレている感じが欲しいですね」
「わかりました」
細けえ……。
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