二人きりになってしまったな

「たこ焼きがあるぞ!」


 縁日をめぐりながら、イーさんがはしゃぐ。


 オレの方は、片手にスマホ、もう片方の手は買ったもので塞がってしまった。


「待ってろ。食べさせてやろう」


 爪楊枝で、イーさんがオレにたこ焼きを食べさせてくれる。


「ありがとう。うまい!」

「ソースが口に」


 上等なハンカチで、イーさんがオレの口周りを拭いてくれた。


「スマン。いいハンカチなのに」

「ハンカチは、こういうときのために使うんだ。遠慮しなくていいぞ」


 見晴らしのいい場所まで、イーさんと移動する。


「きれいだな! 迫力がある!」


 とても乙女の感想とは言い難い発言が続き、二人で花火を眺めた。


 嬉しそうなイーさんを撮りながら、オレは黙り込む。花火が打ち上がる中、オレはイーさんに声をかけられずにいた。


 熱々だったはずのたこ焼きも、すっかり熱を失っている。買ってから、相当の時間が経っているのだろう。それくらい、沈黙していた。けれど、不思議とイヤな流れではない。しみじみと花火を見ながら、まったりしている感じである。


「なんか、二人だけになってしまったな」


 会話を弾ませようとしたのか、イーさんが声をかけてきた。


「そうだな。でも、いいんじゃないかな? 撮影もあるし」

「うん。うむ……」


 どうしたんだろう? やけに歯切れが悪い。


 イーさんの顔が、花火に照らされた。どことなく、言い淀んでいることがあるかのような。


 しかし、聞けば二度と口を聞いてくれない気がして、オレから切り出すことができなかった。


「前から気になっていたのだ。仮にだぞ? ハナちゃんは、年上の女性はどう思うんだ? 恋愛対象になるか?」

「あ、その、なんだ。気にしない。まったく。恋愛は、自由だろ」


 オレだって、いい歳だ。選り好みはできない。第一、選んでいる時点で恋愛と呼べるのか謎じゃないか。


「奥さんと一五離れた知り合いがいるんだが、三人の子供に恵まれて幸せにしている。だから、関係ないかなって」

「そうか。キミは、そういうと思っていた」


 はあ、とイーさんがため息をつく。その後、少し黙り込んでしまう。


「たこ焼き食って、一息入れるか?」


 腹に何かを入れたら、落ち着くかも。


 しかし、イーさんは「いらない」と遠慮した。


「では、社会的にステータスの高い女性となったら、どうだ? やはり、引いてしまうんだろうか?」


 イーさんの質問に対して、オレは首を振る。


「拒絶するなんて、がんばっている人を否定する行為だろ。もし交際してくれるなら、全力で応援するさ」


 代わりに家を支えてくれと言うなら、喜んで引き受けよう。


「カネ目当てだとか、ヒモと思われたりするかもしれないんだぞ?」

「言わせておくさ。そんなの」


 たしかに、オレだって好き勝手欲しい物を無限に手に入れられるなら、買いたい。しかし、それと恋愛は別だ。その人との時間が苦痛であるなら崩壊し、健やかであるなら一生続くはず。


「でも、帰りがどうしても遅くなったり、付き合いたくもない相手とも交渉しなければならない時があって、きっとヤキモキするだろう。そんな思いをさせながら、交際を続けられるのか、私は心配なのだ」

「待つよ、オレは。ゲームでもしながら」


 交際できるだけで、ラッキーなんだ。ぜいたくは言えない。


「キミは自己肯定感が低いのか高いのか、わからないな」

「よく言われる」

「そういうところも含めて、キミの魅力なのかもな!」


 こんなところで二人きりになると、イーさんの発言でも勘違いしてしまいそうになる。


「私は、交際に必要なのは、人だと考えている」

「う、うん。つまり?」

「私は、恋をしてみたい」


 ドキリとした。イーさんでも、飯塚社長でも、こんな気持ちになるのだと。


「もちろん金も大事だ。また、現状維持に回ったら食い物にされる。安定なんてないんだ。だから走り続ける必要がある。しかし、そのために犠牲にしてきた感情だってある。その一つが恋愛だ」

「好きな人がいるのか?」


 イーさんは、コクリとうなずく。


 遠慮の塊が、オレの中で膨れ上がっていった。


「じゃあ、オレは邪魔だったんじゃないか? せっかくの休みなのに、オレなんかと一緒にいて」


 ブンブンと、イーさんが首を激しく振る。


「違うんだ。私は……その……」

「こんなオレでは、恋愛シミュレーションの参考にならないよ」


「そうじゃない! キミはとってもよくしてくれた! キミと過ごす時間は楽しくて、夢中になった! 同時になんだか、キミとずっと一緒にいたい気分になっていたんだ!」


 感情的になって、イーさんが言葉を放ち続けた。


 鈍いオレにだって、イーさんに向けられている心がどんなものかはわかる。

 

 しかし。


「多分、私はキミが――」

「待った!」


 オレは、ストップをかけてしまった。


「それ以上はダメだ。イーさん」


 今聞くと、オレだってどうにかなってしまう。


「もっと、よく考えよう。今は、一緒にい過ぎた。冷静になった方がいい。花火みたいに熱くなってるだけだって」

「そうかな? 私は、極めて冷静なつもりなんだが」


 だよな。多分オレの方が、ためらっている。


 何をビビってるんだ、オレは?

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