洗いっこしながら

 花火の帰り、オレたちは風呂に入っていた。屋台で散々食ったから、夕飯はない。


 ちなみにここは、水着着用なら混浴も可能である。しかも今日は、貸し切りだ。


 しかし、飯塚社長は「後で入る」と部屋にこもってしまった。


「いやいや花咲さん、ありえんでしょ」


 岩風呂で、オレはマヒルちゃんから説教されていた。酒が入っているせいか、かなり刺々しい。目は据わり、口角も下がっている。


 看板には各種効能が書かれているのに、何も効果が現れない。むしろ、身体が冷え切っていく気分だ。


「あれだけわかりやすーいお膳立てしてさぁ、盛り上がったじゃん。空は花火が打ち上がって、最高のシチュエーションじゃん。なのにヘタレかよ」


 腕を岩場にもたれさせ、マヒルちゃんは呆れ返っている。眉間には深く、シワが寄っていた。


「まさか、あれをフラグと思えない人がいるとは」

「うちの子も空気を読んだかのようにクズリだしたので、これはチャンスと思っていたのですが」

「ですよね? ギャルゲーなら告白タイムですよね?」


 梶原一家と、ぴよぴよ一家が盛り上がる。


「ちょっと待ってくれ。オレと社長が恋仲になるなんて、それこそありえないだろ?」

「はあ? この期に及んで何をおっしゃるっての?」


 オレが反論すると、マヒルちゃんが眉間のシワをさらに増やす。


「見りゃわかりますっての。二人がいい感じなの」

「だって、オレはヒラ、イーさんは社長だぞ」


 オレが社長と釣り合うなんて、とても思えない。


「いやー、マジかー。ないわー」


 マヒルちゃんが、頭を抱えてしまった。


「あのさあ、クリス社長がそんなこと気にすると思うか?」


 敬語すら排除して、マヒルちゃんが発言する。


「一番気にするところだろ?」

「全然! 一番気にしなくていいところっしょ! ガチであんたを平社員としか見ていないなら、こんな旅行も社交的な観光だけで終わるっすよ! ビジネスライクな態度で接するっすよ!」


 ぐうの音も出ない。


「そうはいっても!」

「それより、あんたの気持ちのほうが大事なんだよ!」


 バシャン! と、マヒルちゃんが湯を叩く。


「しょうもないプライド背負ってんのはあんたじゃん! 社長が、あんたをそんな色眼鏡で見てると思ってんのか? バカにすんな!」


 はああ、とわざとらしくマヒルちゃんがため息をつく。


「アホだわ、マジで」


 もう降参だと言わんばかりに、マヒルちゃんは話から離脱する。


「冷えたの飲んでくるっす。話し合っても解決しそうにないっすから」


 ザバッと、岩風呂からハヒルちゃんが上がった。


「あんたなら、社長を救ってくれると思っていたのに」


 意味深な言葉を残して。


「どういう意味だよ、マヒルちゃん!」


 オレが呼びかけても、マヒルちゃんは振り返りもしない。


「もうちょっと、自分の心に正直かと思っていました」

「ええ。もっとご自身の強みを活かすべきだと」


 他のメンバーも、次々と湯船から上がっていく。


 なんだよ、みんなして。


 オレはふてくされて、頭を洗い始めた。


 社長がオレを? まさか。

 しかし、あのときの社長の口調は、どう考えても……。


「いいや。やっぱりないない!」


 疑念を振り払うように、オレはシャンプーまみれの頭をかきむしった。


 ふと、背中に健康タオルが当たる。ごしごしと、オレの背中を誰かが洗ってくれていた。


「ああ、すいませ……って社長!?」


 背中を流してくれていたのは、社長ではないか。


「ここではイーさん」


 あ、そうか。


「イーさん、どうして?」


 オレはてっきり、嫌われたと思っていたけれど。


「もう少しだけ、話したくなってな」

「ああ、オレもだ」

「いつもお疲れ様だな」

「それは、イーさんもだろ?」


 背中をイーさんに預けながら、何を話せばいいのか考えていた。


 ゴシゴシをオレの背中を洗いながら、イーさんも黙り込む。


 強めに洗ってきたから、わずかながら痛みが走った。


 そこで、ようやくオレの頭もクリアになっていく。


「イーさん、オレは」

「いいんだ。私はキミに恋愛対象と見られていなかったのは事実だ」

「だからオレは……あっ!?」


 オレは振り返る。しかし、すぐに顔をそらす。


 振り返ってはいけなかった。イーさんは、何も身につけていなかったから。バスタオル一枚だけで、オレと話している。


「水着はどうした、イーさん!」

「いいだろ、別に! 見られて困ることはない! 私はキミに一度、裸を見られたんだから!」


 確かにそうだけれど!


「でも隠せよ! 勘違いするだろ!」

「しろよ勝手に! というか、してくれ!」


 本気なのかよ、イーさん!? えらいこと言っているんだぞ?


「よせって! オレなんかにかまって。もっと自分を大切にしろよ!」

「している! その上で、私はキミと一緒になりたいと言っているんだ!」


 こんな、なにもないオレなんかに関わっても、あんたのプラスになんかならない! 

 どれだけ走っても、オレはあんたには追いつけないんだ。

 肩を並べて、一緒に手をつないでくれる相手じゃなきゃ!


「キミは、私のことは好きじゃないのか?」



「好きだよ!」



 背を向けたままで、オレは思いをぶつけた。

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