恋もゲームもレバガチャスタイル

 どれだけイーさんに届くか、わからない。


「好きに決まってんじゃん! あんたとの日々は楽しかった! トレーニングだって言われてオレも従っていたけれど、あんたがオレに好意を持っているのかもってのはなんとなくわかってた!」


 オレだって、だんだんと好きになっていた。イーさんを女性と意識し始めて、相手だってオレを男性としてみてくれて、光栄に思う。しかし、自分に言い聞かせていた。勘違いだと。


 イーさんは今、どんな顔をしているんだろう。でも、顔を向けることはできなかった。


「でも、ダメだって。絶対釣り合わない! オレはあんたみたいになれないし、あんたにはもっと、上を目指してほしい!」

「私が私であるためには、キミが必要だ」

「どうしてだ? どうしてオレなんかに構う?」


 オレはただのゲーマーだ。これからもずっと。なのに、好きだっていうのか?


「ただのゲーマーだから、好きになったんじゃない!」

「オレは、あんたを幸せになんかできない! オレよりもっと魅力的な男はたくさんいるだろ?」

「私が今、幸せじゃないと思っているのか!?」


 オレは、イーさんの方を向く。


 イーさんは、泣いていた。


「ハナちゃんとの日々は、ビジネスしかなかった私に潤いを与えてくれた。私だって、こんな感情は初めてだったんだ。キミの言う通り、勘違いなのかもしれない。それでも、こんなに胸が苦しいのは、きっと本気なんだ」


 そこまで、イーさんは思いつめていたんだ。


 なのに、オレはイーさんを拒絶しようとしていたのか。


 オレは、桶の湯を一気にかぶった。


「つめってえっ!」


 水になってんじゃん! 夏でよかった。冬だったら一発で凍死レベルだわこれ。気を取り直して、桶に湯を溜めて再び泡を洗い流す。


「とにかく風呂に入ろう! 続きは湯の中でしようぜ」


 イーさんの手を取って、湯の中へ誘導する。これ以上、イーさんの裸体を直視できん。少しでも視界を遮ってしまいたい。


 乳白色の湯へ、オレは浸かった。


「あー、あーっ。夏でも温泉はいいもんだなーあっ」


 わざとらしく、オレはくつろいだフリをする。

 オレの肩に、柔らかい感触がピトッとくっつく。


「んんん!」


 イーさんの肩が、オレと密着している。イーさんは、オレの肩に頭をあずけた。


「おおお、イイイイイーさん!」


 今、イーさんは何も身につけていない! バスタオルも岩場にかけてあるっ! 脱出不可避ぃ!


 身体が熱くなってきた。一瞬でのぼせる自信がある。


 どうすんだよオレ!


「イーさん!」


 オレは、イーさんと正面から向き合った。


 目を泳がせて、イーさんもオレと視線を合わせる。


「本当に、オ……おっ?」


 おや、なんだあのおばあちゃん団体は? 他にも、家族連れがドッと押し寄せてきたぞ。みんなも水着を着用してやがる。なぜだ? 貸し切りだって聞いていたんだが? まさか。


「しまった。六〇分の制限時間があったんだ」


 イーさんが口に手を当てる。


 やっぱりか! 貸し切りってタイムリミットがあったんだ。オレたち、何時間ここにいた?


「急いで出ようぜイーさん!」


 バスタオルを回収し、オレたちは温泉から脱出した。イーさんのたらいを大衆にも晒すわけにはいかない。


「はー、疲れた。温泉に入って疲労を落とすはずが、逆にイヤな汗をかいたな!」


 休憩室でコーヒー牛乳を飲みながら、イーさんと語らう。


 まだ身体が熱い。

 まだ、イーさんの肌が目に焼き付いている。


 二人きりだったら、きっとオレは野獣のようにイーさんを求めていた。


 だが、今は社員旅行である。

 イーさんを悲しませるようなことはできない。


 大丈夫、オレたちにはモヤモヤを発散できる手段があるから。


「まったくだ。こんなときは……ゲームに限るな!」


 イーさんも、卓球台の隣にあるゲームコーナーを見つめる。


「対戦格闘をやろう。負けないぞ」


 気がつけば、いつものイーさんに戻っていた。



「おう、弟子の成長ぶりを見届けないとな!」

「言ったな。見ていろよ」


 ここのゲーセンは、二人一組で座る台しか対戦台がない。それでも、今のオレたちには関係なかった。


「随分と古い対戦格闘だな」


 キャラを選択して、ゲームスタート。


 さっそく、オレは相手の突進技に合わせて対空技でカウンターをかます。


「わーわーっ! ハナちゃんそれは反則だ! カウンターで撃ち落とすとは!」

「タイミングが難しいんだぜ。うわっ、しくじった!」

「へへーん。まず私が一勝だな!」

「くーう」


 レバガチャスタイルなのに、妙にしぶとい。昔からこうだったな、イーさんは。


 でも、オレたちはこれでいいんだ。


 レバガチャみたいに不器用な関係だって、釣り合わなくったって。


 ゲームがあれば、オレたちは通じ合える。

 


 

 翌朝、オレたちは旅館の駐車場で車に荷物を積む。


「うまくいったっぽいっすね」


 ライダースーツ姿のマヒルちゃんが、バイクに荷物をくくりつけながら微笑む。


「ああ、うん。ありがとう、マヒルちゃん」


 マヒルちゃんが叱責してくれなかったら、オレは自分と向き合うことすらできなかっただろう。


「あたしのおかげじゃないっすよ。ハナちゃんさんの功績っしょ」


 メットを被って、マヒルちゃんはバイクに跨った。


「じゃあ、先に帰るっす。ハイボール飲みたいんで」

「気をつけて」


 手を振りながら、マヒルちゃんはアクセルを全開にする。


「楽しかった。ありがと」

「うん。学校再開が楽しみだね、アンちゃん。色々とありがとう」


 アンちゃんがゲームでオレたちをつなげてくれなかったら、

イーさんと打ち解けられたかどうか。


「どういたしまして」


 ニカッと笑い、アンちゃんはワンボックスの後部座席に座った。チャイルドシートを付ける。


 オレたちは、中部座席に腰掛けた。


 長かった社員旅行が、ようやく終わりを告げる。

 



 

 その後、飯塚クリス社長は辞任を表明した。 

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