最終章 結婚は人事異動ですか?
記者会見
オレは、
株式会社ニコラ社長・飯塚クリスの辞任は、想像以上に世間を賑わせた。スマホアプリゲーム開発から始まり、今や巨大複合企業として成長を促した組織のトップが、特に理由もなく退職したのである。
新社長は、グレースさんが引き継ぐことになった。クリス社長は退職金を、医療や介護、子育て機関に全額寄付している。幹部などの大きい異動はない。
なお、オレもクリス社長に合わせて退職した。
「今後わたくし飯塚クリスは、ニコラの系列会社である『株式会社 ひめに興行』の社長として、活動するつもりです。今後とも応援の程、よろしくお願いいたします」
クリス社長は、マスコットキャラクターを軸とした、キャラクタービジネスを展開するという。
社長は飯塚クリス。ぴよぴよさん夫婦が副社長という形だ。
オレはまた、ヒラである。まあ、オレができることなんてないし。
「主な企業内容しては、バーチャル配信用のアバターをNon-Fungible Token、いわゆる『非代替性トークン』として扱うことにあります。他の企業が持つアバターをブロックチェーンで保護、管理することを目的としています」
要するに、我社で作ったキャラクターを通称『NFT』っていう仮想通貨にするらしい。ブロックチェーンというセキュリティ方法でアバターを保護して、暗号化することだという。
仕組みはオレも説明を受けたが、よくわからなかった。今でも勉強中だ。一つわかったのは、ひめにこはニコラの公式キャラクターだが、アバター作成会社は『ひめに興行』ということだけ。
すでに、大手ゲームメーカーは自作のキャラクターをNFT化して、コピーできないようにしているらしい。NFTで表現したトレーディングカードが、公式に数億で取引されているとも。
これにより、クリエイターにも転用の手数料が入るという仕組みだという。低収益にあえいでいる絵師などにお金が入るとして、注目されている。
ただ、世間には「新会社設立」より「飯塚社長辞任!」というネガティブ方面にスポットが当たってしまっていた。
「社長辞任の背景には、結婚との噂もありますが?」
女性記者が、イヤーな質問を投げかけてくる。ホラホラ、顔にも書いているぞ。
「その件と会社設立には、まったく関連性はございません」
「で、では、お目当ての方はいらっしゃると?」
話の揚げ足を取って、記者はなおも攻めてくる。
「ここは新会社を設立したというご説明の場であります。関係ないご質問は控えていただきますよう。もし次も別の質問をなさるなら、会見を打ち切らさせていただきます」
毅然とした態度で、クリス社長は記者に言い返した。再び、会社の概要を説明し始める。
「以上を持ちまして、記者会見を終了いたします。長時間ありがとうございました」
社長が、会見場を後にした。
しかし、記者たちが追いかけてくる。本当に聞きたいのは、社長が誰と交際しているかなのだ。
冗談じゃない。ヤブヘビされる前にスタコラサッサだぜ。
「社長、こっちです」
「うむ」
早足で、地下の駐車場へと向かう。
車をオレが運転する。早く駐車場から出ないと。
進む先に、一人の男が立っていた。
「すいません。道を開けてくださ……?」
オレは車から降りて、男に声をかける。しかし、すぐに立ち止まった。
男の手には、ナイフが握られていたから。
そうだ。あいつはたしか!
「俺は、あんたをリスペクトしていたのに! 結婚で辞めるとかふざけんな! あんたが支援してくれなかったせいで、うちの会社は!」
ナイフを振り上げ、男がオレに襲いかかってきた。
やはりそうか。こいつは『マネーのクマ』ってTV番組で、社長にしがみついていた男だ!
「ハナちゃん!」
ただならぬ気配を感じてか、クリス社長が降りてきた。
「来るなイーさん! こいつはヤバい!」
男とオレが組み付く。
「どけえ! こいつのせいで俺は!」
「会社が潰れたのは、お前のせいだろ!」
渾身の力を込めて、オレは男を殴り飛ばした。
「この女だって、いろんな奴らを踏み台にしてきたじゃないか!」
「たしかに社長は、自分だけの力で戦ってきたわけじゃない! けど、ちゃんと恩は返してきた!」
人は利用するもんじゃない。自分も与えるんだよ。社長は、イーさんはそうやって生きてきたんだ! 人のせいにしてんじゃねえ!
「イーさんの生き様も知らないで、勝手なこと抜かしてんじゃねえぞテメエ!」
「うるせえ死ねえ!」
起き上がった男が、再びナイフを握って突っ込んできた。
絶対に、イーさんを守る!
だが、黒い壁によって男が吹っ飛んだ。
ギャング梶原さんだ。そういえば、記者の中に混じっていたっけ。
しまったと、オレは振り返る。
ヤバい。記者たちが、追いついて、きた。早く、戻らない、と。
「ハナちゃん!」
血の気が引いた顔で、社長が叫ぶ。
「どうしたんだよ、イー、さん……あれ?」
オレの腹が、真っ赤に染まっていた。
それを意識すると、オレの膝が力を失う。
カメラのフラッシュを浴びているのを感じながら、オレは意識を手放した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます