第五章 ホラーは苦手ですか?

進捗どうですか?

 現在、オレたちは『幻想神話』に潜っている。


 だが、ゲームが目的ではない。キャラクターも、普段使いとは違う。


 オレが「メイド」の『D』で、飯塚社長のキャラはドレス姿の「プリンセス」の『Iヒメ』だ。プレイングは一応いつもと同じだが、副業的なポジションである。


 パッと見は、「好奇心旺盛なおてんば姫と、それに振り回されるメイド」をイメージしていた。だが、姿形が「とある企業の関係者」ならすぐわかるようになっている。


『進捗どうですか?』


 オレは、一人のキャラクターに声をかけた。そのキャラクターは、敵が強めのエリアでレベリングの最中である。


『なんですかいきなり? ええ……」


 相手も、オレたちが何者かわかったらしい。


 なんたって、「ひめにこ」を意識したキャラクターだからだ。


 オレが話している相手は、ニコラがに所属している漫画家である。ゲームから出てきていないので、進行状況を聞きに来たのだ。


『マイクをオンにしてください』 


 プレイヤーに、会社専用のチャットを利用してもらう。


『なんですか? あなたたちは。ゲームの中さえ監視するなんて』


 漫画家は、あまり機嫌はよくない様子である。


『あなたの仕事が進んでいないからです。気分転換は大事ですが、読者も待っていますので』


 飯塚社長の言葉に、漫画家も息を呑む。無理もない。社長自らが、様子を見に来たのだ。


 社長の目的は、単に「油断しているクリエイターを、ビックリさせたかった」だけである。小悪魔的でかわいいが、性格は悪い。


『だからって、ゲームの中にまで入ってこなくても』

『ドアをノックしても、出てきてもらえない可能性があったので。お宅にうかがっても?』

『どうぞ。ゲームもキリがいいですから』


 飯塚社長も「行くぞ」と、ゲームを中断した。


「グレース、車を」

「承知しました」


 グレースさんの運転する車で、原稿を撮りに行く。


 数一〇分後、オレたちは実際に、漫画家の家へ。


「お邪魔します。原稿を確認に来ました」

「直接来ればいいじゃないですか。家も会社から近いんですから」


 住人の男性漫画家は、苦笑いをした。


 飯塚社長は、都心アパートの大家にもなっている。


 複数の空き家物件を我がニコラ社が購入し、そこを事務所としてクリエイターに住んでもらっているのだ。

 空き家問題も解消し、クリエイターたちの連絡網も確保する。

 新しく事務所を建てるより、経済的だと。

 廃墟手前のビルを買い取ってリフォームし、ゲーム会社に提供することも。


 いわゆる漫画家ばかり住んでいた昭和のアパートを、会社で運営しているようなモノだ。


「それで、原稿は?」


 社長は、有無を言わせない。


「今やります。最終段階なので、すぐできますよ」


 作業机に戻って、漫画家は原稿を書き始めた。


 その間、社長はノートPCを取り出す。リモートで、担当編集者と打ち合わせをする。普通は逆なのだが。


「確かに受け取りました。これで行きましょう」


 チェックが終わり、ようやくやり遂げる。データは会社に送られた。


「あの先生は、まだいい方だ。次の人がなぁ」


 次に向かうのは、小説家だ。


「くっそ、またハズレア!」


 その男性は、スマホゲーに夢中らしい。玄関の外にいても、声が聞こえてくる。


 オレは、ドアをノックした。


「先生、家賃が滞っています。ガチャにかける前に、お支払いを」


 オレが声をかけると、男性小説家はドアを乱暴に開ける。直後、スマホを床にたたきつけた。


「うるせええなあ! 今いいところで……しゃ、社長……」


「失礼しますよ」


 社長が、部屋に上がり込む。


「原稿も書かずに、スマホゲーですか?」

「いや、これは……」

「もう一週間目です。これ以上は待てませんよ」


 部屋を融通しているとはいえ、家賃がタダというわけではない。必要最低限の暮らしを、手配しているだけだ。ニコラは慈善事業ではない。


「もう一週間目です。これ以上は待てませんよ」

「はい。すぐにかかります」


 これで、即席「カンヅメ」の完成だ。クリエイターをホテルなどに拘束する行為である。一昔前に流行った「butabako」といえばいいか。


 退路を断たれて、小説家は観念して原稿に取りかかる。


「花咲くん、すまないがパシリを頼まれてくれないか?」


 社長は見張っていないといけない。動けるのは、オレだけだ。


「お安いご用で」


 オレはコンビニで、作家用の食事を買いに行く。

 コンビニやスーパーが近いのも、この立地を選んだ理由らしい。

 菓子パンを作家に渡す。

 ゲームをするわけにはいかず、退屈な時間が過ぎていく。


「本は読まないのか?」


 社長をよく見ると、電子書籍を読んでいた。ビジネス書である。


「スマホは使わないんですね?」

「誘惑が多いからな。本だけ読めるツールを使うんだ」


 オレも検討してみるか。社長と一緒だと、こういう事態が起きる可能性は高いからな。 


「できました」


 数時間が経過した。作業が終了したらしい。昼間に来たが、もう夕日が差していた。


「確認、終わりました」


 オレは原稿内容を、会社に送信する。


「社長自らが行くんですね?」


 帰りの車内で、オレは社長に聞いてみた。編集の仕事までしているなんて。


「ヤバい案件だけはな。気楽さにあぐらをかいて、原稿を疎かにするクリエイターも多いから」


 やはり、優等生ばかりではないらしい。

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