配信者の現実

 会社兼自宅に戻る。

 改めていつものキャラで、『幻想神話』をプレイした。


「ところでイーさん、どうしてゲーム内で編集者みたいなまねごとをしたんだ?」

「キミとの出会いを思い出したからだ。ゲームの中にいきなり会社の関係者が出てきたら、親しみも湧くだろ?」


 オレ発祥なの!?


「どうだろう、私のアイデアは?」 

「それはそれで、プレッシャーが掛かるかと」


 メッセアプリとかも、会社が管理するとやりづらいというし。


「確かに、負の一面もあるか。ならば、ほどほどにしよう」


 やめる気はないと……。


「サプライズに命かけちゃってるな」


        ~~~~~~~~~~~~~~



 この日は、会社公認バーチャル配信者「ひめにこ」の方針を決める。


「マヒルくん、キミは個人だと『登録者数にさしてこだわらない』主義を貫いているよな」


 ミーティングの場所は、マヒルさんの自宅だ。ここを会議場にした理由は、マヒルさんの個人的事情が関係している。


「そうっすね。一人一人と会話したいんで、数を増やすつもりはないっす」


「聞けば、メンバーシップも作らないとかいうじゃないか」


 メンバーシップとは、会費を募って特別な配信を行う取り組みのことだ。


「視聴者を差別化したくないんすよ。あたしのポリシーは、少数でワイワイすることなんで」


 大手に所属する配信者の一部も、同じ理由でメンバーシップを募集していない。


「登録者数を増やす予定の我が社の目的と、かけ離れてしまうな……」


 飯塚社長が、アゴに指を当てた。


「人を増やすと、一人では対処に限界があるっすよ。少数だろうがアンチも湧くし、実際湧いてます」


 マヒルさんはその性格上、ひめにこの登録者に面が割れている。マヒルさん自身も、あまり正体を隠そうとしていなかった。


「姐さんの手助けは、したいっす。でも、ここであたしが下手に人を増やす方向性になると、荒れちゃいませんかねぇ?」

「そうなんだよな」


 同じ懸念を、飯塚社長も感じている。


「いいんじゃないでしょうか。マヒルさんはマヒルさん、ひめにこはひめにこでしょ? マヒルさんはそのままやっていけばいいんですよ」


 オレは、膠着状態の二人に口を挟む。


 ひめにこがマヒルさんだとしても、人格まで同じなわけではない。

 あくまでひめにこは会社のモノだ。マヒルさんの私物ではない。

 そこは分けて考えてもいいだろう。


「そっかー。ちょっとひめにこに寄り添い過ぎてたっす」


 チェアにもたれかかり、マヒルさんが伸びをする。


「わかりました。人は増やす方向でいいっす。御社の意向に従うっすよ」

「そうか。よろしく頼む」


 これで、方針は決まった。


「じゃあ早速、今日の生配信やるッスか?」

「その前にマヒルさん、ひとつ質問いいですか?」

「どうぞ」

「ニコラの社員として、窮屈じゃないんですか?」


 クリエイターは、企業などのいわゆる「会社」という制度から開放されたくて、創作の道に入ると思っていた。

 しかし、オレが会ってきたクリエイターたちは、割とおとなしく「従業員」として働いている。


「安定を持っちゃうと、染まっちゃうのかなって思って」

「そういうことッスか? 現実知っただけっすよ」

 

 マヒルさんが、ニカッと笑う。

 

「というと?」



「正社員だと、クレカの審査に通りやすいんスよ。そんだけッスよ」


 よく、配信者が語っているな。


『クレジットカードが作れなくて、ガチャが回せない』


 とか愚痴ってるのを見かける。


 めちゃめちゃ稼いでいるのに、だ。


 で、クレカを作ったことがある人は「労働経験のある人」ばかりだった。


「知ってました? 個人事業主でも、クレカの審査に通りにくいんらしいッスよ」


 それは、聞いたことがあるな。

 奥を稼いでいた事業主でも、クレジットカードの審査に通らなかったとか。


「ありがとう。じゃあ、始めるか」


 初めて、生で『幻想神話』をプレイする。

 全員で、ノートPCを開いた。


「花咲くん、見てないで手伝ってくれたまえよ」


 なぜか、オレもゲームを立ち上げる。なんか、傍観者ではいられない事態に。


「どうして?」

「キミも、生放送でプレイするんだよ」

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