夏野菜カレーと花火、ときどきトラブル

 浜辺でアイスを食ったあと、オレたちは社長の別荘へ向かう。


 マヒルさんは酒が入ることを想定して、あらかじめ別荘の駐車場にバイクを駐めてあった。


「今日は、私が料理を作ろう」


 飯塚社長が宣言し、オレが手伝う。


 マヒルさんは仮眠、グレースさんと梶原さんはアンちゃんの宿題を見てあげている。特に絵日記だ。


 ぴよぴよ夫妻は、「赤ん坊に母乳をあげる」というので部屋にいる。


 夕飯は、カレーを作った。調理はさほど難しくない。昼間の焼肉で残った肉や野菜などを全部ぶち込んだのである。よって、具材を切る手間もまったくない。

 ルーだけ用意すればいいから、あっという間に完成した。

 具もスイートコーンとかピーマンばかりで、ほとんど「夏野菜カレー」といえよう。ライスも焼きおにぎり分の余りだし。


「カレーを想定して夏野菜を買っておくなんて、合理的ですね」

「あっ……いや、単に私の好きな野菜ばかりを買っただけなんだが……」


 それでも、社長はすごいと思う。


 圧力鍋の火を止めて、みんなを呼ぶ。


「では、今日は社員旅行に来てくれてありがとう。いただきます。乾杯」


 社長が、コーラを持って乾杯の音頭を取る。


「乾杯。いただきまーす!」


 みんな、社長の作ったカレーを絶賛した。


「マジでうまいです。ありがとうございます社長」

「よかった。気に入ってもらえて」


 社長もうれしそう。


 ルーは甘口も用意しようと考えた。が、グレースさんから「娘は中辛なら大丈夫」だと聞いてある。味が物足りなければ一味を入れてくれと、周りには頼んでおいた。


「中辛、ちょうどいいっすね。ガツガツ食うならこれかも。酒に合わせるなら、一味入れたらイイカンジっす」


 普段は辛口しか食わないというマヒルちゃんも、中辛のカレーに満足気味である。


「これ、ペーストで何か苦いのが入ってる」


 カレーをハムハムしながら、アンちゃんはビックリしていた。


「すまん、ナスだそれ。やっぱイヤだったか?」


 グレースさんが、子どもにナスを食わせてあげたいと言っていたので。ナスは具でも入っているが、ミキサーでペーストにしたモノも入れている。


「めっちゃうまい」

「だろ? アンちゃんも大人になったね」

「ピーマンも食べられた」

「えらい!」

 


 夕飯を済ませた後は、庭で花火をする。コンビニで買ってきたのだ。



 マヒルちゃんとアンちゃんが、どちらの花火が長くもつか競争している。


「いやあ、たまにはこうやってのんびりするのもいいですね」

「そうだな。いかにいつもの生活が騒々しいのかわかるな」


 オレと社長も、線香花火を見つめ合っていた。


「明日は、出張するぞ。レトロゲーム記念館にいく」


 社長が、翌日以降のスケジュールを全員に知らせる。


「なにそれ、めっちゃ楽しそうっすね!」


 ほとんどがアナログゲームばかりだから、人によっては退屈かもしれないという。


「それはそれっしょ。楽しんだモノ勝ちっす」

「ありがとう。午後は宿を借りて、温泉だ」


 水着回の後は、温泉回か。なんてぜいたくな。


「その後、花火大会をする」

「ああ、コンビニに張り紙してましたね」


 近所の神社で、納涼花火大会があるという。


「浴衣をレンタルするから、希望者は申し出てくれ。おっ、全員か。じゃあ、今日はこれで……」


 花火も終わって寝ようかと思っていた、そのときだ。



「社長……大変です」



 大広間にいたグレースさんが、物々しい顔つきで社長を呼ぶ。


「何があった?」

「来ていただければわかるかと」


 グレースさんの呼びかけに応じて、全員がいそいそと後片付けをする。



 大画面テレビには、台風の情報が流れていた。



「道路封鎖だと!?」



 土砂で道路が埋もれてしまい、復旧に時間が掛かるという。二日後は仕事だというのに、三日は足止め状態となってしまった。このままでは、収録ができない。


「そんなバカな! 我々は、台風の進行とは逆の位置とタイミングでこの旅行を企画したはずだ」

「どうやら、軌道が変わってしまったようですね」


 ニュースを見ると、このまま首都直撃と報道していた。


「台風がかすりもしないように、わざと遠回りのルートにしたのに!」


 社長が悔しがる。


「こうなったら、現地で編集しましょう!」


 オレは、そう提案してみた。


「それしかないか。ぴよぴよ先輩、可能か? 機材は?」


 社長が聞くと、ぴよぴよ夫妻はOKサインを出す。


「今だったら、リモートワークもできます。幸い我々は、いざというときのためにノートPCを常時持っています。収録は可能ですよ」

「それにね、ひめにこちゃんの新衣装だって、ほら」


 ぴよぴよめさんが、ひめにこの水着差分を用意してくれた。


「うむ。アバターはこれでいいな」


 ひめにこのアバター表示だって、スマホ一台あればいい。


「ただ、ひとつだけ問題が」


「どうした?」

「遊んでいる様子を流すとき、どうしても生身になっちゃうんだ」


 記念館に置いてあるゲームは、大半が「エレメカ」という種類のマシンだ。エレメカの構造上、どうしても手許を映す必要があるらしい。


「手許を流しているバーチャル配信者なんて、いくらでもいるだろう?」

「できれば身体のアップも欲しいんです。臨場感が出るから」


 ぴよぴよ夫妻は、こういう事態がいつ起きてもいいように、生身用の衣装も用意しているという。


「なるほど。いいなそれ。よし、そういうことだから、マヒルちゃん頼む」

「うす」


 何も反論せず、マヒルちゃんはいい返事をした。


「それがね、マヒルちゃんだと『ひめにこ』のコスは無理があって……」


 ぴよぴよめさんの視線が、マヒルちゃんと社長の胸を交互に移動する。 

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