ひめにこ、画面を飛び出す

『みんなー、ひめにこなのじゃー。今回は、レトロゲーム記念館という場所に来ておるぞー』


 画面の向こうに、「社長」が手を振っている。ただし、無言で。


『この記念館は、古くなって廃棄されたアナログゲームが多数揃っておるぞ。ぜひみんなも来ておくれー』


 マヒルちゃんの吹き替えに合わせて、社長が身振り手振りで記念館の内容を紹介する。


 実は、マヒルちゃんでは「胸のサイズが合わなすぎる」という。社長がF、マヒルちゃんは、あてもBとCの間らしい。


「頭から上を映さない」という条件で、社長はひめにこの衣装を着ることを承諾した。差分の中にあった、白いセーラー服だ。とはいえ、JK設定なのにバストだけ規格外である。


『今日は解説役に、ギャング梶原殿が来ておるぞ。みんな拍手~』

「どうも、ギャング梶原です」


 落ち着いた表情で、ギャング梶原さんがカメラに挨拶をした。


『今日は、よろしく頼むぞよ~』

「よろしくお願いします」


 二人が挨拶をかわす部分まで撮って、ぴよぴよ夫さんがOKを出す。


「恥ずかしい!」


 飯塚社長が、その場にうずくまる。


「バッチリです、社長!」

「なんか褒められても、素直に喜べないな」


 立ち上がって、自分の穿いているスカートを摘まむ。


「しかし、生身動画は企業側の要望だったとは」


 取材先の記念館側が、「可能であれば、遊んでいる様子を撮ってもらいたい」と言ってきた。その方が、楽しんでもらえるのではないかと。


 なるべく手許を映さず収録することも可能だ。しかし、それだと「どうやって遊ぶのか」がわかりづらい。そこで、コスプレをした誰かがプレイするのがいいだとうとなった。


 だが、ひめにこのスリーサイズの関係上、できるのは社長しかいない。


「後ろ姿は映しますが、正面は絶対に撮らないので」

「うむ。『ひめにこ』の顔がリアルに表示されては、幻滅するギャラリーもいるだろう」


 腕を組みながら、社長も納得する。


「では、本番行きます」


 撮影が続行された。


『昔は、駄菓子屋というのがあって、そこで駄菓子を食べながらゲームをするという時代があったそうじゃのう。じいちゃんから聞いたぞ』

「うわあ、俺ギリギリ世代ですわ」


 ギャング梶原さんが、吹き出しながら語る。おお、世代間ギャップがスゴイ。


「ひめにこちゃん、コレ知ってます?」


 梶原さんが指さしたのは、穴が六個空いている筐体である。


『モグラ叩きかの? しかも、相当使い込まれたタイプじゃのう?』

「名前しか知らない感じですか?」

『これ、うちのママの世代でも、ゲーセンになくなっておったぞ。ワニを殴るやつは知っておるが』


 やはり、モグラ叩きはレトロ中のレトロなんだな。


「やってみてください」

『よし、初挑戦するぞよ』


 筐体に添え付けてあるハンマーを、ひめにこ姿の社長は持ち上げた。


『えいっえいっ。こりゃあ難しいぞな。昔の仕様かのう?』


 運動神経が鈍いのか、社長はなかなか高得点を取れない。


『ふうん!』


 ヤケになった社長が、豪腕を振るった。


「うお!?」


 オレも思わず、驚きの声を上げてしまう。


 最後の一発は、せつない。


『ぬう、つい本気を出してしまったわい。すまんのう、スタッフの声が入ってしもうて』


 半笑いで、マヒルちゃんがそうアテレコする。マヒルちゃんを笑わせてどうする?


『次は……なんじゃこれは?』


 馬のオモチャに乗って、レースをするゲームらしい。馬は塗装が剥げていて、年期がうかがえた。


『なるほど、健康器具みたいなヤツかのう? どれどれ梶原殿、レースしようぞ』

「いいですよ!」


 ちょうどマシンは二台ある。レース開始。


 突然、馬がガクンと跳ね上がる。


「うはう!?」


 声を出さないようにしていた社長が、馬の挙動に悲鳴を上げた。口を押さえたくても、馬の動きが不規則すぎて声が出てしまう。


「うわーうわーっ!」


 これは、音を消して録画にアフレコだな。


「社長大丈夫ですか?」

「ムリムリ! こんなの黙って遊べない!」


 飯塚社長も、さすがに音を上げる。とはいえ、レースには勝利した。

 巨漢な梶原さんに、馬が参ってしまったようである。 


『おおーっ。お菓子がいっぱいあるぞよ、お菓子。見てみよ皆の衆。やってみようぞ』


 クレーンを操作して駄菓子をゲットするゲームを、ひめにこが見つけた。心なしか、テンションが高い。


『やってみようぞ。一〇円でプレイできるのかえ。これはお得じゃな』


 驚きの安さに、ひめにこが驚愕していた。


『ラムネ一個しか獲れんかった』


 一〇〇円プレイして、手に入ったのはラムネの袋一つだけ。


 一旦撮影が終わり、社長はアンちゃんの元へ。


「アンちゃん。付き添ってくれたお礼だ。あげよう」

「いいの? ありがと!」


 ひめにこがもらっても、仕方ない。アンちゃんにあげるのがちょうどいいだろう。


 お昼は、近くの海鮮レストランで済ませた。


 ちなみに、社長には半袖のラップコートを着てもらっている。この間の買い物で着たラップドレスのコート版だ。


「お寿司お寿司」


 アンちゃんが、サーモンをバクバク食いながら楽しんでいる。


「花咲さん」


 ぴよぴよ夫さんがオレの隣に座り、声をかけてきた。


「お昼からはメンバー限定動画を撮りますので、手伝ってくださいね」

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