メンバー限定 疑似デート動画

 ひめにこに扮している社長を、オレに撮影して欲しいという。


「オレが相手役、ですか?」

「はい。隣にいるという設定でお願いします」


 スマホを構え、社長の後ろに続けばいいらしい。


「社長のアシストなんて、オレに務まるでしょうか?」

「あなたじゃなければ、サブスクリプション用の疑似デートは不可能です」


 我が社も「サブスクリプション」制度を始めた。つまり、月々に定額料金を納めてもらうシステムである。代わりに有料メンバーへ向けて、限定動画を提供するのだ。


 マヒルちゃんは、個人のチャンネルで有料契約者を募集していない。人をお金で区別する気がないからだ。全員が客だと、マヒルちゃんは考えている。


 だが、ひめにこのコンセプトは「人集め」だ。なので、メンバーは募集する。


「梶原さんと一緒では、ダメなんですね?」

「はい。梶原さんは、背が高すぎるんです。撮影スタッフとしても難しくて」


 二メートル近い梶原さんと一緒だと、デートという雰囲気が出ない。視点が高すぎるのだ。


「それに、ゲームライターさんは面が割れています」


 いくらデートっぽく映そうとしても、視聴者からはどうしても、梶原さんの顔がちらついてしまう。これではどれだけデートと説明しても「取材でしょ?」と思われる。


 取材なら、梶原さんがベストだ。だが、今から撮影するのはデートである。主役は、視聴者なのだ。


「その点、花咲さんなら問題はありません。デートっぽくなるでしょう」


 オレは、ぴよぴよさんの説得に応じた。


「やってみましょう。顔を映さないことに注意ですね」

「そうです。では本番いきますので」


 遠目から映す役割は、ぴょぴよさんたちがやってくれるとか。


「イヤホンから指示を出しますから、聞こえますか?」

「大丈夫です」


 確認のあと、すぐに撮影がスタートした。


「じゃあ、行こうか」


 スマホをコクコクと動かし、うなずいている雰囲気を出す。

 社長から、手を差し伸べられた。


「繋いで。繋いで」と、指示が飛ぶ。


 黙ってうなずき、オレは社長の手を取る。


 すごく熱い。社長も、緊張しているんだな。それに柔らかい。


「どうした、手が熱いぞ。緊張しているか?」


 飯塚社長が、首をかしげる。


「え、しゃべっていいんですか?」


 一応、ぴよぴよさんに確認を取る。


「構いません。音声は編集時に、マヒルちゃんのを乗せるので」


 万が一顔が映っても、ひめにこの顔で上書きするという。それくらいの設備はあるらしい。


「はい。じゃあ社長、こっちです」


 オレが声をかけると、社長はムスッとした。


「イーさんと呼べ、ハナちゃん」

「そうだったな。じゃあイーさん。こっちだ」


 まるで、ホンモノのひめにこを連れているかのようだ。二〇代後半の女性が制服を着ているなんて違和感も、すっ飛んでいく。


「いいですよ。そのまま移動しましょう」


 ぴよぴよさんの先導で、記念館を進む。


「こっちに面白いマシンがあるぜ」


 イーさんの手を引いて、エレメカを遊ぶ。じゃんけんマシンをやっているだけでも楽しい。オレも、童心にかえったように楽しんだ。


「エアホッケーしよう」

「おっ。いいね。オレもゲーセンでよく遊んだよ」


 対戦ゲームといえばこれ、と言われるほど、有名な筐体だ。


「負けたらジュースな」

「ドンとこい、ハナちゃん」


 一〇〇円のカップジュースを掛けて、エアホッケーでの勝負が始まった。


 ディスクを打つ。


 カコン、と軽快な音を立てて、イーさんがディスクを跳ね返してきた。


 オレは、強めに打ち返す。


「あっ!」

「よし、一点」

「容赦ないな。レディーファーストとはいかないか」

「ジュース掛かっているからな」


 次のターンは、イーさんのサーブだ。


「よーし、ハナちゃんが弱そうなポイントを狙って」


 イーさんがかがんだ。その拍子で、イーさんの胸の谷間が制服の隙間から。


「スキあり」


 なんてことのないサービスエースで、オレは一点を返される。


「今のわざとだろ?」

「何がだ?」


 オレが抗議すると、イーさんはきょとんとした顔になった。サービスエースが華麗に決まったと、本気で思っているらしい。


 その後、オレは適度に勝って程よく負けた。共にマッチポイントという、いいカンジの状況を作り上げる。


「懐かしいなぁ。こんなの、高校のとき以来だ」


 学生時代、友だちとチームを組んで遊んだっけ。ボーリング場に置いてあって、息抜きでエアホッケーも遊んでいたのを思い出す。そこからゲーセンに行って、カラオケをするのが定番だった。


「私は初挑戦なんだ。友だちがいなくてな」


 イーさんが落ち込む。


「高校入学当時から、企業を計画していたから」

「作ろうと思ったことは?」

「ないな。当時は、同学年の人脈を広げようとは、想像したこともなかった」


 イーさんは学生らしいことを、あまりしたことがないという。

 JKという数少ない貴重な体験を、イーさんはビジネスに費やしてしまった。それこそ人生の価値戦略だと思って。

 そのせいで、女性らしいことはすべて捨ててしまっている。


「じゃあ、オレがイーさんのズッ友だな!」


 イーさんが硬直し、ポイントが入った。


「あっ、イーさんジュースおごりだぜ」


 最後くらい、イーさんに勝たせようと思っていたんだが。

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