記念撮影イベント
マヒルちゃんは、肉を口に詰め込む作業へ。
話し合っていると、飯塚社長が急に箸を止める。
「あれ、どうしたんです?」
「いやあ、その、なんだ。ありがとう」
「なにがです?」
「水着だ。褒めてくれたじゃないか」
頬を染めながら、社長が肩紐を撫でた。
「そうだっ、何やってたんだって話じゃん。姐さん、今日の趣旨忘れてるっす。ぴよぴよめさん」
我が社は、ぴよぴよさん夫妻を区別するため、奥さんの方を「ぴよぴよめ」と呼ぶことにしている。
「どうしたの?」
ぴよぴよめさんは、煙から離れて子どもをあやしていた。ダンナさんが側について、ぴよぴよめさんに食べさせている。
「撮影っす。外での水着姿、撮ってないっしょ?」
「そうだった! じゃあ社長、食べ終わったら浜辺で撮影会をお願いします」
食事時間が終了し、オレたちは撮影を始める。
「ここでいいか?」
「太陽が入っちゃうんで、崖をバックに」
ぴよぴよめさんが、指示を出した。
社長は、崖が背景に入る位置に立つ。ひめにこをイメージしながら、言われたポーズを取る。
「うーん……なんかしっくりきませんねぇ」
「そんなもんですか?」
「事前に屋内で撮影した写真と代わり映えしなくて」
被写体はバッチリなのだが、それによってカメラが負けているらしい。
「そうだ。花咲さんが撮ってください」
「オレがですか?」
「わたしが撮っちゃってるから、変化のない写真になってるっぽいですね」
唐突に、ぴよぴよめさんがカメラを渡してきた。
「じゃあ社長、いきますよ」
「うむ。キレイに撮ってくれ」
シャッターを押してみる。ぴよぴよめさんは変化が生じると言っていたが、実際は何も変わらない。カメラマンが変わったところで、劇的によくなるわけでもなく。
こういうとき、ゲームのキャラならどうしていたっけ?
「たしかに、表情が硬いですね」
「そうか?」
本人は、意識していなかったらしい。
「私は、ごく普通にしていただけなんだが」
これでは、満足いく写真が決まらないまま終わりそう。
「いっ……った!」
オレは、何かに小指を挟まれた。
よく見ると、カニがオレの足をハサミでサンドしているではないか。
「こんにゃろ」
オレが手を伸ばすと、カニは砂の中へ隠れてしまった。
「プッ! ハハハハハハ!」
社長が笑う。この日一番の笑顔を見せた。誰に指示されたわけでもなく。
「その顔です。いいですよ!」
夢中になって、オレはシャッターを押す。
しかし、オレが指摘するとまた引きつった笑いになる。
うーむ……どうするか。
ふと、梶原親娘が視界に映る。相変わらず、二人はレアモンスターを探していた。
そうだ。
「アンちゃん、ちょっと」
「ん?」
オレはアンちゃんを呼び出す。
「近くのコンビニでアイスを買ってきてあげるから、おじさんの頼みを聞いてくれるか?」
「御意」
初対面から思っていたが、アンちゃんって子どもらしくないよね。
オレはアンちゃんに耳打ちする。
「じゃあ、アイス約束な」
「ほうじ茶きなこ黒蜜のヤツ」
「はいはい」
チョイスが渋いな。
梶原父と娘が、さりげなく通り過ぎる。ここまでは、指示通り。
「彼らも写すのか?」
「通行人になって、ってお願いしたんですよ」
リアリティのある絵が欲しかったのだと、社長にはごまかす。
これから何が起きるとも知らず、飯塚社長はのんきにポーズを決めていた。
今だ。オレは、アンちゃんに合図を送る。
アンちゃんは暗殺者の動きで、社長のガラ空きになった脇へ指を這わせた。
「うぎゃあああ!」
いつものクールビューティらしからぬ叫び声を、社長があげる。
その瞬間を狙って、オレはシャッターを下ろす。
「な、なにを……!」
社長が振り返ると、アンちゃんが悪魔のような微笑みを浮かべていた。
隣では、梶原さんが必死で頭を下げている。
「もう、ハナちゃんの指示だろ!」
「すいません社長。でも、社長の日常を写し出すには、これしかないだろうと」
撮ってみて、何かが足りないと思っていた。笑顔だったんだ。それも、指示されて出せる表情じゃなく、自然と出てきた。
「満足のいく写真は撮れたか?」
「バッチリです!」
サムズアップで、オレは返答する。
太陽より眩しい笑顔を、飯塚社長は向けてきた。
撮影後、オレはカメラをぴよぴよめさんに返す。
「ありがとうございます。おかげで楽しいイラスト差分が作れそうです!」
ぴよぴよめさんが、満足げに画像データを見た。
一仕事を終えて、オレはコンビニに向かう。みんなにアイスをおごるためだ。最初はアンちゃんだけのはずが、社長もねだってきた。
「いやぁ、まったくとんでもないヤツだな、キミは!」
サンダルをペタペタ鳴らしながら、社長もついてくる。「荷物持ちくらいやってやろう」と。
「すいませんって。欲しいアイスを買ってあげますから!」
入店してすぐ、早歩きで社長はアイスのコーナーへ。子どもみたいだな。
「他のメンバーには……」
「アイスバーでいいって言っていた。赤ん坊がいるから、片手でも食べられるタイプがいいだろう」
「じゃあ、これにしましょう」
「持つよ」
社長はオレの代わりに、カゴを引き受けてくれた。
「ありがとうございます。社長は結局、なににするので」
「そうだな。おっ、このほうじ茶アイスなんか超オスス……違うな。これがいい」
そう言って社長が選んだのは、二等分して食べるタイプのチューブシャーベットである。
「これ、一度食べてみたかったんだ。コーヒー味だからそんなに甘くもないだろう」
「中学生のカップルみたいなチョイスですね」
両手が塞がっている社長の代わりに、オレはチューブアイスの先端を開けた。
「いいじゃないかっ。こういうの、憧れていたんだ」
オレたちはチューブアイスを吸いつつ、みんなの待つ海岸まで戻る。
買い物袋を、二人で片方ずつ持ちながら。
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