飯塚 久利須の野望
「そういえばマヒルさん、バイトは?」
たしか、デリバリーの仕事をしていたはずだ。
「やめたんですよ」
活き活きとした顔で、マヒルさんは答える。
「そうなの?」
「はい。登録者一〇〇〇人超えたら、やめていいって」
正式に我が社専属の配信者として、採用となったらしい。マヒルさんにとって、今日はその祝杯も兼ねている。酒も進むわけだ。
「お疲れさま。一人配信は大変だろう」
「個人での生配信だと、特に緊張しないんすよ」
しかし、企業お抱えの配信者となると、下手なことが言えない。これから彼女にとっては、ほぼ毎日が企業案件となる。プレッシャーがシャレにならない。
「呑まないと、やってられないっすよ」
そりゃ、カルビも食べていいよ。ジャンジャンいってもらおう。
「姐さんがやればよかったんですよっ。美人なんだから」
ハイボールをあおりながら、マヒルさんがテーブルに身を乗り出した。
だが、社長は謙遜する
「もちろん、私自らがやる案もあったよ。だが、私が話すと角が立つからな」
いくら社長が身分を明かして配信をしても、共感は得られないだろうとの判断だ。
社長系の配信者がいるにはいるが、飯塚社長ではマウントに見えてしまうかもと考えたという。トーク力に自信があるわけではないと。
「お金を掛けないで、ここまでの人気になるとは」
「少ない予算でやりくりした方が、アイデアが湧いて楽しいモノができるんだ」
資金を大量投入して、ド派手に宣伝しようとすれば出来た。しかし、プロジェクトが大きくなれば、それだけ社内での反発も大きい。人が増え、会議も長くなる。
そこで社長自らが細々と実験して、ちょうどいい配分を考えている最中らしい。
オレは頭の中で、飯塚社長が演じるバーチャル配信者をイメージした。みんなのアイドルとなった、「イーさん」を。
ダメだ。リスナーと口論になる姿しか浮かばない。
「どうした、ハナちゃん?」
「ふえあ? いや、なんでもないよ、イーさ……社長」
オレが口を手で覆うと、マヒルさんがいぶかしげな眼差しを向けてきた。
「んー? なんすか、花咲さん?」
「なんでもない」
「じゃあ急にタメ語になったのは、どうしてっすか?」
やけに絡んでくるな。
飯塚社長が「とにかくだ」と、みんなに聞こえるように話し出す。
「私の目的は、不遇な扱いを受けているサブカル業界の人々を、少しでも潤えるようにすることだ。だから、私自身が看板娘になって仕方ないのだ。わかるね、ハナちゃん?」
「あ、ああ。わかりました」
言いたいことは、なんとなくわかる。
「実際、ニコラ社が運営しているマンガアプリに登録している専属のマンガ家を、都内のアパートに住まわせています」
すげえ。リアル「トキワ荘」だ。
「編集者だけでなく、マンガ家などのサブカルクリエイターなども『社員』として雇い、仕事を与えて最低賃金を支払っています。その上で、住居を『社宅』として提供し、創作活動に励んでもらっています」
午前と午後に分かれて雇用し、『庶務』扱いとして雑用や倉庫管理などをしてもらうのだとか。他の時間を『創作業務』とし、活動してもらうという。
「もちろん、順調ではなかった。『労働するなんてイヤだ』と、理解を得られなかったケースもあったな」
「あたしの個人配信も、会社に天引きされてるんすよ。その分、家賃はタダなんで。あたしならいいけど、他の配信者でキレたやつがいましたよね」
マヒルさんの動画の場合、利益目的ではない。会社に利益を吸い取られても、気にしていないそうだ。
「クリエイター支援の一貫として、ゲーム会社の雇用システムを転用できないか、と社長は考えたのです」
それでゲーム配信などを始めて、メカニズムを理解しようとしたのか。
「こちらはこちらで、アプリのノウハウを渡す。あちらはあちらでクリエイターをこちらに提供する、という仕組みだ」
何も知らないぴよぴよ二世が、キャッキャと笑いながら飯塚社長に拍手を送った。
「くう。姐さん、一生ついて行きます」
「大げさだな。私はキミを捨てたりなんかしないよ」
「何を言ってんすか? こんな若いオトコ作って」
途端、飯塚社長が仰け反った。
「彼は仕事仲間だぞ」
「マジで? 囲ってるんじゃないの?」
「私がそんなハレンチなマネをすると思っていたのか? なあ、ハナちゃん?」
急に話題を振られて、オレは「はい」と答える。
「ほらあ、なんすか従業員をあだ名で呼んで。カップルじゃないなら、なんなんすか?」
ヤバい。オレたちの関係は、社内でも秘密になっている。
今ココで社長との関わりが知られたら、外部にさえ漏れる危険が。となれば、会社組織のバランスがおかしくなるかも。
なんせ、ただの会社員を社長が囲っているのだ。どんな難癖を付けられるか。
「今日はこれでお開きにします。みなさん、お疲れさまでした」
グレースさんが、宴会を切り上げた。
マヒルさんは、すっかり寝てしまっている。
オレがおぶってあげるわけにはいかない。
酔いが醒めるまで、社長が自宅で面倒を見るという。
「すいません。グレースさん。それにしてもあの子、妙に社長に懐いてますね」
帰り際、オレは羽の空気を読んでくれたグレースさんに礼を言った。
「助けられた恩がありますからね。あなたに嫉妬しているのでしょう」
確かに、オレも飯塚社長に拾われた口だ。
彼女のジェラシーも、なんとなくわかってしまう。
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