懐かしの制服

「どうしたんです、社長?」

「あっ、これは、だなあ……」


 オレは社長から、「イラストレーターのぴよぴよ奥さんのお宅に来い」と言われて来た。


 お宅訪問してみると、セーラー服を着た社長が、ぺたんこ座りをしていたのである。スカートの丈が、やけに短くてきわどい。


「仕方ないのです。『ひめにこ』にセーラー服を着せるという名目ゆえ」


 グレースさんが、事情を説明してくれた。


 そういえば、打ち合わせでそんなこと言っていたっけ。ひめにこの差分が必要だとかなんとか。


「私もマヒルちゃんも、制服はブレザーだったんです。グレースさんに至っては、海外なのでねぇ。で、社長に絵のモデルになっていただこうと」


 ぴよぴよ夫人は、そう語る。資料がなかったので、社長が中学時代の制服を引っ張り出してきた、と。スカート丈がやたら短いのは、イラスト化に合わせて切ったらしい。


「コスプレ衣装でも、よかったのでは?」

「それだと安っぽさが前に出すぎて、望んだ質感が出ないんですよ。ここはこだわりたいんで」


 熱心なイラスト魂だ。ぴよぴよさんは妥協を許さないタイプらしい。

 セーラー服を着ながら、社長は恥ずかしがる。


「ひめにこなら、マヒルさんに着させ……あーっ」


 オレは黙り込む。


 モデリング自体、マヒルさんには無理だった。ひめにこのバストは、社長と同じ九二センチだから。ひめにこのスタイルは、社長に合わせているという。


「マヒルさんは?」

「寝てます。昼夜が完全に逆転してますね」


 夜からの配信に向けて、夕方までぐっすり眠っているそうな。マヒルさんのスケジュールは、夜から二一時までがひめにこ配信だ。それ以降は気まぐれで夜、中まで個人動画の配信だという。


「やはり、若くないから似合わないか……」


 ピッチピチの制服をつまみながら、社長はシュンとなった。


「似合ってます! 社長が化粧しているから、大人びて見えるだけです。それにしても……」

「胸がよく入ったな、とか思っているだろ?」


 オレの視線を追いかけたのか、社長は図星をつく。


「いや、これは……」

「いいんだ。中学当時から胸はあったからな。小学五年くらいから、急に膨らんできたのだ。欲男子にからかわれたから、今でも男は苦手なんだ」

「オレ、引っ込んでた方がいいでしょうかね?」


 絵のモデルをしているなら、集中したいだろうし。オレもいたたまれなかった。


「いいや、側にいてくれ。そうだ、ゲームでもしよう。ほら、隣に座る!」


 自分の隣にクッションを置き、社長がオレに着席するようにせがむ。手に持っているのは、メガエンジンのminiだ。当時知らなかったゲームばかりが揃っているとのことで、俄然興味が湧いたらしい。


「ハードはあるんですよね?」

「もちろん。プレミアが付いていて、結構高かったが」


 とはいえ、昔のゲームハードを持っていても、ロード時間が長いなど問題がある。


「動かなくなったハードもあった。これは、夢のマシンだよ」


 このハードは社長にとって、なんでも叶えてくれるオモチャ箱のよう。ダウンロード版のゲームとは、また違った趣があった。


「さあ、何をするんだ、ハナちゃん?」


 さっそく、ハナちゃんモードを社長は要求する。


「そうだな。せっかく制服になってるんだ。ギャルゲーなんてどうだ?」

「確かに、一つだけ入っているな。やってみるか」


 ギャルゲーの元祖と言われているゲームが、メガエンジンには入っていた。


「ただ当時の難易度だから、理不尽だぜ」

「任せろ。私に不可能はない」


 だが、その自信はもろくも崩れ去る。


「なにぃ……フラれた! この選択肢は間違っていたのか?」

「選択肢は合ってる。ルートが違うんだよ」


 この会話に入る前に、場所の移動をしないとフラグが立たない。これでは、騒がしい野球場で告白するようなもんだ。今ならいざ知らず、当時のゲームでそれはありえない。


「むむう、ゲームが嫌いな子はずっとゲームが苦手だな」

「女の子のチョイスのしやすさとして、わかりやすいんだけどな」


 ギャルゲーは、『自分の趣味を、推しに理解してもらう』ゲームじゃないからなぁ。


「一人もクリアできないとは」

「当時のゲームなら、こんなもんだぜ」

「昔から考え尽くされていて、奥が深いな。勉強になった。とにかく、セオリー通りにいかないと攻略できんのはわかったぞ」


 気を取り直して、ギャル要素のあるアクションゲームに変更した。


「おお、ベルトアクションか。これも今はあまり見なくなったな」

「こっちも制服だな」

「正確には、魔法少女だ。このシリーズなら、私も知っているぞ」


 社長が子どもの頃にやっていた女児向けアニメの、ゲーム版らしい。


「誰が好きだった? オレはミコトちゃんだが」

「雷使いか、マニアックだな。おっぱいの大きさで選んだな? 私は、頭脳派のクミちゃん派だ」

「一番人気のヤツか。それもいいな」

「あー青春だなぁ。『スプラッシュ・トルネード』!」


 当時にタイムスリップしながら、技名を発した。


「うーっす。収録するかー」


 玄関が開き、マヒルさんが入ってくる。


 社長はまだ、制服のままだ。マヒルさんの登場に気づかず、TV画面に向かって女児向けアニメの技を連呼していた。


「そっとしてやってくれ」

「……うっす」



 五分後、そこには四つん這いになってうなだれる社長の姿が。

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