格ゲー mini

 とうとう、「ニコラ公式 ひめにこチャンネル」が再生回数四〇〇〇時間を超えた。

 つまり、収益化に成功したのである。

 制服差分の効果だろうか。

 飯塚社長が身体を張った甲斐があったというモノだ。


 しかし、社長の受難は続く。


 今日の衣装は、チャイナドレスだった。


「また、イラスト用の資料ですか?」

「そうなんだ……」と、社長は涙目で答える。

「早くも『差分はよ』の催促がありましてぇ……」


 ぴよぴよさんによると、まだ差分が必要らしい。

 

 今日はぴよぴよさん宅ではなく、収録スタジオにいる。


「下はレオタードですから、きわどい以外は特に問題ございません」

「大ありだ。こんなのまたマヒルちゃんに見られたら」


 冷静なグレースさんとは対照的に、社長は必死だ。



「もう遅いかと。連れてきちゃったんで」



 オレは今日、マヒルさんと同席していた。


「大丈夫っすよ。おちょくったりしないでしょ?」


 マヒルさんは、基本社長には優しい。拾ってくれた恩があるからだろう。


「だが、慈悲深い目で見つめられると」

「まあまあ。とにかくゲームゲーム」


 マヒルさんが、レトロゲーの準備を始める。ちなみに、彼女が持ってきたのは格ゲーのタイトルばかりが入ったmini端末だ。


「ああ、マヒルさんは『キング・オブ・ギア』世代だよね」


 剣を持った格闘家たちが、三人ひと組で戦う格闘ゲームである。


「シリーズ後半から入りましたけどね」


 マヒルさんは忍者・大剣使い・女カンフー使いを選ぶ。


 社長は、このカンフー娘のコスプレをさせられているのだ。


 自分のモデルが華麗に戦う姿を見つつ、イラストのモデルにされるという羞恥プレイである。


『こんばんはー。ひめにこなのじゃ~。今日は懐かしい格ゲーを動かすぞよ~』


 収録がスタートし、ゲームが始まる。ちなみに、録画収録だ。


 ぴよぴよダンナは今日、子どもの世話でここにはいない。自宅の機材を使い、リモートで収録を手伝っているという。


 慣れているということで、マヒルさんはカンフーマスターだけで勝ち星を重ねていく。


「ぬおっ!?」


 女性格闘家だけで構成されたチームを負かしたとき、社長が呻いた。収録中だと言うことも忘れて。


「どうしたんですか?」


 オレが社長の口を手で覆う。


 社長も我に返り、口に指を当てた。


「さっき、女性キャラが脱衣したぞっ」


 そう。女性格闘家は負けると服が脱げるのだ。全裸とまではいかないが、衣装ははだけてしまう。


「服が脱げたくらいで驚いちゃダメっすよ。『イモータル・ソルジャー』とかエグいんで」


 タイトルを聞いて、オレも「うおお」とうなった。


「どんなゲームなんだ?」

「抹殺コマンドってのがあるんですよ。このゲームが終わったら見せますよ」


 ひとまず、仕切り直す。ひめにこにプレイを続けてもらう。


「このままエンディングまで行けそうだ」

「いや、ラスボスが強いんだよ。このゲームは」


 当時の格闘ゲームに登場するラスボスは、ほぼ勝つのが不可能な調整を施されている。特に本作のボスである「オーベルシュタイン」は、格ゲー界隈随一の壊れ機能を有していた。


『ぬわーやはり強いのはそのままかえっ、このっ!』 


 ひめにこチームは忍者が瞬殺され、大剣使いは一本こそ取ったが、本気を出したボスに敗北する。


「なんすか、あの対空カカト落としは」


 当時プレイしていなかったので、まったく意味がわからない。空中にいる相手にカカトを振り下ろす「ジェノサイドプレス」が、鬼判定すぎる。


 あれだけ猛威を振るっていたカンフー娘さえ、虫の息に。


 ラスボスが、必殺技の一撃を見舞おうと迫った。


「やられる!」

「こっからっすよ」


 その意味は、オレにもわかる。彼女は、この瞬間を狙っていたのだ。


 乱舞技をボスに喰らわせて、マヒルさんは一気に逆転した。


『いよしっ! チョロいあるネ!』


 マヒルさんの使用キャラが、勝ちポーズを決める。


 相手がツッコんできてからのカウンターだったから、ダメージが倍に入った。


『よし、ひとまず当時と同じ強さであることは立証できたので、別のゲームをしようかのう? これじゃ』


 さっきオレが解説したゲームを、ひめにこが選択する。


「まあ見ててください社長」


 ゲーム開始から、ひめにこは押して押して押しまくった。


『ぬおお、とどめじゃあ』


 相手の体力ゲージが極限まで減ったとき、ひめにこが必殺技を繰り出す。


 ブシャアアと、ひめにこのキャラが相手の胸板を貫いた。


「うごおっ!」

「やばいでしょ? これが『抹殺コマンド』なんですよ」


 他にも、首を飛ばしたり炎で焼き尽くす抹殺コマンドがある。



「いや、そうではない!」


 社長の表情は、明らかに変わっていた。


「問題は、この描写だ! こんなの、サイトの規約に違反する!」


 グロすぎる動画などは、収益化が剥がされる可能性があるのだ。


「せっかく収益化できているのに、これでは権利を剥奪されてしまうぞ!」


「だから、今日は収録なんすよ。センシティブって意味なら、さっきの脱衣もNGです」


 放送当日は、モザイクをかけて処理するという。


「当時のゲームは、規制も何もなかったんだな」

「今がデリケートすぎるだけなんですけどね」

「刺激的なのは魅力があるのはたしかだ。当時は、これがウケたんだろうな」


 レトロにはレトロのよさがある。


「でも、全裸になるトドメはダメだろっ!」


 トドメのバリエーションに『モロ出し』もあったことを、オレはすっかり忘れていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る