夢なんか持つな!
『男子バスケットを題材にした「ブザービートはちょっと待ったコール」という作品の、先輩キャラが凄まじいのじゃ! ワイルドなキャラが好きじゃぞ!』
「生ハム先輩?」というコメントが流れてきて、『そうじゃそうじゃ!』と相槌を打つ。
どんなだよ? 生ハム先輩って。
「太ももの大きさがハムみたいだから、そう呼ぶらしい」
「なんで社長が知ってるんですか?」
とてもあんなマニアックな乙女ゲーなんて、社長はプレイしている風には見えないが。
「あの子、家によく遊びに来るからな。その際、話題に上るんだ。その先輩が」
ため息をつきながら、飯塚社長はウーロン茶をノドへ流し込む。
「付き合いが長いんですね?」
「まあな。彼女が高校生くらいからの知り合いだ」
質問からおよそ五分くらい経った。いまだに、ひめにこちゃんの生ハム先輩談義は止まらない。リスナーさえ巻き込んで、盛り上がっている。
『チビの同い年の方がええじゃと? だって生ハム先輩、尊いじゃろ? あんなガッチリした人がタイプなの? とな? そうなんじゃ。どっちかっていうと、ヒョロいヤツよりはたくましい方が好きかのう。というか、精神的マッチョが好きじゃな! 何事にも屈しない、鋼鉄のメンタル! でも異性の主人公には意識しちゃうみたいな! ああもう、遊びたくなってきたわい!』
以後、マヒルさんは「先輩キャラがいかに素敵か」という話だけで、二〇分は語り尽くした。視聴者そっちのけで。
その反動からか、視聴者数が一〇〇人くらい減った。「やっぱり、まひるたんじゃないか!」などというコメントが、定型文のように流れていく。
マヒルさんは野性的な男性が好き、と。
限界化する女性声優なんて、生では初めて見たな。
『うむ、少々しゃべりすぎたのう。ハイボールで落ち着くわい。んぐんぐ』
四本目のハイボール缶を、マヒルさんは開けた。何本飲む気だよ?
その後も、マヒルさんは語りまくった。好きなアーティスト、同じ配信者で尊敬する人、スポーツ遍歴などだ。
今までで辛かったことは、親の理解が得られなかったことだそうな。
たしかに、オレも自分の子が声優になると言ったら止めるかもしれない。
「配信者になりたいと言ったら親に殴られた」という話がニュースサイトのトレンドに上がったっけ。
途中で歌を挟んだりして、感謝祭は進んだ。不意のアンチコメントに、逆上したりしない。セクハラトークのかわし方なども、卓越している。この辺は、生主の経験が活きているのかも。
『結構、ええ時間になったのう。おっ、もう夕方の四時を過ぎとるわい』
といいつつ、またハイボールをあおるんだが。
『えっと、最後の質問にするぞい。「将来に希望を持てません。やりたいこともないし。このまま、生きてていいでしょうか?」か。難しいのう』
質問というか、お悩み相談か。
『ええんじゃよ。夢は持たん方が。お主は勝ち組じゃ』
らしくない解答を、マヒルさんは発した。
心理学の専門家も、自身のチャンネルで「理想があったら、『理想通りに生きなければならない』というバイアスが働いて、理想に沿っていない自分に幻滅し、かえって不幸になる」と言っていた、と。
『じゃから、ありのままでええんじゃよ。今を全力で生きるがよいぞ』
相手を励ますような調子で、マヒルさんは語りかける。
「将来の夢とかなかったの?」と、コメントが流れてきた。
『わらわには、夢がないんじゃ』
動画が急に、しんみりしたムードになる。
マヒルさんは子どもの頃から、声優になりたかった。しかし、実際事務所に入ってみると、夢と現実のギャップに悩んでしまったらしい。
前の事務所で犯罪レベルのセクハラされて、やめてしまったという。その人物は逮捕され、ニュースにもなったそうな。
マヒルさんは「ひめにこ」の世界観に沿って、自分の境遇を語った。「宇宙でこんなことがあったので、地球へ逃げてきたのじゃー」と。
「だから報道直後、私はマヒルちゃんをこの会社に招いた。女の経営者なら、警戒されないと思ったのだ。まだ高校生だったので、アルバイトとしてだが」
マヒルさんにそんな過去があったとは。尖った印象は、人を遠ざけるための仮面なのかも。
その後、マヒルさんは研修生として、別の声優事務所に入り直した。個人で配信者をするかたわら、我が社にも協力してくれている。やがては、ウチに一本化しようと考えているとか。
『社長のように拾ってくれた人がいたから、今のわらわがあるんじゃ。わらわは「社長のようになりたい」、「この人みたいに、弱い人を支えたい」と思うて、この仕事を引き受けたんじゃ。今は、「誰かの夢になること」が、わらわの夢かのう?』
マヒルさんが、鼻をすする。
『ちょっと酒がまわりすぎたのう。つまりじゃ、夢に振り回されず今を全力で生きよ、ということじゃ。これでええかのう? では終わりじゃ。またな~』
これで、初の生配信は終了した。
背もたれに身体を預け、マヒルさんは「あ~」とため息をもらす。
いつものマヒロさんだ。
しかし、その目はわずかに赤く腫れていた。
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