デリ・イーツ
「ちょっとキミ、それは……」
オレの姿を見て、イーさんは沈黙した。
無理もない。
今のオレは、初期装備に毛が生えた程度の出で立ちだったから。
職業はパラディンのまま、『ハナちゃん』を作り直したのである。
「なんでそんなことを? 私に遠慮したのか?」
「違うよ。オレは、あんたと肩を並べて旅がしたかったんだ」
オレのルートを進めてイーさんに経験値を注ぐ、という手もあった。
しかし、イーさんはこのゲームを攻略したいわけじゃない。
「遊びたい、遊び尽くしたい」のだ。
ならば、先行プレイは違うよなと。
「どうして」
「きのうさ、戻しプレイ……経験値を集め直すプレイをやってみて、思ったんだ。このゲーム、結構戻しが楽でさ」
それならいっそ、最初から遊んでもいいよなーと思い至った。
「もちろん、このままじゃ弱いままだから、サポートよろしく!」
「……」
イーさんは、黙り込む。
「あああ。もしかして、楽なプレイングの方をお求めだったか?」
隣にいるグレースさんに、視線でヘルプを求める。
グレースさんは首を振った。口だけで、「大丈夫」と告げる。
「もう、そういうところだ。ハナちゃん!」
なにが、どういうところなんだ?
「もういくぞ、ハナちゃん」
ズンズンと、イーさんは先を急いだ。
「いいっすよね、グレースさん?」
オレは、グレースさんにお伺いを立てる。
「では、わたくしは打ち合わせの方へ参ります」
グレースさんは、この場を去ってしまった。
まあいっか。
オレたちのゲーム風景を見ているだけなんて、退屈だろうし。
今日は、敵のバリーションの多いダンジョンへ向かう。
「うおお、やりごたえがありそうだな」
早速、イーさんはモンスターの群れに突っ込んだ。
ゴブリン、コボルト、オオコウモリやゾンビなどである。
今までスライムしか相手にしていないイーさんには、うってつけの相手だ。
「イベントで手っ取り早くレベル上げをする」って手も考えた。幸い現在はキャンペーン中で、経験値取得率が高い。
けど、イーさんの場合は「操作方法」に慣れていなかった。
そこから教える必要がある。
ルールを知らないでプレイすると、足下をすくわれてしまう。
「そうそう。ザコ相手には小太刀で立ち回るんだ。それがサムライの基本スタイルなんで、覚えて」
サムライは基本、雑魚用とボス用の二刀を扱うのが主流なのだ。
これをわかっていないと、最初の頃のような「ザコ相手に大振りの刀を振り回して当たらない」現象が起きる。
つまり初期のイーさんは、いきなり大型魔物用の刀を装備していたのだ。
ダメージはデカイが、振りが遅くなる。
反面、オレのパラディンはショートソードと盾を持つ。
基本「盾で防ぎ剣で切る、ダメージを負えば下がって回復」スタイルで、ザコもボスもいなせる。
「時々、手裏剣も投げて」
「よしっ! ほあ。当たったぞ!」
イーさんの投げたクナイが、ゴブリンの胸にヒットした。
「アイテムのドロップも、確認してくれ」
倒したモンスターから、剣などの装備品、使用アイテムなどがポロッと落ちる。
そのアイテムの上に乗ると、拾ったことになるのだ。
今日は、モンスターが落とすアイテムの種類を覚えてもらう。
いちいち攻略サイトを見なくて済むように、身体に叩き込むのだ。
「おお。わかったぞコーチ」
コーチか。人にモノを教える立場になるなんて、思ってもいなかったぜ。
イーさんが、ボスのオークロードを撃退する。
「これで、一旦休むか」
街へ戻り、ログアウトした。
「本当はもう少し続けたいが、昼食を挟む」
一三時になったので、出前を頼むことに。
「おお、デリ・イーツですか」
オレはてっきり、飯塚社長はこういうものを頼まないと思っていた。
健康に気を遣っていそうなイメージがあったけれど。
「経営者だからな。『新しいモノ=悪』という考えは、企業の死に直結するんだ。私が死ぬだけならいいが、会社が死んだら他の社員も路頭に迷う」
常に新しいものを取り入れていくのが、社長のポリシーだとか。
「じゃあ、オレもロコモコとか言うのを頼んでみよっと」
社長にならって、新しいものにチャレンジだ。
「秘書のグレースさんは?」
グレースさんが作るわけじゃないんだな。
健康の管理をしている印象はあったが。
「家で家族と食べている。昼食時は好きにしていいと頼んでいるんだ。実はもう一つ、大事な意味があるんだが……おっと来たな」
オーダーして数分後、バイクの爆音が外から聞こえてきた。
「ちゃっす。イーツでーす」
小柄な若い女性が、雑な感じで出前の品を渡渡してくる。
顔や背丈は中学生っぽいが、大学生くらいだろう。
大型バイクに乗ってきたみたいだし。
「いつも、ありがとうございます」
「ありがとうございますっ」
社長は丁寧に礼をして、オレは気さくに笑顔を向ける。
「……っした」
電子マネーで生産し、イーツの女性はそそくさと去って行った。
何か言いたそうだったが、なんだろう?
「社長はちゃんぽん麺。特盛りですかぁ」
ゲームからはアウトしているので、オレは元の口調に戻っている。
「いいんだぞ、この部屋にいる限り、キミは『ハナちゃん』だ」
社長……イーさんは、ちゃんぽん麺のラップを開けた。
「わかった。いただきます」
オレはロコモコ丼を口へ運ぶ。
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