自宅兼スタジオ

 翌日、オレに正式な辞令が下った。


 先日の秘書さんから聞いた説明だとフワッしていたが、「具体案が決まった」とメールが。


 簡単に説明すると、『我が社でバーチャル配信者を作るから、サポート要員になれ』とのこと。


『お前ゲーム好きやんけ。だったらお前が配信者のやるゲーム実況のセッティングをしろ。当日やるゲームのプレイを解説するとか、色々アシストしろや』


 これが、オレの仕事内容だという。細かいことは専門家を呼ぶなりして対応するからと、説明が書かれてあった。


 重要なのは、『仕事内容は極秘事項で』という部分だ。


 オレだって、隠し通すつもりである。外部に『社長とゲームでいちゃついています』なんて漏れたら、同僚になんて言われるかわからない。


 ちゃんと守秘義務は守ります、社長! ご安心を!



「いやあ、キミも係長かー。エラくなったねー。ワシもやっと肩の荷が下りたよぉ。三年間、ご苦労さん。花咲はなさきくん」


 鬼課長が、珍しくオレを労ってくれた。会話内容はとても出世したモノを送り出すセリフではないが。


「すべて課長のご指導のたまものです」

「その謙虚さが、もっと早い段階で発揮されていれば、今頃ワシを追い越していたかもだけどねえ……」


 なんとでも言え。オレは晴れてホワイト部署に転属なのだ。


 オレは勤務先である支社を去った。





「えっと、ここだな……」


 電車で数駅かけて、目的地に辿り着く。


 新しい勤務先は、本社から近いスタジオである。スタジオだと聞いていたが、どう見ても小さなアパートである。


 咳払いをして、入り口のドアを開けた。


「おは……ん? 誰もいない?」


 だだっ広いフローリングのスタジオは、まるでダンスレッスンのステージに思える。


 クツがあるから、社長はいるようだ。


「おはようござああああああああああああ!?」


 玄関から廊下へと続く道で、思わずアゴが外れそうになる。


 スタジオの扉をあけたら、半裸の社長がいたからだ。

 黒の上下下着を身につけ、タオルを肩に掛けていた。濡れた髪がまた艶っぽい。



「わおjbmぱえwr9ううsgなkl;bなsd:呂G!?」



 オレも社長も、声にならない悲鳴を上げてしまった。


 慌ててドアを閉める。


「ドドドアホンぐらい使いたまえよ!」


 ドアの向こうから、社長の怒鳴り声が。


「すいません! 開いていたモノでつい」


 今後は、確認してから入るようにしよう。



「むう……」


 朝食のトーストをかじりながら、社長がオレを睨んでいる。


「ご自身のお部屋で、お休みになられたらよろしいのに。居住スペースは二階なのですから」

「だって、めんどくさかったんだもん」


 秘書のグレースさんにコーヒーを淹れてもらいながら、社長は頬を膨らませた。


「まさか、ラッキースケベ属性がおありだとは。ライトノベルの世界だけだと思っておりました」


 グレースさんによると、朝食前の運動を済ませてシャワーを浴びていたという。


「すいません」


 向かいの席に座って、コーヒーをごちそうになった。あやうく、人事異動早々に退職するハメになるところだったぜ。


「食事が終わったら、早速ゲームをするからな」


 朝からゲームか。なんて背徳的なんだ。しかし、これも仕事仕事。


「ひとつ伺いたいんですが、ここって」

「はい。社長の自室を改造した、簡易スタジオでございます」


 スタジオだと聞いていたので、てっきりもっと機材まみれだと思っていた。どう見てもマンションの一室なので、驚く。


「それじゃあ、社内バーチャル配信者ってのは、方便なので?」

「ああ、そのことでしたか。ちゃんと進行していますよ」


 信憑性を持たせるため、プロジェクトは稼働中だそうだ。このスタジオは仮で使っているという。


「自室を事務所にするって、税金とかは」

「ああ、自室というのは、このマンション全体のことです。社長の所有ですから」


 その一階すべてを、スタジオとして利用するらしい。


「また、配信を担当する役者さん、イラストレーターさんも、ここに住んでもらっています」


 声優さんと絵描きさんは、二階に部屋を持っているとか。家賃も、通常の半額で残りは会社持ちだ。


「へ、へえ……」


 もはや、なんでもありだな。


 現在声優さんは声のレッスン、イラストレーターさんは会社と打ち合わせ中だそうで。


「君も住むか? 通いは辛かろう」

「え、いいんですか?」

「と言っても、私の隣の部屋になるが」


 非常口側の部屋が開いているという。グレースさんはダンナさんの持ち家があり、子どもも小さいため入る気はないとか。


「社長さえよろしければ」

「そうか。是非是非」


 引っ越しの手続きを済ませ、いよいよゲーム開始だ。

 ゲーム室へ通される。


「ふえええ」


 ゲーミングPCだ。しかも結構高めの。


「このマウス、手に取ってみたかったんだよな」


 ゴチャゴチャした中二心をくすぐるマウスを、掴む。


 といっても、『幻想神話』は「パッドでも適当にこなせるゲーム」がコンセプトなので、宝の持ち腐れなのだが。


 まあいい。今後はFPSなどもやるかもしれない。ゲーミングになれておくのもいいだろう。


「『幻想神話』の続きだー。やるぞー」


 飯塚社長が、腕をまくる。


「ノリノリですね、社長」

「私は『イーさん』だ。ハナちゃん」


 そうだった。あと、敬語も禁止だっけ。


「わかった。よろしくなイーさん」


 オレも、ハナちゃんモードになる。

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