第六章 ゲーセン巡りは出張に含まれますか?

朝チュンは、突然に?

 結局、オレは少しくらいしか眠れなかった。

 朝が遅めだったのが救いだったが。

 耳を澄ませると、窓の向こうで小鳥が鳴いていた。

 これが朝チュンか……何もなかったけどな!


 しかし、オレは盛大にやらかしていたのである。


 トントントン……。


 一人暮らしの家では聞き慣れない音が。独身男性の憧れる音が、キッチンから聞こえてきた。


「おお、起こしてしまったか」


 このセリフ! 起き抜けでこのセリフは反則ですよ社長!

 世の男子諸君の誰しも憧れた、ギャルゲーでのワンシーンだ。


「もうすぐできるから、顔を洗ってきなさい」


 エプロン姿の飯塚社長が、ベーコンエッグを作ってくれていたのである。キャベツの千切り付きで。


「はいっ」


 ボーッとしている頭を、温めのお湯で覚醒させた。


 トースターが鳴る。「あつつつ」と、社長がトーストを取り出して皿に盛った。


「よし食べよう」


 ローテーブルに朝食を載せて、いただきます。


 カリッカリのベーコンと目玉焼きを、アツアツのトーストに載せた。二つ折りにして、かぶりつく。


「うまい。ありがとうございます」

「気に入ってもらえて、なによりだ」


 社長は丁寧に、お箸を使ってベーコンでキャベツを巻いて食べていた。トーストはバターを塗り、黄身は潰さない派のようだ。


「おっと、黄身が口から垂れているぞ」


 ティッシュを出して、オレの口を拭いてくれる。


「ありがとうございます」

「あり合わせで作ってみたから、口に合うかどうか」

「とんでもない。オレ、料理とかホントにやらなくて」


 休みの日でも、コンビニへ行って朝飯を済ませたりしちゃう。スーパーは開いていないし、一番早く開くパン屋は、駅前まで歩く必要がある。


「それは、私もだな。早朝ジョギングのついでで寄ってしまうんだ。ついつい肉まんとか買ってしまう」

「買っちゃいますよね!」


 社長は買い食いをするたびに、グレースさんから「体調管理がなっていない」と怒られるらしい。


 普段から厳しい視線を、飯塚社長は社員へ送っている。が、社長だって完璧じゃないんだ。


 朝は軽めに済ませろとか、朝食を取らないことを推奨している経営者もいる。


 そんな中で、飯塚久利須は親しみやすくて安心できる人だった。


「ごちそうさまでした。おいしかったです」

「ありがとう。私も、みんなと食べる朝食を経験できて、うれしい」


 着替えてくるというので、一旦社長は部屋を出て行く。


 オレも身支度をしておくか。


 待てよ。

 これって、社長とデートになるのか。

 一番高い服ってどれだっけ?

 ひめにこの衣装を探すんだから、むしろ出張かな? だとしたらスーツの方が。


 色々悩んでいると、インターホンが。


『何をしているんだ? タクシーを待たせているぞ』

「すぐに着替えます!」


 ええい。高めの服で勝負だ。ドレスコードも考えて、ネクタイも似合うタッチで行こう。


「お待たせしました」


 めかしこんだ社長の姿を見て、オレは息を呑む。

 ベージュの、襟付きロングスカートだ。


「では行こう」


 今日はグレースさんもオフなので、タクシーで移動である。

 二人とも、後部座席に座った。


 飯塚社長が足を組むと、白い太ももが大胆に露出する。


「どうした?」


 オレの視線に気づかず、社長は首をかしげた。


「オシャレですね、その……ワンピース」


 会話をしつつ、社長の肌から視線をそらす。


「この服か? ラップドレスというんだ。頻繁に着替える予定だから、一枚でサッと脱げるモノにしたんだ」


 細いベルトで、お腹をキュッと絞っている。とはいえ、キャバ嬢みたいに身体のラインが出ていない。下も、フワッとしたフレアスカートとなっている。


「これならお腹も目立たないし」と、社長はおどけてみせた。

「どうだろう? 男性と二人で出かけるなんて初めてだから」


 それ一枚だけという極めてラフな格好なのに、キャリアウーマン然とした雰囲気を放つ。Vネックの襟付きだからか。

 手には、ペールブルーのトートバッグを持っていた。「皇室御用達」との触書があるそうだが、単にエコバッグ代わりだという。


「ホントは演奏会などに持っていくハンドバッグが合うんだ。が、今日は買い物だからな」


 機能性を重視したらしい。

 クツも、リボンの付いたローヒールだ。歩き回るからだろう。


「オレにもオシャレはさっぱりで。でも、すごくキレイなことはわかります」

「ありがとう」


 その後、会話が微妙に途切れてしまった。


「いやー、タクシーに乗るなんて、何年ぶりだろうなー?」


 大げさに伸びをしながら、会話を引き延ばす。でないと、こんな美人の隣なんていたたまれない。


「私も、久しぶりだ。いつもはグレースが乗せてくれるから」

「最後に乗ったのは、前の会社で新歓ですね」


 そのときは、一番下の後輩が入ったばかりだった。飲み会でへべれけになった後輩を、家まで送ったっけ。


「あのときは後輩が何度もエズいて大変でした。オレが飲めないから、付き添いに駆り出されちゃって」


 その後輩も酒に強くなって、もう送迎の心配もなくなった。


「あいつら、どうしてるかな……」

「気になるか?」

「いや、あいつらにあいつらの人生がありますから」


 同期がいないのは、確かに寂しい。なんだかんだ言って、彼らはオレを慕ってくれていた。


 とはいえ、オレは一人じゃない。今の方が、社員との繋がりを感じている。

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