イーさんの、水着差分

 駅前のデパートに到着した。

 休日だからか、人で賑わっている。それも、カップルばかり。


「なんだか、ドキドキするなぁ」

「そうですね」


 意識するまいと思っていたが、二人きりなんだよな。


「とにかく、店に入ってしまおう」

「承知しましたっ」


 デパートの中へ入ると、一気に高級感に包まれた。本格的な服飾ばかり扱う、セレブ御用達の店ばかりが並んでいる。


「こういう店は、初めてか?」

「そうですね。洋服なら、近所にある量販店ばかりになってしまいます」


 高級デパートなんて、あまり利用したことがない。営業先に渡す用のお菓子を、買いに来るくらいだな。実際に食って選んでいたから、何度も財布が吹っ飛びそうになったっけ。


「すいません。だっさい格好で」

「いや。落ち着いていて、似合っているぞ。男性はオシャレに背伸びをすると、余計に滑稽な姿になるんだ。ジャラジャラしたアクセサリーなんかを付けないだけ、マシだよ。高めの時計くらいあるといいんだろうが、それでも自分が好きな形で身の丈にも合った物がいい」


 金に物を言わせた服装がもっともカッコ悪いと、社長は主張した。


「先に、水着を見ましょうか」

「そうだな。行くぞ」


 エレベーターを使い、水着コーナーへ向かう。


 水着コーナーだけでも、セレブの風がビンビンだ。アダルティな柄のウェアが揃う。さすがに露出を抑えた、撥水性のパーカーが多い。


「むー。よっと地味だな。こういうのが、時代的には刺さるんだろうけれど」


 控えめの水着差分は、ぴよぴよさんが描いてしまったという。ラッシュガードに、デニムのホットパンツだという。


「確かに、それだといかにもイマドキのファッションですね」

「だろ? 物足りないんだよ」


 社長的には、もっと大胆な差分があってもいいのでは、と考えているらしい。


「あんまり際どいデザインは、お断りだけれどな」


 水着を選びながら、飯塚社長は冗談を言う。

 オレも、メンズコーナーを回った。適当にサイズだけを見て決める。


「男性は楽でいいな」

「露出を求められてませんからね」

「そうだな。いいカンジの水着を見つけたから、着替えてくる」


 社長が、更衣室へと消えた。

 待っている間、自分のウェアを精算する。


「軽く数点チョイスしたから、好きなのを選んでくれ」


 シャーッと、カーテンが開く。


「ハイレグですか」


 まずは、食い込み具合がヤバいワンピースである。ワンショルダーのアンシンメトリーデザインだ。ピッチリしすぎて、胸を完全に隠し切れていない。むしろ、膨らみをより強調してしまっている。


「密着度が、競泳水着みたいですね」

「スポーツ用品店の本格的なものを買った方が、興奮するんだろうか?」

「特殊性癖ですよ。競泳なんて」

「でもキミは、グッと切れ込みのあるハイレグが大好きみたいだが」

「どこで見たんですか!?」


 自分の好みがバレて、オレはたじろいだ。


「いや、本棚にそういうフィギュアが飾ってあった」

「あれはそういうデザインなの! 戦闘服なの!」


 確かに、オレは格ゲーのフィギュアを飾っている。しかし、あれは資料用だ。


「とにかく、オレ基準で考えるのはよしましょう。もっと他の男性の意見を取り入れた方がいいですね。それこそ、ぴよぴよ夫さんとか」

「スク水第一主義と言われて、連れてこなかったんだ。今でもたまに、奥さんに着せてると聞いてドン引きしたぞ」


 ですよねー。


「それはそうと、どうだ?」

「アウトです。オレが許しても、世間が許さないでしょう」


 たしかにオレ好みではあるが、ちょっとデザインが複雑すぎる。絵師にはまずウケないだろう。


「わかった。これは無理だと思っていたからいいんだ。本命は後に取ってあるからな」


 また、社長が着替えを始めた。

 カーテンが再び開かれた。今度は、白ビキニだ。


「まあ、定番ですね」

「うむ。普通だな」


 凄く似合っている。フリフリもカワイイ。だが、そこまでだった。


「たしかに世の男性は、こういったわかりやすさを求めています。シンプルなデザインなので、絵師へのカロリーも低い。しかし、ひめにこって宇宙人じゃないですか」


 単にアイドルが着用するなら、「まあ、こんなもんかなー」と思える。しかし、実際に着るのは宇宙人だ。月並みの衣装ではパンチが弱くて、キャラクター性を発揮できない気がした。


「言いたいことはわかる。ひめにこっぽさがないんだよな?」

「はい。守りに入りすぎている印象を受けました」


 社長の言うとおり、「宇宙人ならコレを選ぶ!」という確信めいた主張が足りない。「宇宙人なりの女子力や感性」というものが。


「そう思って、最後は攻めてみた」


 最後の水着は、クリームホワイトの下に紺色という重ね着だ。レイヤード・ビキニという。ホルターネックタイプで、胸元はねじれている。


 いかにも、巨乳のアニメキャラが身につけそうなファッションだった。


「地味か? それとも攻めすぎだろうか?」

「いや、ちょうどいいと思います。地球の文明をよくわかってない感じも出てますよ。不思議度が、二割増しでアップしている印象を持てます」


 宇宙人差を出すなら、変に無難なフェミニズムを強調しない方がいい。地球人の好みに合わせて大胆な水着を選ぶ方が、ひめにこらしいと思える。


「よし、ではこれにしよう。普段使いもこれでいく!」


 社長は即決で、この水着を選んだ。出張にも着るという。


「えっ。ちょっと艶っぽすぎません?」


 自分が着るなら、さっきの白ビキニでいいような。


「プライベートビーチだから気にするな。寝泊まりも別荘のロッジだし」


 うわあ。夢が拡がリングだ。

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