子ども部屋おじさん

「あ、の、これは、だな……」


 飯塚社長は弁解しようとする。


 そうだよ。オレたちはやましい関係では断じてない。


 オレと社長の状況を見て、突然グレースさんが頭を下げる。


「大変失礼致しましたっ。気が利きませんでっ」


 この人は何を言っているんだ?


「お楽しみの所をお邪魔してしまったみたいで」

「とんでもない。グッドなタイミングでした!」


 危うく過ちが起きるところでしたぞ! ナイスッ!


「充実した一日だったようですね?」

「ええ、どうも……」


 実に大変な一日でしたよ。


「用事が整いましたので、お宅へ……

「え、オレに用事って?」

「引っ越しの荷物を運び終えましたので。確認をお願いします」


 そっか、すっかり忘れていた。


 社長とトレーニングする前に、カギを預けていたのだ。朝早くから業者に、オレの荷物を全部持っていってもらっていた。


 オレの家はなんと、社長の隣である。


 ドアの前で、社長がソワソワしていた。


「なんです、社長?」

「部下のプライベートをのぞき見するのは、マナー違反だろうか」


 気にしなくてもいいのに。見られて恥ずかしいモノはない……たぶん。


「お気になさらず。どうぞ」


 立たせているのもなんだったので、オレは社長を家へ招き入れた。グレースさんも一緒だから、間違いは起きない。


「お邪魔します」


 クツを脱ぎ、飯塚社長スリッパに履きかえる。


「うわあ、初めてだ」

「男性の家に上がることが、ですか?」

「人の家に上がること自体が、ほぼ久しぶりかも。いや、むしろ初めてかもしれない」


 飯塚社長の口ぶりから、彼女がどういった生活を送っていたのか想像できた。誰も信用できない人生だったんだろうなぁ。


「気兼ねなく入ってしまっていいんだろうか?」

「遠慮しないで。どうぞどうぞ。お茶を淹れます」


 オレは食卓へ行く。しかし、すでにグレースさんがコーヒーを用意してくれた。


「勝手に使用させていただきました。ご不満でしたら」


 自分で淹れるより、一〇〇倍うまい。同じ粉を使ったというのに。


「ありがとうございます。今度、来客用のカップを買っておきますよ」


 本当、私物のカップしかないのが悔やまれる。


「間取りなどで問題がありましたら、やり直します。あと、貴重品などには触れていません」

「いや完璧です。ありがとうごさいました」


 通帳は全部電子だし、パスワード的なモノは全部リュックに入れてあった。ミニマリストを気取るつもりはないが、できるだけ身軽さを優先したのである。


「仕事で使う資料や衣類の他は、ゲームばかりでしたね」


 そのゲームも、今はほとんどネットで使えるモノばかりだ。いつどこに出張へ行かねばならないか、わからない。着替えも現地で揃えたりする。荷物は、極力減らしていた。


「コントローラーだけが、キレイだ。本当に、ゲームをするために帰ってくる場所だな」


 我が家のレイアウトを見て、社長はため息をつく。

 幻滅させてしまったかな。


「オレの家なんて、いわゆる『子ども部屋おじさん』ですよ」


 自嘲すると、飯塚社長は首を振った。


「子ども部屋おじさんといっても、自立しているわけだからいいだろう。自分の居場所があるのはいいことだ」


 腰に手を当てて、自分のコトのように誇らしげに言う。


「と、いいますと?」

「私には、自由がなかった」


 社長いわく、飯塚家には自分の居場所なんてなかったらしい。

 部屋には必ず誰かがいて、自分を監視・監督していた。


「グレースも、我がメイドの一人だったんだ。私が事業を立ち上げ、買い取った」


 ただ一人、グレースさんだけが気の許せる人だったという。


 しかし、窮屈な飯塚から抜け出したくてたまらなかったそうだ。


 JKになった途端、不満は一気に爆発した。資本金たった千円で会社を興し、スマホを介した事業を立ち上げる。


「始めはやはり、反発もあった。妨害だって、どれだけあったか。しかし、『マネーのクマ』で強力なバックやコミュニティ関係を結び、事業は成功したよ」


 自分で探しても、ロクなパートナーと巡り会えないと踏んでのことだった。半年で融資を返したのも、協力してくれた会社に被害が及ぶのを防ぐためだったとか。


 今の地位に至るまでどれだけの血を流したのか、想像も付かない。

 まして敵は身内。味方は誰もいない中で。


 オレが一六の頃って、何をしていた?


 ダメだ。ゲームの画面しか頭に出てこない。

 自己投資なんてまるで考えないで、二次元に逃げていたな。


「キミの部屋が子ども部屋なら、私のこのアパートなんて子ども部屋どころか自分専用の遊園地だな。居場所を、丸ごと買い占めたから」


 社長は苦笑いを浮かべる。


 これだけの建物を独占できるなんて、並みの努力じゃない。


「飯塚社長は、立派な方です。自分を貶めないでください」

「ありがとうハナちゃん。では失礼する。ゆっくり休んでくれ」


 コーヒーを飲み終えて、飯塚社長はカップをオレに返す。

 突然、グレースさんがオレに耳打ちしてきた。


「……え、それマジで言うんですか?」

「効果は抜群です」


 ひょいっと、グレースさんが脇へどく。


「ま……また遊びに来いよ、イーさん!」


 去り際の飯塚社長に向けて、オレは大声で告げた。

 オレの声に、社長が真っ赤な顔で「う、うん」と言う。


「はあっ。オレの心臓は持つのか?」


 二人が去った後、オレは一人でつぶやいた。


「よし、デパートまで行くか」


 とにかくだ。客が来てもいいように、上等なカップを買いに行かねば。

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