異動先は二次元

「えっと、どういう意味なのでしょう?」

「社長がポンコツ化したので、私からご説明しましょう」


 涙目の飯塚いいづか社長に代わって、秘書のグレースさんが事情を話してくれるという。


「お願いします」

「実は、飯塚 久利須くりす社長は近々、経営者の座を降りようとお考えなのです」


 どうも社長は、近々セミリタイアをするらしい。


「経営を、辞めちゃうんですか?」


 まさか、経営悪化で会社を畳むつもりでは。


「いきなり全部を辞めるわけではありません。会社の運営自体も滞りなく進んでいます」


 任せられるところは人に任せ、社長自身はロイヤリティだけで過ごしたいと。

 それだけの準備はしてきたらしい。


「元々、セミリタイアか早期退職アーリーリタイアが目的だったんだ。しかし、経営とは責任がつきまとうから、辞めるに辞められなかった」


 で、青春も謳歌することができず、ズルズルとここまできてしまったらしい。


「稼ぐのは、もう十分だ。あとは自分の青春を取り戻すコトに決めたんだ。しかし、辞めると決意したとたん、気が抜けた」


「燃え尽き症候群ってヤツですね」


 老後のサラリーマンあるあるだな。

 それを女性の円熟期で迎えてしまったと。


「そうなんだ。しかも時代が変わりすぎて、最近のゲームもよくわからん」


 老後の楽しみとして、社長は気になっているゲームを一応買い続けていた。

 だが、遊ぶ余裕まではなかったらしい。


「つまり、一緒に遊んでくれと?」


「話が早いな。そのとおりだ。ネットで仲間を募ってもいいが、怖い」


「わかりますよ。見ず知らずの人と遊ぶのは怖いですもんね」


 オレもそうだったし、今でもそうだ。


「ご友人には頼めなかったので?」


「ゲームは、もう引退してしまったと言われたよ。私のプライベート仲間は、みんな子どもがいるからな」


 ションボリしながら、飯塚社長は答える。


「そういう事情でしたら、わかりました。オレが担当しましょう。アミューズメント部門とは、具体的に何をすれば?」


「表向きは、アミューズメント関連の意見交換にしています。でも実体は、社長とゲームをするだけです」


 ボロい。


「つまり、オレは社長と遊んでいたらOKで、企画立案に関してオレの意見は不要だと」


「まあ、そういうことになります。ご不満でしょうか?」


「ナイスだと思います」


 オレは開発者じゃない。

 ゲームの遊び方はわかっても、作り方までは関与しようなんて思っていなかった。

 オレにできることと言えば、モニターとして参加して不具合の調節をするくらいだろう。


「月収も三〇万を渡そう。手取りで。賞与も付ける」


 社長と遊ぶだけで、そんなにもらえるのかよ?

 今の給料より三〇%アップとか。


「驚くかも知れませんが、それくらい社長の精神状態は逼迫しているとご理解ください。私も協力できればよかったのですが、世代が違いすぎて」


 最初こそ、気のいい社長仲間同士でやればいいじゃんとも思った。

 しかし、彼女にとって経営者たちとは「気のいい仲間」ではいられないのだろう。


「やってくれるだろうか?」


 真剣な眼差しで、社長はオレに尋ねてくる。


「正直なところ、ゲームを仕事にするつもりはなかったんです」


「そうか……」


 オレの言葉を聞いて、社長はうつむく。


「でで、ですが、ただ遊ぶだけでいいなら、引き受けますよ。オレも、ゲーム好きが増えるの、うれしいし」


 そう。これは、ゲームが好きな人をもてなす立派な仕事だ。

 

 言ってしまえば忖度とも。


 しかし、営業課的には接待とも言えるのではなかろうか。


 ならば断る理由はない。しんどいなら、家で好きかってすればいいんだし。


「引き受ける前に、一つだけ。どうしてオレだったんです」



「まだわからないのか、『ハナちゃん』?」



 オレの心臓が、バクンと跳ね上がった。


「では、イーさんは社長だったんですね?」


「そのとおりだ。私がキミの弟子だ」


 やはり飯塚社長が、『イーさん』だったのである。


 彼女は単に「見た目」で魔族を選んだんじゃない。

 自分に似せてキャラメイクをしたら、社長そっくりになったんだ。


「キミなら、ヘタな私をからかうことも、マウントすることもなかろう。よって、キミを選んだ。何より、キミはゲームを楽しんでいた」


「はあ」


 支社長には適当に言い訳して、オレの所属を変えさせるという。


「今後、二人だけの時はキミのことをハナちゃんと呼ぶぞ。キミも私のことを、プライベートでは『イーさん』と呼ぶように」

「わ、わかりました」


 とにかくオレは、『社長のゲーム友だち』という役職を手に入れた。

 



 部署に戻ると、同僚や後輩たちがオレを取り囲む。


「先輩、どうなっちゃうんですか? やっぱりクビですか?」

「どうだ電太、死んだか?」


 彼らの言葉から、オレがこいつらからどう思われているかよくわかる。


「異動だってよ」


「やっぱり、リストラかー。お前ならそうなると思っていたよ」


 同僚が天を仰ぐ。でも、心なしか楽しそう。


「で、どこへ飛ばされるんだ? ド田舎か? それともメキシコか?」


 ムチャクチャだな。


「二次元だ」


 後輩が、首をかしげた。


 誰だって、そんなリアクションを取るよな。


 オレだって信じられないんだから。

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