スラッシュ・ドラゴン ウォーク
オレは朝っぱらから、国立公園に連れてこられる。
昨日の電話で何事かと思ったら、「スポーツできる服装に着替えて出社しに来い」と言われた。
まだ日が昇って間がないというのに、老人は犬を連れて、壮年の女性はジョギングしている。
朝の七時に、どういう用事なのか? 銀行にでも行くのかよ? ATMで金を引き落とそうとしても、手数料を取られる時間だぜ。九時頃に行かないと
現在の社長は、ピンクのジャージを着て短パンの下にレギンスを穿いていた。手にはスマホを持っている。
社長に言われて、オレもジャージだ。
「これから、走るんですか?」
ジョギングするのに、わざわざ部下を呼び出す人だとは思えない。オレはただのゲームコーチだ。運動なら、家でもできるだろうし。
「いや違う。今日は外でゲームをするぞ」
「もしかして、『スラドラ』ですね?」
オレも、『スラッシュ・ドラゴン ウォーク』というゲームを立ち上げた。
国民的人気ゲームのスマホ版で、実際の街を歩くことでスラドラの世界も楽しめるというゲームだ。
「これは画期的なゲームだぞ。3Dゲームだと準備が必要だが、このゲームならスマホ一台で異世界へ行ける」
歩きながら、スマホを確認する。
ジョギングするモノだと思っていたから、安心した。
「どこへ行くんです?」
「これからカメダコーヒーまで歩く。そこで朝食を食べよう」
片道三〇分近くあるぞ。
「ああ、レアモンスター目当てですか」
カメダコーヒー店は現在、スラドラとコラボレーション中だ。ボリューミーなメニューが人気で、「カロリーの化身」と言われている。
そんな店が、コラボでヘルシーメニューを作ったらしい。
「おお、なんか出てきたぞ」
オレたちの前に立ち塞がるは、ジャガイモのモンスター『スライモ』である。
「おいしそうだな。カメダに入ったらポテサラを食べよう」
スライモをザクザクと狩って、先へ進む。
「宝箱だぞ。『フリーズ・ストーン』というものを手に入れた」
道中にあった宝箱から、氷の結晶を手に入れた。
「これ、ボス対策用のアイテムですよ。持っておきましょう」
「キミが管理していてくれ」
オレは、ストーンを預かる。
「社長、『幻想神話』のレベリングはいいんですか?」
「今日は、気分転換だ。このところ『幻想神話』ばかりで、外へ遊んでいなかったからな」
社長の仕事は、昼からだ。
対して、オレは「早朝勤務」扱いになっている。つまり、これも仕事なのだ。早上がりしてもOKである。昼を食って数時間後に上がっていい。その代わり、引っ越しの準備が必要だが。
「キミの『幻想神話』攻略な、評判がいいんだ」
聞くと、オレの攻略スタイルは、ゆったりしていてダラ見するにはほどよいという。
「そうですか? 『攻略動画としては見応えがない』って、批判もありましたが」
バーチャル配信者による動画が、つい最近になってスタートした。3Dのカワイイキャラが幻想神話の世界を遊びながら話す動画である。
だが、コメントに少数批判的な意見があった。
正直ヘコんだなぁ。
オレがプレイしたわけではない。しかし「オレに近い遊び方で」と頼んでいるから、実質オレが否定されているようなモノである。
「それは攻略ガチ勢の意見だろ? 上手なプレイはよそで見ればいい」
「確かにそうですが」
オレも、社長と同意見だ。しかし、それでいいものか。
「クリアより遊ぶことを優先するスタイルが、好評なんだ。ウチは『いい点を探す』動画のスタイルで行く。キミには引き続き、この調子で頼みたい」
「なら、お受け致します」
まだ一五分くらいしか経っていないのに、オレはもう足がパンパンだ。ゲームに集中してなければ、立ち止まってしまいそうになる。
「がんばれ、もうすぐ目的地だ」
振り返りながら、社長が声をかけてきた。元気だな。汗もかいていない。
公園を抜けてすぐの場所に、カメダがある。
その出口に、大型のモンスターが立ち塞がっていた。
「マイマイドラゴンだと?」
現れたのは巨大なカタツムリ型ドラゴンである。顔が出ている状態は防御が薄いため、一撃で大ダメージを与えた。
「相手の体力が、半分近く減ったぞ。これはいけそうだ」
「ここからです」
マイマイは、顔を甲羅に引っ込めてしまう。
社長が何度も剣を叩き込むが、ダメージはゼロのままだ。
「な、こいつ殻に閉じこもって出てこない!」
「特殊効果ですよ。今物理攻撃しても通じません」
そんな場合は、さっき拾ったアイテムで。
「フリーズ・ストーンを叩き付けてやれば!」
オレは、氷のカタマリをモンスターの甲羅に放り込む。
ギョオオ、と奇声を発して、モンスターが顔を出す。
「今です!」
「このこの」
協力して、マイマイをやっつけた。
「でかした! さすが私が見込んだだけあるな」
いやぁ。シリーズを通してプレイしていたら、全員攻略法を知ってますって。
オレはそう思ったが、言わないでおく。
「アイスの紋章か。このアイテムをお店に見せたら、タダでアイスがもらえるそうだ」
公園を縄張りにするボスに辛勝し、カメダに到着した。
席に案内されて、「これを」と、さっき手に入れたアイテムを店員に見せる。
しばらくすると、デザートにお目当てのアイスが。
「これはウマイ! ミルクが濃厚だな」
「ですね。でも、これを食べたらウォークの意味がないんじゃ?」
「何を言う。これをおいしく食べるために、ウォークをしたんじゃないか。実質カロリーゼロだ」
いやいや、結構ガッツリですよ!?
「ゆっくり食べてますけど、時間は大丈夫なんですか? お昼も仕事ですよね?」
「昼も、トレーニングゲームだ」
ポテサラをトーストに塗りながら、社長が怖いことを言う。
「ああ、あの輪っかのヤツですね?」
「そうだ。キミも一緒にな」
……は?
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