いっしょにトレジャー

「ふーう。やっと帰ってきたな」


 飯塚社長が、ジャージを脱ぐ。トレーナーとレギンス姿になる。


 疲れた。あれだけ歩いたのは、高校生以来かもしれない。普段がどれだけ運動不足か、思い知らされた。


 ペットボトルの水を飲んで呼吸を整えた後、ゲームにするという。


「いつも、こんなキツい運動をするので?」

「毎日はしない。ただ、身体を動かすと血流がよくなって、頭の働きが活性化するのは確かだ。脳科学の専門家も、『脳を鍛えるなら、運動が一番だ』と言っているんだぞ」


 意外だった。てっきり読書や計算こそ、脳にいいんだとばっかり思っていたが。キーワードは血流みたいだな。


 オレが招かれたのは、だだっ広い鏡張りの部屋である。


 ここはいつものゲームルームではなく、オレが最初に入った部屋だ。いわゆるラッキースケベなハプニングが起きた部屋だった。

 

 しかし、造形が違っている。フローリングに、防音パネルが敷いてあった。ズレないように、滑り止めマットも詰めている。


「本格的ですね」

「そうだろう。ハードなトレーニングになるからな」


 飯塚社長が、ゲームを立ち上げた。


 輪っか型コントローラーで遊ぶ、『いっしょにトレジャー』というフィットネスゲームだ。

 円形のパーツに市販のコントローラーを繋げて、指示に従ってエクササイズをするというもの。


「悪いが、複数プレイはできない。順番が回ったら、キミの番だ。それまで、ストレッチをしているといい」


 言うと社長は、ゲーム舞台である遺跡を歩き回り始めた。

 柔軟体操をしつつ、オレは床にへたり込む。


「助かります。もう動けなくて」


 食った後にまた三〇分のウォーキングだったから、もう限界である。


「いくぞ、ハナちゃん。うーん、はっ!」


 輪っかを胸の前で縮めては、放す。そうやって、飯塚社長……イーさんは遺跡のワナを解いていく。


「鍵が開いたぞ! ぜー、ぜー」

「よくがんばったな、イーさん」


 トラップの解除に身体を使うとか、どんな筋肉パズルだよ? 


「うんしょーっ、はっ。うんしょー、はっ……」


 頭の上で、イーさんはリングを縮めては伸ばす。段々、社長の口数が少なくなっていく。徐々に、息も荒くなってきた。


「大丈夫か、イーさん? 休んだ方が」

「まだ、大丈夫だ。このトラップを解除したら、交代するか」


 段々と、イーさんの声がセンシティブに。聞く人が聞いたらレイティング違反とか言い出す勢いだ。


「そうですね。ゆっくり休んで」

「わかった。うんしょー、はっ! よし!」


 ワナが解除され、次のステージへの扉が開く。


「ここまでにしよう! 交代だ」


 ニューゲームから始めて、オレがコントローラーリングを持つ。


「生暖かくてすまんな」

「いえいえ。どうってこと……」


 オレの隣で、イーさんが座り込んでいた。乙女座りで酸素を吸っている。トレーナーから、胸元が覗く。


 スポブラか! あのギチギチ詰まったメロンカップにスポブラとか、破壊力がありすぎる。


「どうした。ゲームが始まっているじゃないか」

「お、おう。よーっ、っと」


 リングを縮めては放すプレイを続けた。思っていた以上にハードだ。


「もう限界なんだけど?」

「まだまだグーッと。そこだっ」

「ほっ!」


 イーさんの指示の元、オレはリングを伸ばして、脱力する。

 トレーナーと生徒の立場が、逆になっていた。




「よし、いいぞ。次は私だ」


 またも、イーさんの番になる。動くのが待ち遠しかったのか、嬉々としてリングを握った。


「次は足に付けるのか。よし」


 リングからコントローラーを外して、足に装着する。


「次はジョギングか、いちにいちに」


 モモを大きく上げてランニングを始めた。元気だな。


 ウェアが汗ばみ、下着が透けてきている。


 オレは、できるだけイーさんを意識しないようにした。


 画面のキャラクターも、イーさんの動きに合わせて崩れゆく足場を駆け抜けていく。


 だが、好調だったのもここまで。キャラが転倒し、天井が落下し出す演出が。


『足を広げて閉じてを繰り返し、トラップを抜けろ!』


 この天井は足の開閉を連続すると、吹っ飛んでいくらしい。


「こうか? ぬううう!」


 足を宙に浮かせたまま、開脚を続ける必要がある。これがキツい。


 クリアはできた。とはいえ、これはとてもじゃないが人に見せられるポーズではない。


「なんというしんどさだ! 今日はここまでにしよう。ハナちゃん。私はシャワーを浴びてくる。キミは遊んでいてくれ」


「りょうかーい」


 と言ったモノの、オレはモモ上げランニングで脱落してしまった。もう足が上がらないのである。これは次回に持ち越しだな。


 って、シャワーだと!? あの社長、何考えてんだ?

 部下とは言え、オレは男性だぞ。

 無防備にシャワー浴びるなんて……。

 この間、半裸の状態でオレと鉢合わせたのを、もう忘れたのか?



 風呂場から、シャワー音が聞こえる。


 くっそ、どうすりゃいいんだ?


 時間的には、もう帰っていいんだよな……。どこかへ食いに行くか。でも、そんな体力も残っていない。


 全裸の社長を、一人にするわけにもいかないし。

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