勘違い? それとも……

「おおっ、マヒルくん帰っていたのか」

「いや、さっき帰ってきたところっす」


 社長が声をかけると、眠たげにマヒルちゃんは言葉を返す。自分の部屋から、こちらの様子を伺っている。


「どこまで聞いていた?」

「えーっと、コホン……『二人でどこかへ回らないか?』の辺りから」


 全部じゃねえか。しかも社長のマネうまいな。


「デートの帰りっすよね。お邪魔しました」 

「いやいやマヒルちゃん。オレたちは『ひめにこ』の水着を見に行っていたんだ。決してデートなどでは」


 オレが弁解すると、なぜか社長が「そうなのか?」と哀しげな顔をした。


「いや社長、ヒラと社長ですよ!」

「ゲーム世界では、キミはハナちゃんだぞ! 友だちだ! 今さら関係を知られて、他人行儀にすることもあるまい!」

「そりゃ、そうだ……ですけど!」


 咳払いをして、オレは口調を改める。


「とにかくマヒルちゃん、話し合おうか」

「そうっすね、どうぞ」


 マヒルちゃんはなんの抵抗もなく、家に上げてくれた。


 風呂上がりなのか、マヒルちゃんは黒のTシャツと陸上競技用の短パン姿である。髪の毛もわずかに濡れていた。


「お邪魔します」


 ぱっと見で、見事に整頓されている。というか。ここまでくると「生活感がない」という表現が正しいかもしれない。


 一足だけ、泥で汚れていた。これで、出かけたのだろう。


「バイク雑誌ばっか」


 本棚は、バイク関連の書籍で埋まっている。ガラスケース置いてあるプラモデルのバイクには、重火器で武装した美少女フィギュアがまたがっていた。


 壁や天井、トイレのドアに至るまで、アニメのポスターがびっしりと埋め尽くしている。理想のオタク部屋を実現させたような。


 それ以外は、キレイに整理されてる。全体的に、バイク以外は興味なさそう。ゲームも、種類は少なかった。基本、自分でプレイするのはネットで売っているモノやレトロゲーくらいらしい。


 キレイな場所と汚い場所がくっきりと区別されていて、生活動線が一目でわかった。


 マヒルちゃんは炭酸を二人分、グラスに注いだ。自分にはアルコールの缶を、プシュッと開ける。


「この間から、我々の関係をマヒルくんが疑いだしてね。どうやら、『交際しているのでは?』と思われているらしいんだ」


 まさか。


「マヒルさん、よく考えてよ。底辺リーマンのオレと社長に、どんな接点があると?」

「ゲームを教え合っているうちに、変な感情が芽生えたってのは?」


 それこそ、ありえないだろ。


「親しくなることはあっても、交際だとかに発展するとは」

「なにがきっかけになるか、わかんないっしょ? 二人とも、妙に距離感が近いし」


 どうだろう?


「別にいいんすよ。邪魔したいわけじゃないんで。のぞき見だって、デバガメ根性なんで。実際のところ、どうなのかなーって」

「マヒルくん。私は、キミを見捨てるようなことはない。ひとりぼっちにさせたのなら謝ろう」

「あー、いや。こっちこそ探るようなマネしてすんません。そういうつもりはなかったんすけどね、気になっちゃって」


 頭をかきながら、マヒルちゃんは苦笑する。


「なにが気になっていたんだ?」

「やっと飯塚社長にも、春が来たんだなって」

「は……!?」


 唖然とした顔で、社長は固まった。


「ど、どうなんだろうな? キミはどうなんだ? 気になる相手は?」

「とんでもないです!」


 生まれてこの方、二次元以外に好意を持ったことはない。


「では、ハナちゃんとしてはどうなんだ?」

「女性アバターを使ったプレイヤーは、ほぼ男だと割り切っています」


 オレだって、ネカマやっているからな。


「交際したい相手は、特にいない感じか?」

「縁があれば付き合うかなー、って感じですね」


 恋人がいるからといって、ステータスになるとは思わない。


「やっぱり、低収入はコンプレックスで?」

「そりゃあねえ。ただ、収入で人を選ぶ人は御免被ります」

「もっともな意見だ。今や稼ぐことだけが、男の役割ではない。子どもを共に育てる時間も必要だろう。労働は男の、家事や子育ては女の仕事などという時代ではない」


 同感である。仕事にかまけて家をおろそかにはしたくなかった。


「ひとつ言えるのは、オレは今の仕事も稼ぎも満足してます。オレには、こういう仕事は合っていると思います。ありがとうございます」

「キミの魅力を引き出せているなら、なによりだ」 


 飯塚社長も、満足げである。


「では、結婚相手は特に必要ないと?」

「必要性なら、感じていないです」


 人を養うのは大変だ。一緒に住むとなると、趣味の自制も必要になってくるだろう。そうなって、オレ自身が耐えられる自信はない。


「うちは親戚がトラブルメイカーだったんで、家庭というモノへの憧れが薄いだけかと」

「私もだ。どうして金を持っている家というのは、もめるのか。金を手に入れたとはいえ、自分で自由に使える額などたかが知れている。有効活用してくれる場所に等分した方がマシだ」


 社長も、鼻息を荒くした。


「あのさあ、あたしが聞きたいのは『二人は好きなのかどうか』なんすけど? なんでいきなり互いの結婚観とか語り合ってんの?」


 オレは、社長とにらめっこの形に。共に絶句の形相である。

 あーもう、せっかくはぐらかそうと思っていたのに!


「人間として好きです! 尊敬しています! 以上!」

「ハナちゃんは友だちだっ! それでいいか?」


 やや不満げだが、マヒルちゃんは帰してくれた。

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