第13話 王都セントベルク
金曜日の放課後、空蓮は特別授業棟の廊下をとぼとぼと歩いていた。ちなみに今日は王都行きの準備があるので、放課後の勉強は無しだ。
隣には好本さんが付いてきているが、未だに彼女からの眼差しは変わらない。なぜ空蓮のテンションが低いかというと、委員会の途中で自らの失態に気が付いたからである。
発言した時は何故か完璧なカモフラージュだと思って言い放った将来の夢であるが、そもそもこちらの世界のこの時代に吟遊詩人なんてほぼ存在しない。絵本作家や小説家なんかと比べても、遥かに実現可能性の低い職業である。
あの後、各委員の担当曜日決めや図書委員の仕事について簡単な説明があったのだが、その間、空蓮はずっと注目の的であった。悪い意味で。冷静になってから自分のミスに気が付いて以降、その視線がとても痛かった。しかし、今並んで一緒に玄関へと向かう好本真理の目線は、他のそれとは違う。羨望の眼差しとでも言うのだろうか、どういうわけか明らかに好印象な反応を見せている。
たまたま二人とも同時に玄関に向かっているだけなので、別にわざわざ話す必要もないのだが、その視線は逆に気になってしまう。少しは心が紛れるだろうかと、空蓮の方から声をかけるのであった。
「えっと……好本さん? 僕の顔に何かついてる?」
「あっ、いや……そうじゃなくて……」
話しかけた際の反応は、やはり今までの内気そうな印象と同様である。
「その……私よりも変な事言う人、初めて見たなって思って……」
「なっ……」
手に持っていた小説で口元を隠して恥ずかしそうにそう告げる真理。この様子での発言は、冗談でも何でも無く、心の底から現れ出た感想なのだろうと空蓮は痛感する。
それ以降は返す言葉もなく、ただ虚しい心持ちでいつもの通学路を帰るのであった。
「おやすみ、ナタリー」
「おやすみ、お兄ちゃん!」
今日は少し早めの夕食を終え、自分の部屋へと戻るアイザック。まだ寝間着には着替えずに、部屋の隅に設置された木製のチェストを開ける。中から姿を表したのは、一本の梯子だった。
そのまま、チェストの中に足を入れ、梯子を下っていくアイザック。真っ暗なチェストの中で、呪文を唱える。
「ランプ」
彼の指先から一つの光源が放たれ、あたりをぼんやりと照らしながらゆらゆらと上へ登っていく。
「マキシム」
彼が光源に手をかざして唱えると、一気にその光が強くなり、周囲を昼間の屋外のように明るくした。彼が降りてきた空間は、オルブライト家の倍ほどはありそうな大きさの、木造の部屋であった。
一見するとチェストの中に地下行きの梯子が隠されている構造に見えるが、そうではない。あのチェストは四次元チェストと呼ばれる、マジックアイテムの類である。チェストの中が広大な異空間に繋がっており、所有者以外の人間が開けると普通の箱にしか見えないという優れものだ。
この空間には、アイザックが今まで使用した装備が全て収められている。重厚そうな金属の装備やマジックアイテムのマント、その他、一般人が見たら使い方の分からないような武器まで、勇者の旅で必要になった物が全て詰め込まれている。
「一応、人目に付くことは考えないとなぁ……」
こちらの世界では、アイザック・オルブライトは魔王を倒した英雄なのだ。その名前を知らぬ者など、少なくとも中央大陸には存在しない。となると、王都へ出向く時の選択肢は二つ。精一杯着飾って英雄らしく振舞うか、気配を消して存在を悟られぬように動くかである。
「吟遊詩人探しの事もあるし、今回は目立たない方がいいよな……こいつを使うか」
彼が手に取ったのは、一枚の黒いローブであった。闇夜に溶け込みそうな漆黒のそれは、ただ姿を隠すという訳ではなく、隠匿の魔法が付与されたマジックアイテムになっている。
「あとは……まぁ聞き込み用の口止め料だけ持ってけば大丈夫か」
言うと、アイザックは一枚の革袋を手に取り、部屋の隅へと移動する。そこには、彼の身長よりも高く積み上げられた金貨の山が、キラキラと天井の光を照り返して鎮座していた。
山から金貨を一掴み回収し、革袋に雑に入れるアイザック。この世界には銀貨や銅貨も存在するのだが、それらはこの山には見受けられない。
ちなみに金貨一枚の相場はというと、現実世界とは世界観が違うため物価のバランスはまちまちであるが、食品の値段と照らし合わせればおよそ一万円分の価値がある。ここにある山全体で、人間が一生を数十回は暮らせる金額だ。魔王を倒した時に、国王から報酬として頂いた物がほとんどである。これだけの蓄えがあるにも関わらず普段自分も妹も働いているのには、複雑な事情があるのだろう。
「よし……武器はいつもの持ってりゃ充分だし……こんなもんか」
梯子を上り、チェストの光源と部屋のランプを消すアイザック。久しぶりの王都行きに備え、今日は早めに就寝するのであった。
翌朝五時。アイザックは学校に行く日よりも二時間ほど早く起床する。ここから王都まで馬で数時間。この時間に出発すれば、確実に昼前には到着できる。
リビングに向かうと、まだ寝間着姿のナタリーが出迎えてくれる。
「あ、おはよーお兄ちゃん」
「おはようナタリー。早起きだな」
「農作業は朝が勝負だからね~。サンドイッチ作ったけど、持ってく?」
「あぁ、そうするよ」
王都行きは昨日の夜に伝えてあったため、気を利かせて朝食を弁当箱にまとめてくれたらしい。
「はいこれ!」
「ありがとう。じゃ、今日も頑張ろうな」
「うん!」
満面の笑みで返事をするナタリー。玄関先まで出て見送ってくれるが、馬に乗ろうとするアイザックを見て少し不思議そうな顔をする。
「あれ? お兄ちゃん、そんな装備で大丈夫なの?」
「ん? どうしてだ?」
「だって、王都はスラム街みたいになってるって……」
「あぁ……いや、今日はこれでいい。戦いに行くわけじゃないからな。ローブに認識阻害が付いてるから、こっちの方が安全だ」
「そっか! それじゃ、気を付けてね!」
「あぁ、行ってくる!」
器用に馬に飛び乗るアイザック。そのまま足で指示を出す。
「夕飯までには帰れると思うから!」
「うん! 行ってらっしゃい!」
「行ってきます!」
お弁当のサンドイッチを頬張りながら、勢いよく駆け出していくアイザックであった。
馬を走らせて数時間、野を越え山を越えると、ようやく王都の外壁が見えてくる。外の魔物の侵入を防ぐために都の周囲をぐるりと巡らせた壁と
外壁の元に設けられた門へと向かうと、門番が声をかけてくる。不審な者を通さぬよう、ここで身分の確認が行われる。
「旅の者か? 職業は何だ?」
ちなみに、基本的には王都の中で全ての産業が成り立っているので、表に出るのは冒険者や狩人、商人等の限られた人間だけだ。職業を確認されるのは、その種類によって身分証明の方法が異なってくるためであるが、アイザックの場合は非常に簡単であった。
彼は家から被っていたローブのフードを外し、門番に顔を見せる。
「アイザック・オルブライトだ。パーティメンバーに顔を見せに来た」
「こ、これは……! 大変失礼いたしました! お通りください!」
深く礼をすると、門番は急ぎ門を開放する。
「ありがとう。あぁ……ここ数日、吟遊詩人が通らなかったか?」
「は! 確か、数日前に外部の吟遊詩人が入っておりまして……」
言うと、門番は壁門の入出リストを確認する。
「今朝の時点では、まだ都の中におります!」
「そうか。分かった。助かる」
今回の主目的がこの地にいるらしい事を確認し、再び馬を走らせるアイザック。壁の元の小さなトンネルを抜けると、王都のメインストリートに出る。
ストリートの入口には『セントベルクへようこそ』の垂れ幕がかかっており、まるでお祭りでも開催されているかのようにカラフルな飾りが飛び交っている。道の脇には出店が構えており、人も亜人も入り乱れ、沢山の種族が今日も楽しそうに暮らしていた。
そこにあったのは、二年前の炎の七日間の痕跡など全く残っていない、完全に復興しきった王都セントベルクの姿であった。
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