第30話 謁見

「面を上げよ」


 玉座より、重厚感のある渋い声が放たれる。そこに座る白髪白髭の大男の名は、カイザー・ベルンシュタイン。齢七十の王の顔には深い皺が刻まれているが、その覇気はアイザックをも威圧する程のものである。

 アイザックが生まれるより以前に即位したこの王のめいで、彼ら四人は大戦を戦い抜いてきた。その判断力は確かな物で、四人は彼に心からの忠誠を誓っている。

 彼の言葉に顔を上げると、アイザックはあることに気がついた。


「カイザー王。近衛の者は……?」


 この部屋には、彼ら四人と王以外に誰もいない。それどころか、部屋の入り口にもカゲトラとアシュリー以外の人物は立っていなかった。


「あぁ、下げさせた」


 王は重い口を開く。その言葉の一言一言が、彼の背負う責任を体現しているかのような圧力を放つ。


「と、言いますと……?」


 王が部屋の中のみならず、その周辺から側近の者を全て下げるというのは、非常に異様な事態である。


「ここでの話が少しでも外に漏れれば、国民の不安を煽ることになると思ってな。もちろん事情を知っている者もいるが、今日の話は聞かせん方が良いと判断した。なに、お前たちがいれば吾輩の身も心配あるまい」

「なるほど……手紙の短さから察しておりましたが、それほどまでに重要なお話という事ですか?」

「それは難しい話だな。ただ……アイザックよ、お前はもし、再び魔大陸と戦争という話になった場合、吾輩に協力してくれるか?」

「っ……!」


 戦争という単語に、アイザックの身体はぴくりと反応する。王がいたずらにこのような質問をするはずがない。その可能性が浮上したという事だ。


「その時は……もちろん」

「そうか……それはありがたい。少し心配していたのだよ。君の精神状態を」

「それは……申し訳ございません」


 先日フクロウが届いたという事は、国王は当然アイザックの居場所を把握してはいる。しかし、それ以上に踏み込んでくる事はない。立場が上であるとはいえ、世界を救った英雄のプライベートを侵すような人ではない。


「田舎暮らしはどうだ? いろいろと不便だろう。王都に戻ってくる気は無いか?」

「それは……」


 それは絶対にできない。ナタリーがいる限り、他の人々と一緒に生活する事は困難である。


「カイザー王、話が見えないのですが……」

「あぁすまん、今のは世間話だ」

「はぁ……」

「なに、お前がセントベルクにいてくれた方が、国民も安心だろうと思ってな」

「なるほど……お言葉ですが、その任はカゲトラがいれば十分かと」

「確かに、良い働きをしてくれている。日々感謝しているところだ」

「もったいなきお言葉です」


 カゲトラは低くした頭をさらに深々と下げる。


「そんでよぉ、おっさん! わざわざ全員呼び出した理由は何なんだよ!」

「話が逸れてしまったな。すまん。では単刀直入に話そう。魔大陸に新たな動きが見えた」

「魔大陸に……」


 アイザックは、再び無意識に反応してしまう。先週の一悶着もあり、どうしても気になる単語だ。


「あぁ……どうにも、新たな統治者がおるようでな」

「統治者……? それは……ヴォルフガングの残党か? あの時、名のある者は一掃したはずだが」


 ここにきてようやく口を開くアシュリー。国王にも敬語を使わないスタイルである。


「いや、どうも人間らしい」

「なっ、魔大陸を人間が統治、ですか⁉」


 少々声を荒げるアイザック。魔大陸には元々人間もいるが、魔族の多い土地である。特に気性の激しい彼らが人間に仕えるという事は考えにくい。よほど力が強いのか、カリスマ性でも備えているのか、とにかく今まで魔大陸を人間が統治していた前例が無いのだ。


「まぁ……信じ難い事実よな」

「今現在、網は中央大陸にしか張っていませんが……どこの情報ですか?」


 網というのは、カゲトラが独自に張っている忍者の情報網だ。


「そこなのだよ……かなり薄い情報源というのもあり、扱いに困っておるのだ……」


 一言ぼやくと、王は息を整えて言う。


「情報の提供者は、一人の吟遊詩人だ」


 言われてアイザックはハッとする。吟遊詩人なんて探せばいくらでも存在するが、確かに数はすぐない職業だ。ただそれだけではなく、アイザックには何か確信めいた予感があった。


「その者の名は……もしかして、エラルド・フォルクマンではありませんか?」

「ほう……知っているのか? アイザックよ」

「いえ……つい先日、一度話しただけです。魔大陸帰りの吟遊詩人と名乗っていたので、もしやと思い」

「なるほどな……その通りだ。奴はエラルド・フォルクマンと名乗っていた」


 王は話を聞いた経緯について話し始めた。吟遊詩人の方から、面会の申し出があった事。近衛の警護を付けて、面会に対応した事。そして、エラルド・フォルクマンが魔大陸で見た者について。


「彼は魔大陸にいた頃、その統治者に直接命を救われたらしい。既に大戦が終結した後の話だ……その頃には彼女は影響力を持ち始めており、その後ほんの数週間で魔大陸を統治するに至ったらしい」

「そうですか……魔大陸にそれほど力のある人間が……?」

「吾輩も、途中までは作り話だと思っておったが、奴の語る歴史は筋が通っておってな……そして何より、その統治者の通り名を聞かされた時に度肝を抜かれ、念のためお前たちの耳に入れようと招集したわけだ」

「その者の名は……?」

「不死身のアンヌ……そう呼ばれておるらしい」


 その名を聞くと、四人は雷に打たれたような表情になる。スザクに至ってはその場に立ち上がり、声を上げた。


「なっ……おいおっさん! そのアンヌってまさか……!」

「あぁ……ありふれた名だが、そこまでできるアンヌとなると一人しかおらんだろう……」


 その言葉に、カゲトラがぽつりと呟く。


「アンヌ・イシャーウッド……」

「でも……なぁ、カゲトラ……?」


 目を見開いたカゲトラを、心配そうに覗き込むアイザック。何か思う所があるようだ。


「あぁ……あの女は……」


 少し震えた声を抑え、カゲトラはかつての報告を復唱する。


「国王……あの女は、確実に拙者が殺しました」


 謙譲した時の一人称が拙者なあたり、流石忍者である。


「その言葉、吾輩も信じておるよ……」

「そ、そうだ! カゲトラが相手を殺したかどうか、見間違えるはずねぇ! だよな、アイザック⁉」

「あぁ、そうだな……」


 半ば興奮状態のスザクに対して、アイザックは冷静な返事をする。


「実際問題、あの時はボクもいろいろと試して蘇生不可能と判断したんだ。アンヌ・イシャーウッドは確実に死んでいた」

「お前たちがそこまで言うのだ、間違いないのだろう……ただ……不死身という通り名が気になる……アシュリーよ、人が死ななくなる魔術とは、存在するものか?」

「無いな。少なくともボクの知る限りは。そんな物があれば、真っ先に研究対象にしている」

「やはりそうか……なぁお前たち……もし仮に魔大陸を統治しているのがアンヌ・イシャーウッドだったとして、そして仮に、彼女が我々に敵対する存在になっていたとしたら……」


 国王は、申し訳なさと重責に閉ざされそうな口を、ゆっくりと動かす。


「もう一度、殺すことは出来るか……? かつての同胞を……」

『っ……!』


 王の言葉に、三人が凍り付く。が、カゲトラだけはこう即答した。


「殺しますよ……」


 彼は、光の無い目で虚空を見つめて続ける。


「何度でも……」

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