第29話 全員集合
土曜日の早朝。アイザック・オルブライトは先週と同じ時刻に出発の準備をする。まさかこんなにも早くセントベルクに向かうことになるとは思っていなかったが、王宮からの呼び出しとなれば致し方あるまい。今は役目を終えたとは言え、勇者である事に変わりはないのだ。
「あ、お兄ちゃんおはよう」
リビングへ向かうと、流石にまだ眠そうな表情のナタリーが出迎えてくれる。
「おはよう。ナタリー」
「はいこれ、朝ごはん作っといたよ」
「ありがとう」
先週と同じく、サンドイッチを包んでくれたナタリー。少し心配そうな表情で兄の顔を見上げる。
「最近、王都行きが多いね……大丈夫?」
「ん? あぁ、うん……」
ナタリーには、王都は壊滅状態だという嘘をついている。彼女が心配するのも無理はないだろう。
「大丈夫だ。ただ、今回はもしかしたら帰りが遅くなるかもしれない。その時はフクロウを飛ばすよ」
「分かった。気を付けてね」
「うん」
あの手紙を受け取ってから、あちらの世界の三人には土曜日に予定が入ったと連絡した。ピンク髪には連絡を入れていないが、週末は特に干渉してくる事もないようなので大丈夫だろう。
ただ、心配なのは数日で帰れない事態になった場合だ。王宮からの無茶ぶりは、大戦時代に嫌というほど受けた。ある程度平和になった今ではそのような話は考えにくいが、事と次第によってはいきなり学校を休まなければならない可能性もある。あちらの世界の生活も大事とはいえ、留年しないラインを保てるならばやはりこちらの世界が優先なのだ。
玄関を出て、馬に乗り込むアイザック。まだ噂が収まっていない可能性も高いので、この間と同じ装備に身を包んでいる。
「それじゃ、行ってくるよ」
「うん。行ってらっしゃい!」
勢いよく馬を走らせ、再び王都へと向かうアイザックであった。
セントベルクまでの片道は数時間。今回も何事もなく、昼前に到着した。先週と変わらず、活気の溢れたメインストリートを確認して、アイザックは一先ず安心する。手紙の指定が週末だったので王都に被害が出た可能性は低いと考えていたが、それでもやはり何が起こるか分からない世の中だ。
馬を預け、準備は整った。今回は聞き込みを行うわけでもないので、ローブさえ羽織っていれば堂々とメインストリートを歩くことができる。誰にも見つかる心配が無いというのは、有名人である彼にとって非常に気分が良いものだ。心軽やかに、彼は王宮への道のりを歩き始める。
「おっ! アイザックじゃねーか! 久しぶりだな!」
いきなり出鼻をくじかれてしまった。彼の後方から声がかかる。一体どういう事だろうか、認識阻害が無いにしてもフードで後方から顔は見えないはずだが。一瞬そう思案するが、すぐに今の声に心当たりがあることに気づく。
振り向くと、そこに立っていたのは一人の獣人であった。髪の毛からひょっこり出ている耳から察するに、犬か狼系の獣人だろう。つまり、鼻が利く。
「よぉ! あ、あれか? やっぱり今日お前も――」
話を続けようとする男に駆け寄り、アイザックはその口元をガシッと掴む。そのまま、彼を引きずる形で路地裏へと引っ張って行った。
「んー! んーんーんー!」
男は喋らせろと言わんばかりに、口元に回された腕をぴしぴしとはたく。アイザックより少し背は低いが、筋肉量が凄まじい。その腕力があればアイザックの力など振り払えるだろうに、おそらく戯れているつもりだ。
「お前を開放する前に、一つだけ言わせてもらう……」
「ん?」
「てめぇこらちょっとは空気読めやスザク! どう考えても正体隠してる見た目だろうが!」
「んー!」
目を見開いて、なるほどのリアクションを取る男。彼の名前はスザク・カガヤマ。カゲトラと同郷の獣人で、同じくアイザックの元パーティメンバーである。
「大声を上げないと約束しろ。そうすれば解放してやる」
言われると、スザクはこくこくと頷く。彼が十回ほど首を縦に振ったのを確認すると、アイザックはようやくその口を解放した。
「いやぁアイザック! ほんとに久ぶ――」
一瞬の大声に、再びその口元が封印される。分かりやすいジョークに、アイザックの腕は勢いよく戻ってきた。
「おい……」
「ふ、ふふん……」
おそらく「すまん」と言っているのだろう。大人しくなった彼を確認すると、アイザックは再び口を解放する。
「はは、わりぃ……ついテンション上がっちまってよ」
「ったく……久しぶりっつったって数か月だろ」
「十分長ぇじゃねーか。普段は王都に来てもお前にゃ会えねぇし」
「ああ……そうか、お前は故郷にいるんだったな」
「おう! 獣人専門の道場よ!」
「ん? 道場……の何だ?」
「え? 師範だけど」
「お、お前が……?」
「何か文句でもあんのかよ」
どうやらアイザックにとって、彼はそういう扱いの人間らしい。
「いや、まぁそうか……」
彼の性格はさておき、腕前はアイザックのパーティで活躍した実力者なのだ。おそらく経営は誰かに任せて弟子をしごいているのだろう。
「で、田舎暮らしのお前がここにいるって事は、俺と同じ要件か?」
「ん? ってことは、スザクも王宮にか?」
「あぁ。あんな短い手紙よこしたって事は、何か大事な話があんだろ」
言いながら、グーとパーを胸の前でガツンとぶつけるスザク。既に血の気が盛んである。
「まぁ、そういう事だろうな。あとの二人は王宮勤務だし、久しぶりに全員集合ってわけか」
「いいねぇ! あー……ところでよ、アイザック。お前なんでそんな恰好してんだ?」
「あぁ、先週いろいろとあってな……道中話すよ」
「おう! んじゃ行くか!」
スザクのテンションが上がりすぎないよう再三の忠告をして、ようやく王宮へと足を運ぶアイザックであった。
王都を歩いて二十数分、二人は王宮の門を顔パスでくぐり、豪奢な内装の廊下を歩いていた。前回はカゲトラの能力により五分でここまでたどり着いたが、流石に徒歩だと時間がかかる。
「ほーん。そんじゃ、その謎の吟遊詩人の口止めをするために、先週も王都に来てたって事か」
「まぁ、そんな感じだ」
「へぇ。でもそれ何で気づいたんだ? 王都に来なきゃ噂になってんのも分かんねぇだろ?」
「あーいや……王都には、久しぶりにあいつらに顔見せに来ただけだ。それで変な噂になってて、対処してた」
「なるほど」
確かに、王都に来たのはナタリーが吟遊詩人と接触してしまったからだが、そこを話すわけにはいかない。ナタリーの存在は、全人類に秘密なのだ。
しかし、王都に来た理由に踏み込んでくるとは、四人の中で一番バカなはずなのに勘のいい男である。
いくつか階段を上った後、廊下の突き当りを曲がると非常に荘厳な雰囲気の扉が見えてくる。その両脇には、見覚えのある顔が二人立っていた。
「ようやく来たか、二人とも」
「遅いぞ。ボクを五分も待たせるとは、いい度胸だ」
カゲトラ・イチモンジにアシュリー・イマーヴァール。今ここに、アイザック・オルブライト一行のメンバーが全員集結する。
「悪い、田舎暮らしはこういう時にキツイな」
「いつでも帰ってきていいんだぞ、アイザック。ボクは大歓迎だ」
「はは……考えとくよ」
アシュリーの言葉を軽く流し、アイザックは目の前の扉を見上げる。
「ここに来るのも、あの時以来か……」
「そうか。俺とアシュリーは偶に来るが、お前らはそんな機会も無いもんな」
確かに、カゲトラとアシュリーはその仕事の都合上、通される事もあるのだろう。この先にある、王の間に。
「アイザック、はよはよ。あのおっさん待たせると面倒だ」
王の事をおっさん呼ばわりするスザク。こういう所にバカっぽさが出る。
「あぁ……行くぞ」
アイザックは扉に手をかける。ヴォルフガングを倒してから、一度も開いていないこの扉。これを開く事の意味は、彼にとって非常に重い。今まで背負わされたもの全てが、この扉の重みにのしかかっているような、そんな感覚とともに、煌びやかな装飾がなされた玉座が目に飛び込んでくる。
彼ら四人は整列し、王の前で片膝をつく。中央大陸式の敬礼だ。
「アイザック・オルブライト、並びにその一行、ただいま参上いたしました!」
顔をうつ伏せにし、アイザックはよく通る声で王に告げる。ヴォルフガングを倒して以来、初めて四人が揃った謁見であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます