第31話 四人

 何度でも殺しますよ。カゲトラのその言葉に、他の三人の心は痛み、身は引き締まる。ヴォルフガングを倒した時、これで戦いは終わりなんだと心のどこかで思っていた。

 国王の言う『仮に』の話は、普通に考えれば万に一つも無い杞憂であろう。しかし、この人の言う『仮に』は、なぜか的中する事が多いのだ。そのことを、ここにいる四人は若いながらもよく知っている。だからこそ、全員これほどまでに表情が強張っているのだ。


「何度でも……か……流石は、忍の血筋の者だな」

「それで、カイザー王。僕たちは今、何をすれば?」


 アイザックにとっては、そこが一番重要である。対象を殺すべきなのか、それとも助けられるのかは現場で判断すればいい。それ以上に、彼は自らの願いのため、無難な高校生活を送るというもう一つの役割がある。学校を休んで討伐任務に就かなければならないとなれば、出席日数の確認やピンク髪への報告が必要だ。


「今すぐには、何も無い。近いうちに魔大陸への調査隊を編成する。まずは王宮の兵で情報収集だ。結局のところ、身内で集めた情報しかあてにはならんからな。今日の召集は、この話をお前たちの耳に入れたかっただけだ」

「なるほど……」


 その言葉に安心するアイザック。この王のやることなので、今すぐ出発という最悪のパターンも覚悟していた。


「もし調査隊の交渉で向こうと交流が持てるような状態であれば、そもそも戦闘は発生しない。それが一番良い未来だが……もしお前たちの遠征が必要と判断されれば、その時にまた召集させてもらう」

「承知しました」

「うむ……話は以上だ。アイザックもスザクも、遠いところからすまなかったな」

「いえ、勇者となった以上、当然の行いです」

「おうよ! いい運動になったってもんだぜ!」

「頼もしいな。カゲトラもアシュリーも、今日のところは通常業務に戻ってもらって大丈夫だ」

「御意……」

「分かった」


 その言葉に四人は立ち上がり、部屋の扉へと向かう。が、その背中に対して、王は最後の言葉を投げかけた。


「アイザックよ!」

「はい」

「世間話と言ったが、お前に王都にいてもらいたいのは本当だ。お前がいるのといないのとでは、吾輩も国民も安心感が違うのだ」


 そう話す国王の顔は、今までとは打って変わって綻んでいた。その皺くちゃの笑顔に、アイザックはどことなく安心感を覚える。しかし、やはり今はそれはできない。


「考えておきますよ」


 それだけ返事を残して、彼らは部屋を後にした。



 時刻は昼過ぎ。王の間を後にした四人は、そのまま解散せずに一緒に昼食を取りに来ていた。店はアシュリー御用達のモンスターハウス。魔大陸の話を聞かされた後に向こうの原産の魔物を食すというのは、なかなか挑戦的な態度である。なんてことはこの四人は考えていない。久しぶりに四人が揃ったのでただ美味い飯を食いに来ただけだ。王宮のお金で。


「アンヌ・イシャーウッドか……」


 個室に入るなり、アイザックの口から溢れたのは彼女の名前だった。


「あぁ……あの女は、確かに俺の手で殺した」

「ボクも間違いなく死を確認した。普通に考えれば有り得ない話だが……」

「あのおっさんの予感だもんなぁ……」


 王の言葉に全幅の信頼を置いている四人。おそらく、あの国王の予感には常人のそれ以上の意味があるのだろう。


「不死身、か……」


 不死身のアンヌ。その言葉も気になるところだ。通り名など、そう簡単に定着する物ではない。不死身のように見せかける何かがあるのか、はたまた本当に不死身になってしまったのか。あらゆる可能性が考えられるが、およそ人に付ける上で最強と言って申し分ない通り名である。


「もし本当に不死身の魔術が存在するなら、お目にかかってみたいものだな」


 冗談めいた口調で言うアシュリーだが、心からそう思っているのだろう。


「昔はそんな通り名じゃなかったよな? 何だっけ?」


 スザクは運ばれてきたドレイクパピーの丸焼きをもしゃもしゃと頬張りながら喋る。立場が道場の師範になったとはいえ、武術以外のところはまるで成長していないらしい。


「聖樹アンヌだ。昔も大層な通り名だったが、どちらかというと物騒になってるな」

「聖樹か……」


 アシュリーの言葉に、アイザックは昔見たアンヌ・イシャーウッドの魔術を思い出す。何もない所から樹木を生やして戦うその姿には、どこか神々しさのような物もあり、アイザックはある種の尊敬のような感情を抱いていた。不幸が重なり最終的には自分たちの手で彼女を殺める結果になってしまったが、もし彼女が生きていて、敵で無くなっているのだとしたら、これ以上嬉しい事はない。


「まぁ、国王からの命令が出ていない以上、俺たちだけで考えても仕方ないだろう。今日のところは食事を楽しむとしよう」


 食事の時だけ装束のマスクを外すカゲトラ。その顔には歴戦の傷跡が刻まれている。


「そうだな。今楽しんでおかなければ、今度いつアイザックに会えるか分からん」

「おいアシュリー! 俺はどうなんだよ!」

「お前は案外頻繁に王都に来るじゃないか、スザク。道場の方はいいのか?」

「おう! 土日は休みだ!」

「そうか。良い隠居生活だな」

「お前らはどうなんだ? 王宮勤めってのは大変なもんか?」

「王宮勤めと言っても、ボクはやりたい研究を勝手にやらせてもらっているからな。決まった休みは無いが、考えようによっては毎日休みだ」

「ほーん。カゲトラは?」


 順番に全員に話を振っていくスザク。おそらくこのチームのムードメーカーなのだろう。


「俺は基本毎日、王都の警備のような仕事だな。この職に就く時に休日は提案されたが、返上した。性に合わないからな」

「そっか。公務員になっても、相変わらず忍者やってんだな」

「常に気を張っていないと、なまるからな」

「ははっ。アイザックはどうだ? 田舎暮らしには慣れたか?」

「あぁ。最近は野菜を育てるのにも慣れたから、全部自給自足だ」


 野菜作りに慣れたのはナタリーの方だが、自給自足できているのは本当だ。


「そっか! すげぇな!」


 話を振るのは上手だが、あまり感想の語彙力は無いスザクであった。


「大戦が終わった時はこれからどうなるのかと思ったが、何だかんだで全員、今の暮らしが板についてきたな」


 ドレイクパピーを小さな口で齧りながら、少し寂しそうな表情を浮かべるアシュリー。昔の旅を思い返しているのだろうか。


「もしまた遠征になれば……俺の仕事は王都の兵がなんとかしてくれるだろうが」

「俺は道場しばらく閉めねぇとなぁ。ま、皆俺がアイザックの仲間だって知ってるから、理解してくれるだろうけど」

「ボクも研究が遅れるだけだ。大きな問題にはならない」

「僕は……」


 自分はどうだろうか。アイザックは少し考える。魔大陸への遠征となると、かなり長期間、家を空けることになる。そうなるとナタリーの身が心配だ。

 だがしかし、表向きには田舎で農業を行う一人暮らしの隠居の身。それを理由に断る事は絶対にできない。


「僕も全然問題ないよ。植えた野菜がちょっと心配だけど」


 そう言うと、アイザックはニコッと笑ってみせる。


「ははっ! ダメになった分は王宮に請求してやろうぜ!」

「お、それいいな!」


 くだらない会話によって、部屋は笑顔に包まれる。いずれやってくる戦争を前に、束の間の休息を楽しむ四人であった。

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