第39話 友達

「空蓮、ちょっと顔貸してもらえる?」

「えっ……いいけど、委員会が……」


 放課後、授業が終わるなり空蓮を呼び止める有栖。今日一日を通して、思うところがあったのだろう。しかし、空蓮は先輩の代打を引き受けてしまったため、今すぐ図書室へと向かわなければならない。


「一瞬で終わるからさ。真理、ちょっと空蓮借りていい?」

「え、うん……」


 ちょうど空蓮を呼びに来たのだろう、鞄を持って現れた真理に有栖は半ば圧力をかけて承諾を取る。


「ご、ごめんね要さん……」

「ううん、大丈夫。それじゃ私、先に行って準備しておくね」

「ありがとう。すぐ行くよ」

「それじゃ、行くわよ」


 何やら急かすように空蓮を引きつれて教室から出ていく有栖であった。


「ね、ねぇ上城戸くん……?」

「ん? 何だ?」


 特に触れない方がいいであろうと会話を眺めていた獅子に、真理は何やら不安そうな表情で問いかける。


「有栖ちゃんって、指宿くんのこと、好きなのかな……?」

「あー……なんでそう思うんだ?」


 真理の心の内を察したのか、少し真剣そうな表情で聞き返す獅子。空蓮が似たような話題を提示しようものなら破竹の勢いで揶揄ってくるはずだが、やはり相手や状況はちゃんと選んでいるらしい。


「えっと……ほら、この間まで『空蓮くん』って呼んでた気がして……今日はなんだかよそよそしかったのに、距離は縮まってる感じがするっていうか……」

「なるほどなぁ……」


 普段から小説を呼んでいるせいか、そういう些細な変化に敏感なのだろう。真理は二人の様子から、確かに何かを感じ取っていた。


「好きかどうかは分かんねぇけど、何か二人でしか話せない秘密は有るんだろうな」

「あうぅ……」


 獅子の分析に対して、分かりやすく落ち込む有栖。空蓮の事が好きだと白状しているようなものだが、獅子としては触れていいものか判断しかねるところだ。


「えっと……二人に秘密があったら、好本さんは何か困るのか?」

「えっ⁉ えっと……それは……」

「はは、質問が意地悪すぎたかな? それじゃ、要さんが空蓮のこと好きだったら、好本さんは何か困るのか?」

「いや、その……困るっていうか……なんていうか……」


 他人の心に敏感な獅子のことだ、真理の真意については、もしかしたら真理以上に気づいているのかもしれない。だからこれは答えを知るための質問ではなく、真理に心の内を整理させるための質問である。

 獅子は明るい雰囲気を保ちつつ、真理を揶揄いすぎないような範囲で上手く誘導していく。


「そうだな……好本さんは、空蓮とどうしたいんだ?」

「何だろう……私ももっと、指宿くんと仲良くなりたい……かな……?」

「ふーん……じゃあ、別に要さんが空蓮のこと好きでも問題無いんじゃないか?」

「それは……なんだか有栖ちゃんに悪い気がして……」

「なるほど。空蓮ともっと仲良くなりたいけど、要さんの事も好きだから邪魔するような事はしたくないってわけか」

「そう……だと思う……」

「だったら、要さんに直接聞いてみたらいいんじゃないか? 空蓮の事が好きなのかって」

「えぇ⁉」


 今までで一番大きな声を上げて顔を赤らめる真理。最も簡単な解決策だろうが、その発想は頭に無かったらしい。


「そ、それは……いいの……?」

「別にいいんじゃないか? ずっともやもやしてるの、もったいないだろ?」

「それは……そうだけど……」

「それに、女子同士ならそれくらいの話、雑談でしてても違和感無いって」

「そっか……そうだよね……」

「あぁ。そんで、空蓮ともっと仲良くなりたいなら、好本さんもあいつの事、下の名前で呼んでみりゃいいんじゃねぇか?」

「なるほど……! 分かった、いろいろ試してみる!」

「おう、頑張れよ!」


 いざ実践するとなれば緊張で言葉が出てこなくなるのは目に見えているが、何故か謎の全能感に包まれている真理であった。


「あぁ、そうだ」

「ん? 何、上城戸くん?」

「これは完全に俺の勘なんだけどさ……あいつらが今日一日よそよそしかったり、何か隠し事が有りそうなのは、恋愛関係じゃねぇと思うんだ」

「そ、そうなの……?」

「あぁ。だから、そういう部分には踏み込まない方がいいと思うぜ」

「そっか……それは……分からないままでいいの?」

「ん? あぁ、分からないままでいいと思うが……何かマズいか?」

「いや……その……友達って、もっと色んな秘密を共有して、密接な関係になっていくものなんじゃないかって思ってたんだけど……」

「ほーん……」


 獅子は再び真剣な表情になり、真理の顔を見つめる。


「もしかしたら少しキツい言い方になるかもしれねぇけど、それって何か、友達ごっこって感じがしちまうな」

「ごっこ……?」

「あぁ。人と人の距離感って、そんな単純なもんじゃねぇと思うんだ。人の秘密の一番深い所まで踏み込んで、お互いにそれを共有したら友達、なんてことになったら、世の中に友達って呼べる関係性はほとんど存在しないんじゃねぇかな」

「友達同士でも、秘密は絶対に存在するってこと……?」

「まぁそういうこった。人と人って、きっとそれぞれ一番いい距離感があってさ……その幅を確かめながら、落としどころを見つけていくのが、友達になるって事なんじゃないか?」

「友達に……なる……」


 胸に手を当て、ここ数日の事を思い返す真理。自分は周囲の人間と、上手く友達になれているのだろうか、そのような心配が頭を過ぎっているのだろう。


「そっか……なんか……分かった気がする」

「あぁ。ま、難しく考えずに、分かんねぇ事とか気になる事はとりあえず聞いてみりゃいいよ。それで答えたくなさそうだったら聞かなきゃいいんだ」

「あ、それ、すごく分かりやすい!」

「そっか。よかった。ちょっと長話しちまったな」

「あ……私、委員会行かなきゃ!」

「おう。お疲れ様」

「上城戸くん、ありがとう!」


 色々と腑に落ち、今後の見通しが立ったのか、曇りがかっていた表情がパッと明るくなる真理であった。



 場面は変わり、ここは放課後の屋上。優しい春風に髪を揺らす空蓮と有栖の姿があった。


「で……昨日の話か?」

「どちらかというと今日の話ね。ずっとあの距離感だと、やりづらいなって思って」


 昼休みも、他の二人に心配されるくらい距離感を図りかねていたのだ。このままでは日常生活に支障が出ることくらい、言われなくても分かる。


「なるほどな……でもどうするんだよ? そもそも僕たちって、こんなに仲良くしてていい関係性なのか?」

「問題ないわよ。私はただの組織の監視役で、あんたを見てること以外は普通の高校生なんだから」

「そっか……まぁ、そっちの詳しい事情は知らないけどさ」


 二人きりになると、腹を割って話せるおかげか今までよりも距離感が近い。


「ねぇ空蓮。皆の前でも、この距離感でいない? たぶん、今のこの状態が、飾らない私たちってことでしょ?」

「それはそうなんだろうけど……急に距離感近づいたら、研究の事とか大丈夫かな?」

「大丈夫よ……普通に生活してる人たちは、同級生がAIや謎の組織の人間だなんて思いもよらないわよ。せいぜいちょっと最近仲いいなって思うくらいでしょ」

「そっか……」


 強気な態度でそういう有栖に、空蓮は少し羨ましそうな目を向ける。


「有栖、そういう所、強いよな」

「えっ……そう?」

「あぁ……肝が座ってるっていうか、大胆っていうか……」


 三年間、慎重に事を進めなければならない空蓮にとって、その姿は輝かしいものなのかもしれない。


「そう……でも、強いって言ったらあんたもでしょ、空蓮」

「僕が……? 勇者としてってことか?」

「違うわよ……あんた自身の、心の話」

「なんだよ、急に」

「昨日ね、帰ってから改めて、あんたのプロフィール、全部聞いたんだ」

「はぁ……それで?」

「あんたと同じような境遇で、真っ直ぐ未来を見据えて生きていける人間なんて、そうそういないと思う……」

「同じような境遇か……そもそもそんな人間が、どれだけいるんだろうな」

「全く同じとはいかないけど、いるわよ」

「ん……?」

「私ね、両親の顔、知らないんだ」

「なっ……!」


 突然のカミングアウトに衝撃を受ける空蓮。あちらの世界の話ならまだしも、まさかこんなにも平和な世界に、そのような人物が身近にいようとは考えていなかった。


「小さいころは施設で過ごして、途中で胡桃田に拾われたの。それでもやっぱり、あの人とは妙な距離感があって……将来どうすればいいかなんて、全然分かんなくて……それでなんとなく、研究に協力してる」

「そう……だったのか……」

「そ。だから、両親のいない寂しさは分かってあげられるつもりでいる。失う辛さは、分からないけどね……」

「あぁ……そうだな……」


 空蓮の頭には、炎の七日間の時の映像が過ぎる。流石にあのような惨事は、こちらの世界の現代では起こりえないのだろう。


「だから、私から見ればあんたの方が、よっぽど強く見えちゃうな……羨ましいよ」

「そう……かな……」


 空蓮にとって、今のこの境遇を羨ましがられるというのは、かなりおかしな感覚である。


「なんか……まだこっちの世界に出てきたばっかだからよく分かんないけどさ……高校生ってそういうもんじゃないのか?」

「えっ……?」

「だから……そもそも真っ直ぐ未来を見据えて生きていける人間なんて、高校生にはそんなにいないんじゃないか?」

「それは……そうかもね……」

「あぁ……だから、もしかしたらそれで羨ましく見えるって話なのかもしれないけど……あんま気にすることじゃないんじゃないか?」

「うん……理屈の上ではそうだけど……でもやっぱり、羨ましいもんは羨ましいのよ。似た者同士だから、余計にね」

「そっか……」


 いつになく真剣に彼女の気持ちを考える空蓮。親を知らないと言われると、やはり見過ごせないところがあるのだろう。


「じゃあさ……もっと僕のこと、頼ってくれよ」

「え……?」

「僕も有栖も、普通の高校生なんだしさ。生きていく上で困ることなんて、沢山あって当然なんだから。だから、似た者同士で頼れることがあったら、頼ってくれよ」

「でも……だって、私は組織の人間なのよ⁉ あんたの事を監視して、サポートしなきゃいけない立場なのよ⁉」

「だから何? 別に、サポート役が助けられちゃいけないなんて決まり、無いでしょ?」

「それはっ……!」


 言われて有栖はハッとしたような表情になる。同時に、屋上にひときわ強い風が吹いた。その風は、空蓮に対して向き合っていた有栖の背中をそっと押し込み、その体勢を崩させる。空蓮の胸の中へと、ダイブさせる形で。


「あっ……えっと……」

「あ、有栖……? 大丈夫?」

「あっ、う、うん!」


 急な接触に、有栖は顔を赤らめて体勢を立て直す。


「ごめん、なんか力抜けちゃった……」

「そう……平気ならいいんだけど」

「うん、全然平気……なんか、さっきより楽になったかも」

「そ、そう……?」


 何が彼女をそうさせたのか、空蓮にはさっぱり分からない様子だ。しかし、彼女の表情を見るに、いつもの調子を取り戻しているのだろう。


「うん! それじゃ、これからは何か困ったら真っ先にあんたの事を頼るから、覚悟しときなさいよ!」

「えっ……いや、もっとこう、適材適所ってやつで……」

「ダメ! まずあんたに声かけるから!」

「えぇ……」

「ふふっ……だから、あんたも私のこと、頼ってよね」

「あぁ……分かったよ。サポート役として、馬車馬のように働かせてやる」

「お互い、覚悟しておきましょ!」


 そう言うと、彼女は屋上の入口へと駆け出してしまう。


「あ、そうだ空蓮!」

「ん? 何?」

「これからはあんたの事、空蓮って呼ぶから! じゃあね!」


 一方的に言い残して、彼女は屋上を去ってしまった。


「空蓮……か……」


 獅子には最初からそう呼ばれていたが、やはり彼女にそう呼ばれると何か違ったものを感じてしまう。


「なんか……柔らかかったな……」


 一人残された屋上で、ポツリと呟く空蓮であった。

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