第21話 スライム

 4月11日、日曜日。指宿空蓮は自宅のリビングでコンピューターゲームを遊んでいた。ゲームのタイトルはドラファン21。隣にはゲームの開始が待ちきれなくてソワソワした上城戸獅子がいる。

 空蓮の部屋にもテレビはあるのだが、枕元にある謎のケーブルに気づかれるといけないのでリビングのテレビを使っている。


「はやく始めようぜ! 空蓮!」

「はいはい。焦るな焦るな」


 ちなみに獅子はゲームはパッケージ版派らしく、昨日早朝から電器屋まで行って並んできたらしい。どれだけ科学が発展しても、この派閥は存在するのだ。

 昼は相変わらず家でご飯を作らなければならないらしいので、午後一時からの集合であった。


「でもさ、これって20みたいなオンラインゲームじゃないんだよな? 二人で遊んで楽しいのか?」

「そこなんだよ! 今回の目玉にもなってんだけどさ、20の戦闘システムがめちゃくちゃ評価良かったから、それを踏襲してプレイヤーが複数人いても楽しめるようになってるんだ!」

「お、おう……なるほどな」


 軽い雑談のつもりで投げた質問に想像以上の興奮が帰ってきた。これは長丁場になりそうだ。といっても、獅子には夕飯の準備があるので遊べるのは夕方までだが。

 ゲーム機の電源を入れると、お馴染みの序曲とともにオープニングアニメーションが流れる。映像のクオリティの高さには、流石に空蓮も高揚を感じたらしい。


「へぇ……映像、綺麗だな」

「だろ! さ、始まるぜ!」


 ゲームが始まると、まずは自分のキャラクターの名前を決めさせられる。ここには、二人とも『レオ』、『アレン』と自分の名前を入力する。ここでアイザックと記入してしまうような茶目っ気は彼には無い。

 ゲームが少し進むと、職業の選択を促される。


「職業も自由に選べるのか」

「おう! 今回のキャッチコピーは『誰でも勇者になれる。』だからな!」

「誰でも……か……」


 ただの相槌のつもりだったが、どうしても変な含みが入ってしまう空蓮。しかし、興奮しきった獅子の気にかかる所ではなかった。


「あ……」


 カーソルを送っていくと、選択肢の中にある吟遊詩人が目に留まる。


「お、吟遊詩人が気になんのか? 確か20では、序盤は音楽でのサポートメインだけど、レベルが上がると武器で殴り始めるって感じの職業だったな」

「へぇ……面白そうだな……」


 特にこだわりも無かったので、そのまま吟遊詩人を選択する空蓮。頭の中では、半分くらい昨日の出来事を考えていた。

 あの吟遊詩人の反応は、やはりどこか不自然な所があった。まるで自分があの場に誘い出されたかのような、そんな違和感。それでいて、現地では何もされる事なく、彼はアイザックの話をすんなりと受け入れて事は終了した。

 外の世界の事を知らぬ者に対しては、アイザックが気の狂った隠居勇者に見えるような発言ばかりだったはずだ。実際エラルドも恐怖は感じていたようだったし、作戦は成功なのだが、嫌な想像ばかりが頭の中で広がってしまう。しかし、何の罪もない彼をあの場で殺めるわけにもいかない。しばらくは、何も起こらなければと願うばかりである。

 考え事をしている間にストーリーが進み、最初の戦闘が発生する。エンカウントした相手は、二匹のスライムであった。


「あ……」


 空蓮は無意識にその雑魚敵に反応してしまう。可愛らしい瞳と綺麗にカーブした口から来る愛嬌はあちらの世界の物とは全く印象が異なるが、粘液状の生き物であるという点と『スライム』という名前が一致してしまっている。


「おっ! やっぱ最初はスライムだよなぁ!」


 獅子の反応を見るに、これはドラファンの定番モンスターなのだろう。どうやら、昨日アシュリーと話した違和感の原因は、早々に解明されそうだ。


「こいつがスライムか……」

「お? スライム見んのも初めてか?」

「あぁ……」


 空蓮は昨日の会話を思い出す。この程度の質問であれば、特に怪しまれることもあるまい。アシュリーと話して解決しなかった疑問を獅子にぶつけてみる事にした。


「なぁ上城戸、これって生物なのか?」

「ん? まぁ……生物だろうな」

「どうやって生きてんだ? なんつーか……身体の構造とか」

「あぁ、空蓮……」


 見ると獅子は、哀れみにも似た表情を空蓮に送っている。


「フィクションを楽しむ時は、そういうのはあんま気にしない方がいいぜ……」

「お、おう……そうか……」


 何故だろう、諭されてしまった。高校生でこの境地に達している獅子もなかなか大した物だ。

 しかし、彼の反応からも推察できる事がある。おそらく、こちらの世界の人間にとって、ファンタジー世界とはなのだ。スライムという粘液状の生命体が存在するのが、定番なのだろう。だからあちらの世界を作る時も、スライムを導入するにあたって疑問を抱かなかった。そういう風に考えられる。

 ボタンを押してスライムを倒す二人。その後も順調にストーリーを進めて行く。やけに頭の切れるエルフ、突然訳の分からない事を言い出す司祭、そして世界を闇に染めようとする魔王。どれもあちらの世界で見たことのある物だが、こちらの世界ではファンタジーあるあるなのだろう。

 剣からの反動が無い戦闘は少し味気ないが、こちらの世界では誰でも簡単に勇者になれる。そんな事を考えながら、コントローラーをポチポチと楽しむ指宿空蓮であった。



 夕方、時刻は午後五時を回ったころ、獅子は流石に夕飯の支度をしなければならないのでゲームを切り上げる。玄関先で振り返り、彼は元気な挨拶をした。


「お邪魔しましたー! 続き、次の休みでいいか?」

「あぁ、うん。大丈夫だと思う」

「サンキュー! あ、そういや、今日家の人ずっといなかったな」

「あー……父さんは出張で基本いないし、母さんは今日仕事だったんだ。ごめん、誰かいたら良い茶菓子でも出てくるんだけど」

「あぁいや、別にそれはいいんだけどよ……どうせ一人なら、夕飯食いに来るか?」

「えっ……」


 空蓮は一瞬考える。確かにこの状況では夕飯も一人で食べる物と思われてもおかしくない。しかし、彼には家で待つ妹がいる。誰にも知られてはいけない妹が。


「ごめん、それはいいや。ありがとう」


 空蓮が言うと、そっと春風が通り過ぎる。その景色には、大袈裟な哀愁が漂っていた。


「ん? そうか」

「誘ってくれてありがとうな」


 特に何も言い訳をせず、ただ断りを入れる空蓮。ここ数日、気を張りすぎて嘘をつくのに疲れているようだ。


「おう! あ、そうだ空蓮。俺ようやく部活全部見終わったんだけどさ」

「おぉ……すげぇな……」


 別れ際になってからの雑談が多い。この年頃の男子にはありがちな事だ。


「お前、文芸部向いてると思うぜ!」

「え、文芸部……?」

「あぁ! 今日ゲームやってるお前を見て思った! クリエイターとか、そういうのに向いてそうな考え方してんなって」

「クリエイターか……」


 今までずっと勇者として生きてきた彼には縁遠い単語であった。実際、高校を卒業したらまた専業勇者になるのだろうから、他の職業について考えることもあるまい。


「それに、好本さんとも仲良くなれるだろうし!」

「なっ、なんでそこで好本さんが出んだよ!」

「ははっ、お前こないだ昼休み自分で声かけてたじゃねーか! じゃあな!」


 言い残すと、獅子は玄関を飛び出して走り去ってしまう。


「おーい! そういうんじゃねーからなー!」


 少し震えた空蓮の声が、春の夕暮れにこだまするのであった。

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