第20話 真実と虚構
自分もオルブライト家の子だ。アイザックのカミングアウトに対して、吟遊詩人は顔色一つ変えずに続ける。
「なるほど……ということは、彼女のお兄さん……? あ、失礼。申し遅れました。私、吟遊詩人のエラルド・フォルクマンと言います」
「その様子だと、僕の事を知らないんだな。色々と合点が行ったよ」
「はて……?」
「あんた、魔大陸にはどのくらいいたんだ?」
「そうですねぇ……かれこれ三年以上になりましょうか」
「なっ……って事は、人魔大戦の間ずっと向こうに居たってことか。よく無事だったな」
人魔大戦とは、アイザックたちが魔王ヴォルフガングを倒すまで続いた、長きに渡る戦争の事である。歴史を紐解けば、人魔大戦と呼ばれる戦争は複数回存在するのだが、単に人魔大戦と呼称した場合、直近の物を指すことがほとんどだ。
「確かに、人魔大戦中に魔大陸で生きるのは大変でした。あちらは情報も遅いので、大戦が終わってからもしばらくは引き篭もった生活をしておりました……」
「なるほどな……だったら僕の事やオルブライト家の事を知らないのも無理は無いか」
「すみません……もしかして、有名人でいらっしゃいましたか……?」
「自分でそこを主張するのも気が引けるけどな……ヴォルフガングを倒したのは、僕なんだ」
「な、なんと……! 英雄様じゃありませんか!」
「あぁ。国民からはそう呼ばれてるよ」
「なるほど……しかし、何故そのような格好を? 英雄なら、もっと堂々としていれば良いのでは……?」
「これは完全にお前のせいだ」
「と、申しますと……?」
「あんた、この街の人にオルブライト夫妻の聞き込みをしたろ? 要はその二人が僕の両親な訳だけど……どういう風に聞いた? できるだけ、一言一句違わず言ってみてくれ」
アイザックは真剣な表情で問い詰める。噂の発端は、言い回しの曖昧さが生み出した誤解による物だと踏んでいるらしい。
「えっと……確か、こういう風に聞きました。『エドワード・オルブライトとリリー・オルブライトという人を知りませんか? 彼らの子供が情報を求めているのですが』と」
「なるほど……」
どうやらアイザックの予想は的中していたようだ。確かに、この言い方であれば、この国の事情を知る者はみんな勘違いするだろう。
「子供って言ったんだな? 娘じゃなくて」
「えっと……はい、確かに……あっ、もしかして……」
「あぁ。みんな、僕があんたに依頼したと思ってるんだ……両親の捜索をな」
「なるほど……それは申し訳ない事をしました。なにせ、彼女に兄がいるとは聞かされていなかったものですから。それに、依頼者の素性は極力秘匿するようにしていますし」
「別に悪気があった訳じゃないだろうし、謝ってもらう事はないよ。ただ僕は、あんたに両親の捜索をやめてもらいたくて来たんだ」
「ふむ……やはりそのあたりの話が見えませんな……あの一回だけで王都の噂になっているというのも、少々不自然な気がします」
「なるほど。国民に聞き込みをしたのは一回だけなんだな?」
「えぇ……その一回でとんでもない拒絶をされまして、これは何かある、慎重に進めねばと……それ以来、どうしたものかと考えながら通常営業をしていた所、あなたに出会ったという訳です」
「そうか。その間に、図書館でオルブライト家について調べたりはしなかったのか?」
「お恥ずかしながら、歌が歌えるだけで読み書きがほとんどできませんでして……自分の名さえ書ければ事足りる職業ですから……」
「なるほど……経緯は大体理解した。じゃあまずこのタイミングで、僕たちの両親の捜索を今すぐ辞めてくれとお願いしたいんだが、この場合返事はどうなる?」
「それは……NOですね。本当に不勉強で申し訳ないのですが、まず第一にあなたが依頼主の兄であるという確証がありません。この状況に至って嘘をついているとは思い難いですが……あなたがオルブライト夫妻をどこかに幽閉しており、捜索者の口を封じるために私の元を訪れた、という仮説も成り立ってしまいます」
「確かに、お前の言うことは何一つ間違っちゃいないな……」
アイザックは崩れかけた姿勢を正し、声を潜めて話を続ける。
「良いだろう……最初に言った通り、あんたに真実を教えてやる。この話を聞けば、ウチの事情に関わりたいとは思わなくなるはずだ……あいつを見ちまったあんたならな」
「……何やら、複雑な訳があるようですね」
「あぁ……何から話したもんか……人魔大戦については、もちろん存在自体は認識してるんだよな?」
「はい、もちろん。魔王ヴォルフガングが討たれ、大戦が終了したと聞き及んでいます」
「その通りだ。その時ヴォルフガングを討伐したのが、僕の率いるパーティだった。この本、見てみてくれ」
アイザックが取り出したのは、『アイザック冒険記』と題された書籍であった。
「さっき本屋で買ってきた。王宮が金集め用に発行した、僕の冒険記だ。ここに写し絵が載ってる」
彼が指し示した箇所には、アイザックとそっくりの写し絵が印刷されていた。
写し絵とは、単なる絵とは異なる、魔法により念写された現実の風景の切り取りである。この世界で写真に代用される技術だ。
「なるほど……どうやら、あなたが伝説の英雄である事は、間違いないようですね」
「あぁ……その上で、この国の人たちが皆知ってる事がもう一つ……あんた、炎の七日間って知ってるか?」
「炎の七日間……聞きかじった程度、ですね。なんでも、中央大陸の街が一つ、ヴォルフガングの手によって悲惨な火災に見舞われたとか」
「悲惨なんてもんじゃなかった……本当に、何も残らなかったんだよ……二年前にここにあったのは、灰と遺骨の山だけだった」
「ここ……って……え、それではこの王都セントベルクが……?」
「そうだ。このセントベルク全体が、炎の七日間の被災地だ」
「そう……でしたか……しかし、二年間でこれ程までに……」
「いくら大規模な火災ったって、人口の半分以上は国外に避難できたからな。ただ、最初に焼き討ちに合った住宅街に……僕の家族は全員いたんだ……」
「そうでしたか……そうとは知らず……ご冥福をお祈りします……」
「今の話は全部この本にご丁寧に書いてあるよ。そのせいで、あまり売り上げは伸びなかったらしいけどな」
言いながら、アイザックは冒険記をひらひらと揺さぶってみせる。彼自身、この本にあまり良い印象は抱いていないのだろう。
「しかし、それでは妹さんは、何故あのような依頼を私に……?」
「あぁすまん、まだちょっと誤解がありそうだな……炎の七日間、僕の家族は本当に全員、焼き討ちに合ったんだ。妹のナタリーを含む、全員が」
「なっ……では彼女は!」
アイザックに告げられた衝撃の事実に、エラルドは勢いよく立ち上がる。
「私に依頼をした彼女は、何者だと言うのですか……?」
「存在してはいけない存在。死んだはずの妹だ。実際、この本でもナタリーは死んだことになってるし、王都の皆が僕の家族の死を知ってる。だから、オルブライト家の子供と表現した場合、みんな当然のように僕だと思うんだ」
「待ってください! 説明になっていません……それは……実は彼女は死んでいなかった、というオチでは無いですよね……?」
「あぁそうだ……ナタリーは本当に死んだ。そして、この世界に死人を生き返らせる術は無い」
「では、あなたは何を……?」
「この世界以外の……そうだな……技術を使ったんだよ。誰にも知られていない、禁忌と言っていいだろう……」
「この世界、以外の……」
「その技術を使えば、この世界では有り得ないとされてる現象が、全て現実になる。僕の妹はこの技術で生き返った」
あたりが一瞬、しんと静まり返る。エラルドの方は衝撃の事実を飲み込むのに精一杯といった様子だ。対するアイザックも、可能な限り外の世界の事は暈し、言葉を選びながら吟遊詩人を説得することに注力している。
先に口を開いたのは、吟遊詩人の方だった。
「……分かりました。もう結構です」
「ん? 結構ってのは?」
「一連のお話を聞いて、この件に関わってはいけないと判断しました。私は今日何も聞いていませんし、あのログハウスで少女に会ったという事実もありません」
「へぇ……随分と素直なんだな……わかった、じゃあ報酬の件だけど――」
アイザックはそう言うと皮袋を取り出すが、エラルドがこれを静止する。
「結構です。それはあなたと関わった痕跡になってしまいます。私は今日、何も聞いていないんですから……」
「そ、そうか?」
あまりにも急速な心変わりに、アイザックは少し違和感を覚える。確かに彼に恐怖を植え付けて手を引いてもらう方針で対話に臨んだが、こんなにも突拍子もない話を素直に受け入れる道理があるだろうか。
彼の一連の反応も不可解だ。恐怖だけではない、まるで何か興奮でも覚えているような、そんな反応である。
「お願いです、お引き取りください……本当に、もうオルブライト家に関わることはしませんから……」
よく見ると、エラルドの体は小刻みに震えている。最終的に実力行使に出るつもりでいたアイザックだが、これでもやり過ぎだったのだろうか。少々反省しつつ、席を立ち上がる。
「わかった。その約束が守られるなら、僕からは以上だ。ただ――」
言うと、アイザックは腰に携えた小刀を抜き取る。
「何かおかしな動きがあれば、まずお前を疑う。肝に命じておけ」
「は、はい……」
恐る恐る返事をするエラルド。その声にも震えが現れている。
「じゃあな」
短く、それだけ言い残して、アイザックは二度と会うことは無いであろう吟遊詩人を一瞥し、ボロ宿を後にするのであった。
彼の退散を宿の窓から確認し、吟遊詩人は筆をとる。読み書きができない割には、その文章はとても綺麗に綴られたいた。手紙の書き出しはこうだ。
「拝啓 アンヌ様。外の世界を知っていると思しき人物に接触しました――」
アイザックの知らぬ所で、あちらとこちらを繋ぐ陰謀が進行していた。
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