第19話 接触
昼食を終え、二人は王宮前まで帰還する。美食と談話に満足したのか、アシュリーはスキップしてしまうくらい上機嫌だ。
豪奢な装飾の階段を上がり、大門の手前で止まるとアシュリーが口を開く。
「ここでいいぞ。今から一仕事なんだろう?」
「あぁ。なんだかんだで楽しかったよ」
「アイザック……戻りたくなったら、いつでも戻ってこいよ?」
まるで永劫の別れを惜しむかのように悲しい表情をしてみせるアシュリー。こういう感情表現は常に大袈裟な人間だ。
「あぁ……きっと全部終わったら、また王都に戻って来れると思う」
高校三年間を無事に卒業し、彼らの満足の行く結果が得られれば、きっと全て意のままに済ませてもらえる。あのピンク髪の事を、信頼こそしていないものの、信用はしているのだ。
「そうか……その全部が、ボクには明かせない事なんだな」
「あぁ……ごめん。でも、僕は大丈夫だ。信じてくれ。たぶん三年くらいかかると思うけど、気長に待っててほしい」
「分かったよ。待つのは嫌いだが、慣れてるからな」
言いながら、アシュリーはしょうがないなと軽く微笑む。
遠くの方から、何やら喧騒が聞こえ始めた。どうやら、王都中心部の噴水広場で吟遊詩人のパフォーマンスが始まったようだ。
「現れたみたいだな……時間だ。ありがとう、アシュリー」
「あぁ。元気でな」
「そっちこそ! たまには外に出ろよ!」
「余計なお世話だー!」
広場へ走り出すアイザックに、腰に手を当ててプンスカと送り出すアシュリー。春風の運ぶ草木の香りに、綺麗な緑の短髪がそよそよと揺れていた。
噴水広場に到着して数分。アイザックは吟遊詩人のパフォーマンスを群衆から少し離れた場所で眺めていた。今回の主目的と思しき吟遊詩人は、深緑色の装束に身を包み、噴水の前に位置取って大人数の観客を集めていた。目算でざっと百人はいる。
彼はリュートと呼ばれる弦楽器で奏でる伴奏に合わせて、異国の冒険譚を披露していた。魔大陸帰りというのは本当らしく、アイザックが向こうで聞き齧ったような物語もちらほらと聞こえてくる。中には魔大陸語で紡がれる歌もあり、この中の何人がその言葉を理解できているのかは分からないが、彼の演奏技術と歌声の前には些細な事なのだろう。
曲が一区切りする度に、彼の前に用意された帽子の中に投げ銭が積まれていく。あちらの世界でも数十年前からYouTuberという職業が流行っていると聞いたが、どの世界でも彼のようなエンターテイナーが持て囃されるのは変わらないらしい。
「ブラボー! 今日も良い歌声だぜ!」
「吟遊詩人さーん! こっち向いてー!」
どうやら王都に滞在して数日、固定ファンまで付き始めているようだ。こういう状況であれば、下手に騒ぎを起こすよりも、一瞬コンタクトを取って別の場所に呼び出す方が無難だろう。
吟遊詩人の歌を聴きながら、彼は今の状況について考える。オルブライト家の話は、王都では暗黙のタブーとされている節がある。歴史に残る大災害となった炎の七日間に関連する内容は、忌々しい過去を思い起こさせるため、誰も話したがらないのだ。
マーケットのおばちゃんは、吟遊詩人がオルブライト夫妻を捜索している事が噂になっていると言っていた。そんな事を噴水広場で公に喋ったとなれば、ここまでのファンは付かないはずだ。吟遊詩人というのも人気商売。そういう情報収集は慎重に行うのであろう。おそらくは、一部の人間にこっそり聞いた話が流れ、マーケットの商人たちで噂になったものと思われる。
となれば、噂の方は七十五日。聞き込みの根源を絶ってしまえばこれ以上都合が悪くなることもあるまい。あの吟遊詩人が賢い人間のようで良かった。
最後の曲の演奏が終わると、一礼した吟遊詩人の元に列が生成される。どうやらこれからファンサービスの時間のようだ。このタイミングがチャンスであろう。大勢の人間が見ている中ではあるが、アイザックには認識阻害のローブがある。一瞬彼とコンタクトを取る程度であれば、誰にも正体はバレないはずだ。
ファンの中には、握手を求める者、サインを欲しがる者など様々であるが、その全てに吟遊詩人は爽やかな笑顔で対応する。あれが素なのか作られた笑顔なのかは判断しかねるが、エンターテイナーとしての腕前は細かいところまで完璧らしい。
フードの下から彼を観察していると、アイザックの順番が回ってきた。糸目に綺麗な銀の長髪を伸ばしたその顔からは、対面してみると清々しい印象を受ける。身長はアイザックより少し高く、歳も上だろうか。
「次の方……おぉ、これはなかなか個性的なお客さんだ。今日は来てくれてありがとうございます」
「素敵な歌声だったよ」
言いながら、アイザックは皮袋から金貨を一枚取り出して彼の帽子に投げ入れる。
「おや、金貨ですか。誠にありがとうございます。釣りは出ませんよ?」
これも吟遊詩人ジョークなのだろうか、彼はニコッと笑ってみせる。
「当然だ。ただ、代わりと言っちゃあなんだが……少し僕の話を聞いてもらえないか?」
「ほう……あなたの……?」
「あぁ。後で時間が欲しい。オルブライト家の真実について聞かせてやる」
「っ……!」
もともと細い目をさらに鋭くさせて、彼は少し警戒するような素振りを見せる。この反応、間違いなく目的の吟遊詩人だ。
「あぁ、警戒しなくていいぞ。あんたがどれだけ身構えた所で、僕には勝てない」
「なるほど、なかなか腕の立つお方のようだ……」
「どうだ? 足りない金は後で払うが」
言いながら、アイザックは皮袋を軽く揺さぶってみせる。
「話を聞いた上に報酬を貰えるというのは非常に魅力的ですが、何やら裏がありそうですね……」
「あぁそうだ。オルブライト家の裏の話をしてやろうってんだよ」
「なるほど……断った場合は?」
「金は払わず、無理やり聞かせる。それくらい、あんたには聞いてもらわなきゃいけない話だ」
「そうですか……その眼、本気ですね……いいでしょう」
吟遊詩人はアイザックにそっと顔を寄せ、住所を告げる。
「そこが私の泊まっている宿です。下手に宿がバレて迷惑がかかるといけませんので……そうですね、私がここを去った後、一時間後に来ていただけますか?」
「分かった……随分と警戒してるみたいだが、そっちが何もしなければ何も無いから安心してくれ」
「失礼……あなたには、かなり強者の気迫が見受けられまして……」
「あぁ……その訳も一緒に話してやるよ。じゃあな」
「えぇ。後ほど」
これ以上話し込むと、誰に注目されるか分からない。一旦話を切り上げて、聞いた住所とは反対の方向へ足を運ぶアイザックであった。
一時間後。アイザックは王都のメインストリートから少し外れた宿へと赴く。人気の吟遊詩人が泊まっているにしては、少々古びた木造のボロ宿だ。
女将には話が通っているらしく、受付を訪ねるとすぐに部屋へ案内してもらえた。
扉の前で、アイザックはコンコンと二回ノックする。
「どうぞ」
扉を開けて中に入ると、先ほどの警戒していた様子よりいくらか落ち着いた状態の吟遊詩人が、椅子に腰掛けていた。
「邪魔するぞ」
「お待ちしてました。どうぞ掛けてください」
「あぁ」
アイザックは案内された椅子にゆっくりと腰掛ける。改めて彼の様子を伺ってみるが、先ほどの警戒から一転して隙だらけだ。部屋に何か対抗手段を用意しているかもしれないとも思ったが、建物の外である程度探索魔術を使用したのでその心配も少ない。
「随分と落ち着いた様子だな」
「えぇ……状況から察するに、あなたに殺害の意思があれば既に殺されている気がするので……警戒するだけ無駄だと判断しました」
「それでここまで落ち着けるのも見事なもんだと思うけどな。魔大陸に行ってただけあって、肝は座ってるらしい」
「恐縮ですよ……それで、お話というのは?」
「あぁ、その前に報酬……というか、口止め料の話をしようか」
「なるほど……つまり、オルブライト夫妻の話を聞いた上で……捜索はやめろという事ですか?」
「察しがいいな」
「そうですか……正式な依頼ではありませんので私が困るということはないのですが……ただ手を引くとなると、私を頼ってくれたオルブライト家の子供に、申し訳が立ちませんな……」
「そこも心配しなくていい。僕が責任を取る」
「ほう……? と、言いますと?」
アイザックはローブのフードを脱いで目の前の吟遊詩人を見つめる。
「僕の名前はアイザック・オルブライト。オルブライト夫妻の、もう一人の子供だ」
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