第4話 妹

「そんでよぉ! 地面から生えた無数のツタを、炎の剣で一網打尽ってわけよ!」


 夕食の狼ステーキを頬張りながら、本日の武勇伝を自慢げに語るアイザックの姿がそこにあった。午後の畑仕事を終え、一日の汗を流した後、今日も生きている幸せと共に、美食の味を噛みしめる。オルブライト家の日常である。


「すごいすごーい! なるほど、それで狼さんがステーキになっちゃったんだね」

「お、おう……わりぃ、保存用のはまた明日狩ってくるよ」

「うん! まだちょっと残ってるし、全然大丈夫だよ」


 ニコっと笑い、兄の話に相槌を打つナタリー。きっと毎日このような光景が繰り返されているのだろうが、冒険者の話というのは飽きない物なのだろう。木製の卓上に灯された小さなオイルランプが、二人の会話を聞き守るようにちらちらと輝いている。


「そうだ、お兄ちゃん……その、毎日聞いちゃってごめんなんだけど……」


 ふと、少々申し訳なさそうな表情で話題を変えるナタリーだが、全てを察して優しい顔で、アイザックは答える。


「あぁ……父さんと母さんの事だろ? ごめん、今日も進展無しだ」

「そっか……そうだよね……ごめんね……」

「いや、仕方ないさ……兄ちゃんだって、ナタリーと同じ気持ちだ」

「うん……」


 一瞬顔を落としてしまうナタリーだが、再び兄の瞳を見て話を続ける。


「ねぇ、お兄ちゃん。ちょっと提案があるんだけど……」

「ん? 何だ?」

「ここでの生活にも慣れてきたし、私もお兄ちゃんの仕事、ちょっと手伝えないかなって……」

「手伝う……?」

「う、うん! もちろん魔物を狩ったりはできないけど、情報収集みたいな事なら、王都に行けばできるんじゃな――」

「それはダメだ!」

「っ!」


 机を勢いよく叩きながら立ち上がり、彼女の言葉を遮るアイザック。その様子に、ナタリーはびくりと反応して萎縮してしまう。


「あっ……ごめん、ナタリー……」


 反射的な拒絶に勢いがついてしまったのだろう。アイザックは彼女の反応を見てすぐに謝罪した。


「あっ、いや……」

「お前の気持ちはとても嬉しい。けど、やっぱり危険だ」

「どうしてもダメ……? こんな田舎じゃ、たまに人が通っても大した話は聞けないし……王都で聞き込みするだけでも……」

「前にも言ったろ? 炎の七日間で王都は壊滅して、まるでスラム街みたいに荒廃した。二年経った今でも、その状況は変わってない」

「そっか……」

「それに、畑仕事や家事だって普段はナタリーに任せっきりだ。これ以上は働きすぎだよ」

「いや、でも……お兄ちゃんがお金を稼いでくれてるんだから、お父さんやお母さんの変わりは私がしないと……」

「それで十分だよ。大丈夫、冒険者ギルドの人たちだって、毎日捜索を続けてくれてるんだ。きっといつか、良い知らせが入ってくる」

「うん……」

「それに、やっとの思いでナタリーの封印を解いたんだ……もしもまたお前に何かあったら、兄ちゃんは……」

「そっか……そうだよね……お兄ちゃんは二年間、ずっと一人だったんだもんね……」


 兄の心労を察してか、ナタリーの瞳からポロリと小さな涙が零れる。


「あぁ、ほら、泣くんじゃないよ……全く、そういう所は相変わらずだな」

「だって、その間、お兄ちゃんずっと、今より大変で……」

「分かった分かった。お前が優しい妹で、本当に嬉しいよ」

「うっ……うっ……」


 涙をぐしぐしと拭うナタリーの傍に、アイザックはそっと寄り添う。


「さぁ、食事も済んだし、今日はもう片づけて寝よう」

「うん……ごめんね、お兄ちゃん……私、頑張るから……」

「あぁ……兄ちゃんも頑張るよ」


 夕食の食器を手早く片づけ、一日を締めくくる二人。オイルランプの消えたテーブルに、沈みかけの薄い三日月の光が、窓から弱々しく差し込んでいた。



 4月6日、火曜日。教室の天井をぼんやりと見つめながら、現実逃避をする一人の青年がいる。


「なぁ上城戸……他人を思いやって吐いた嘘って、罪だと思うか?」


 彼の目の前の机には、五枚のテスト用紙が並んでいる。その点数は、左から順に0、0、0、20、100。なんともアンバランスな出来であった。

 テスト用紙と空蓮を交互に見ながら、前の席の金髪が返事をする。


「何悟ったような事言ってんだ、まずは目の前の現実と向き合え……」

「聞いてくれよぉ! 真剣なんだよぉ!」

「はいはい……」


 悲壮感の漂う表情で、指宿空蓮は目の前の友人に懇願する。しかしその言葉は、軽くあしらわれてしまった。


「しっかし、零点はいくらなんでもおかしいだろ……中一で習う問題いっぱいあったぞ」

「そりゃそうなんだろうけどさぁ……」


 目の前のテストの上にぐったりと突っ伏してしまう空蓮。その姿に、獅子は呆れと同情の視線を送る。


「それでいて、英語は100点か……なぁ空蓮、もしかしてお前、しばらく向こうに住んでたりしたのか?」

「あー……まぁそんな感じ……」

「そうか……この成績でよく高校受かったな……ふざけてるとしか思えねぇぞ」

「いろいろあんだよ、いろいろ……っていうか、そういうお前はどうなんだよ」

「ん? どうって、こんな感じだが……」


 言いながら、獅子は自分の答案用紙を空蓮に見せる。いずれも70点以上をキープしている上に、社会は96点という好成績だ。


「なっ……お前……もしかしてバカじゃないのか!?」

「何をもってそう判断してたんだ、失礼すぎるだろ」

「何故だ……裏切られた……」

「勝手に変な期待をする方が悪い」


 至極真っ当な意見に、何も言い返せない空蓮であった。


「そうだ空蓮、話全く変わるけどよ」

「あ? なんだ?」

「今日から放課後、部活動見学ができるって言ってたろ? お前何か見に行くのか?」

「あーいや……僕は帰宅部でいいや……」

「えっ、なんでだよ! もったいねぇって!」

「あ? もったいねぇ?」

「そりゃもったいねぇだろ! そんな良い体格してんのによ!」

「は? そうか? お前と比べたらかなり見劣りすると思うけど」

「いや、確かに俺は相当鍛えてるけど……中学の時とか、何かやってなかったのか?」


 中学の時と言われ、空蓮は少し返答を考える。が、しかし瞬時に一番無難な回答を判断した。


「あー……いや、特に何もやってなかったよ」

「へぇ、そうなのか……挨拶の時の姿勢とかも良いし、てっきり体育会系の人間かと」

「はは……よく見てるんだな」


 思い当たる節はあるのだろう、あまり踏み込んだ話をするのは良くないと判断し、なんとなく受け流す空蓮。しかし、獅子の方は興味本位で話を続ける。


「お前の場合ちょい右腕が太いし、柔道とかとかその辺の経験者なんじゃないかって思ってたんだけどな」


 獅子は何の気無しに笑いながら話すが、言われて空蓮はハッとする。この身体の筋肉バランス等さして気にした事もなかったが、確かには右利きだ。


「ほ、ほら……! それより僕はこの成績をなんとかしないと……」

「おぉ、何だ、ちゃんと危機感はあるのか……」

「一応な……」


 咄嗟に話題を逸らし、空蓮は弱々しい目で赤点の四枚を見つめる。


「はぁ……まぁ何だ、俺に協力出来ることなら何とかすっから、留年だけは回避しようぜ」

「あぁ……恩に着るよ……」


 再び話題は目の前のテストの事となるかと思いきや、彼らの会話は第三者の介入によって中断される。空蓮の肩を、後ろからコンコンとつつく者がいた。


「ん?」


 振り向くとそこに立っていたのは、少しばかり眉をひそめた表情の岩淵夏弓だ。


「ねぇ指宿くん、ちょっとツラ貸してよ」


 まるで平成初期のヤンキーのような誘い文句で会話を切り出す、新入生代表であった。

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