第7話 部活動

 放課後、昼食前の時間帯、空蓮と獅子は英愛高校の第一体育館で正座していた。竹刀と防具がぶつかり合う破裂音と、先輩方の掛け声が心地よく響く。ここは、剣道部の練習場であった。


「やっぱ迫力あるもんだな、高校生の剣技って」

「あぁ、確かに凄い……」


 獅子の感想に対して、同意を返す空蓮。意外にも、目の前の試合に釘付けのようだ。

 ちなみに、獅子が一緒に見学に行こうとゴネた結果、空蓮が剣道部ならば良しと承諾してここにいる。


「なんだ、意外と楽しそうじゃねえか」

「別に入部する気は無いけどな」

「じゃあなんで剣道部ならおっけーなんだ?」

「それは……剣道が見てみたかったからだ」

「ん? そっか」


 少し腑に落ちない所はあるようだが、夢中になっている空蓮を邪魔するのも悪いと思ったのだろう、質問をやめて試合を見つめる獅子であった。


「一本!」


 弾けるような剣の音と共に、審判の声が響く。選手が姿勢を整え礼をすると、先輩方が全員、ずらりと新入生の前に並んだ。

 ちなみに、見学者は空蓮と獅子を含めて五人。対する先輩方は十人以上。相当の迫力がある。


「今見てもらったのが、剣道の試合の流れだ」


 中央に起立する、一番体の大きい男が声を上げる。どうやら剣道部の部長のようだ。面で顔が見えない影響もあってか、なかなかの気迫を放っている。


「ウチの部活も年々規模が小さくなってる。が、そんな中で君たちは剣道に興味を持ってくれた希少な人材だ。しばらく他の部活を見て回ることがあるかもしれないが、よかったら、是非ウチに入部してくれ」


 その言葉に若干の申し訳なさを覚える、冷やかしの空蓮であった。

 見学者の薄い反応を確認すると、部長はさらに言葉を続ける。


「さて、今回は剣道未経験者も多いようだが、まぁ細かいルールは後回しでいい。堅苦しい所から始めるよりも、まずは剣道の楽しさに触れてみてもらいたいからな。誰か、竹刀を握ってみたいやつはいるか?」

「はい!」


 空蓮の隣から、勢いよく野太い声が響く。見ると、獅子が目を輝かせて、腕をピンと伸ばしていた。


「ほう、元気がいいな! 他には?」

「なぁ空蓮! せっかく来たんだからやってみようぜ!」

「えっ、いや別に……」


 そこまでしたくて来たわけじゃ、と言いかけるが、獅子の楽しげな笑顔に言葉が喉元で停止する。

 と同時に、こちらの世界の剣道という物に対する興味が、彼の中で勝ってしまった。先ほどの『剣道が見てみたかった』という発言は、嘘偽りの無い好奇心なのだ。決して正座するのがしんどくなってきたから一回立ちたいとかそういう訳ではない。いや本当に。


「僕も、お願いします!」


 一瞬思考を巡らせた結果、気乗りしていなかった割には元気な返事をする空蓮であった。


「よし! じゃあまずそこの金髪からだ!」

「はい!」

「いい返事だ! 名前は?」

「上城戸獅子です!」

「よし! じゃあ俺に付いてこい!」

「はい!」


 部長に連れられて試合場に足を踏み入れる獅子。特に防具等を付けることはせず、竹刀の持ち方と剣の打ち込み方を教わる。体格が大きい事もあってか、獅子が竹刀を握る姿は様になっていた。


「そう、その構えだ。それじゃ、実際に俺に打ち込んでみろ」


 全身の細かい姿勢には説明を入れず、部長は実践を開始しようとする。


「えっ、先輩にですか!?」

「あぁ。別に俺は攻撃も防御も、何なら移動もしない。相手の面に一本入れる感覚を、味わってもらいたい」

「なるほど……そういう事なら」


 説明を終えると、部長は間合いを取る。おそらく一番攻撃を通しやすい距離なのだろう、少し離れて仁王立ちの姿勢で構えると、部長は獅子に合図をした。


「さぁ、来い!」

「行きます! メェェエエン!」


 空気が震えるような雄たけびとともに、獅子は先輩の面に竹刀をまっすぐ振り下ろす。ぴしゃりと音が鳴り、獅子は反動で後退するが、対する部長は微動だにしていない。


「ははっ! いい一本だった! どうだ? 竹刀を振ってみた感覚は?」

「す、すげぇ……気持ちいいっす!」

「だろ!」


 実際に剣を振り下ろして相手に攻撃を入れる感覚には、ある種の快感が伴うのだろう。獅子はお辞儀をし、非常に興奮した様子で見学席へと戻ってきた。


「空蓮! すごかったぜ!」

「あぁ。楽しそうで何よりだ」

「ほら! 次お前の番だってよ!」

「分かった」


 言われると、空蓮は試合場に一礼し、部長の元へと向かう。彼から竹刀の握り方のレクチャーがあり、実際に両手を添えて握ってみる。

 軽い。それが最初の印象であった。実際に、普段あちらの世界で握っている剣の、一割ほどの重さも無いのだろう。目の前の敵を想定し、先ほど見た剣道の姿勢で構えてみると、なるほど確かに理にかなった姿勢だというのが理解できたらしい。アイザックの普段の剣術と比べて、隙が少ない構えだ。


「ほう……良い姿勢だな。剣道の経験は?」

「ありません」

「そうか……」


 少々不思議そうに空蓮を見つめる部長。剣の道を嗜む者として、彼の構えには思うところがあるのだろう。


「よし、じゃあさっきみたいに、俺に一本入れてみてくれ」

「分かりました」


 一つ、深い呼吸を吐き出す空蓮。野生のモンスターを前にした時、名のある剣豪を前にした時。いつもと構えこそ違うものの、息の整え方は一緒である。


「行きます」


 精神を集中し一言呟くと、獅子とは対照的に、全くの無言で部長の頭に竹刀を振り下ろす。結果はというと、綺麗な破裂音が鳴り響き、部長が尻もちをつく形となった。


「お、お前……!」


 面の中からちらりと見える部長の目は、明らかに動揺していた。


「本当に未経験か……?」

「ん? えぇ……」

「いや、未経験でその気迫と腕力は……でも、確かに剣道じゃないな……」


 部長は立ち上がりながら、空蓮の剣技を分析する。それくらいに、彼の技は美しく、そして違和感があったのだろう。


「もしかして……と構えが違うんじゃないか?」


 言われて空蓮はハッとする。まずい、やりすぎたと、表情から彼の思考が見て取れた。

 この平和な世界においても、剣の達人というのは存在するものなのだ。空蓮は少々、その観察眼を甘く見ていた。


「いえ、それは……」

「頼む、見せてくれないか?」

「しかし……ここは剣道場ですし……」

「やっぱり、剣道以外の剣術なんだな? 頼む! お前の、本気が見てみたい!」


 自分より二回りは大きい体格から発せられる声は、お願いというよりも圧力である。空蓮は少し考え込むが、最終的にはこう結論付けた。

 この狭い空間で剣術を見せるくらいなら、対して噂になるはずもない。まして、自分がAIだ等というバカげた事実に剣術からたどり着く人間はいないだろうと。

 否、これも建前に過ぎないのかもしれない。ただ純粋に、興味が湧いてしまったのだ。日本の剣道と、自分の剣術、果たしてどちらが強いのか。


「分かりました……」

「おぉ……! ありがとう!」


 彼は再び部長から間合いを取ると、竹刀を右手で構えて後ろに、左手を前に突き出す。普段、魔法と併用しながら剣を叩き込むための、アイザックが編み出した構えだ。


「ほう……面白い……!」


 剣道場には似つかわしくないその構えに、部長も好奇心を抑えられないらしい。


「先輩……防具をお借りしてもよろしいでしょうか?」


 目の前の敵をしかと見据えるその瞳は、まさに勇者の物であった。

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