第8話 真剣勝負
空蓮の要求は、部長の一声によりあっさりと通った。
両者ともに防具を纏い、剣道経験の無い空蓮に配慮して、ルール無用の真剣勝負だ。
初めて使用する防具なので、先輩方にサポートしてもらいながら、ぎこちない動作で着用していく。
「その様子を見ると、本当に未経験なんだな……」
「さっきからそう言ってるじゃないですか」
先ほどの気迫に、部長は未だ空蓮の未経験を疑っていたらしい。
「しかし……僕が言うのもおかしいですが、よろしいのですか? この場でルール無用の試合なんて」
「なぁに……剣道だって元々は武士の殺し合いが文化として残った物だ。最初はルールなんてなかったろうさ」
「なるほど……」
部長の返答に、空蓮の期待値は高まる。この世界における、本物の剣術が見られるかもしれない。
「これで……大丈夫でしょうか?」
「あぁ、問題無さそうだな」
空蓮の装備が整うと、両者は再び対面して礼をする。
「ルールは無し。真剣でやった場合の致命傷と捉えられる一本が入った時点で、試合終了だ。いいな?」
「はい!」
気合の入った返事をすると、空蓮は再び、いつもの姿勢を構える。
剣道の防具は、流石に普段魔物狩りに出る時の装備より重い。しかし、魔王を倒す旅に出た時は、やはりこの何倍もの重さの装備に身を包んでいた。あの時の感覚を思い出せば、動けないことはない。
空蓮は面の隙間から、自分の左手越しに先輩の全身を捉える。両の手で竹刀を握る日本の剣道。当然、空蓮の片手剣術よりも力が乗りやすい。加えて、刀身を自分の前に構えるその基本姿勢は、防御能力にも優れていると言えるだろう。
対して、空蓮の構えの最大の利点は、自分の剣が相手から見えない事にある。左腕と自分自身の体によって、右手の剣の動きを可能な限り読ませず、敵の隙をついて攻撃する。防具以外での防御も難しい分、攻撃特化型の構えと言えるだろう。普段なら、前に突き出された左手による魔法も相手を攪乱するのだが、こちらの世界でその戦法は取れない。とは言え、今まで魔法を封じられた戦いは何度もあった。その時と同じように戦うだけだ。
二人の準備が整ったのを確認すると、審判が笛の音を鳴らす。試合開始の合図だ。最初の行動はというと、二人とも微動だにしなかった。種類の異なる剣術を相手に、お互いの出方を伺っているのだろう。
しかし、その様子を確認すると、部長の方に動きがあった。お前の戦い方を見せてみろと言わんばかりに、急速に間合いを詰めてくる。その勢いのまま、彼は大きく振り上げた刀を振り下ろす。
対する空蓮はというと、その俊足に対応してすぐさま体を左へと動かす。この構えにおいて剣士と対面する時は、自分の利き手と逆側に回避するのが定石だ。その理由はこの後の攻撃にある。
「早い……! だがまだだ!」
一撃目を外した部長は、振り下ろした刀をそのまま斜め上、空蓮の右半身へと目掛けて振り上げる。が、その攻撃と空蓮の間には、空蓮の右腕から伸びる剣が待ち構えていた。
剣で刀を受け止め、その攻撃の勢いを左上へと受け流す空蓮。相手の刀が自分に当たらない所まで持っていくと、そのまま右腕を頭上から後ろへ回し、最初の型に戻る。自分は基本姿勢、先輩は刀が斜め上へと弾き出された姿勢。これが隙の作り方だ。
絶好の機会ではあるが、まだ相手の首を取りはしない。この隙を利用して切りに行くのは、相手の刀そのものであった。空蓮は上へと弾かれた部長の刀に対して、その勢いを加速させるように攻撃を叩き込む。自らの攻撃の勢いに相手の勢いが加わった結果、部長の刀は彼の手を離れ、空中へと放り出された。
「そこだ!」
相手の攻撃を利用して隙を作り、敵側の戦力を削いだ上で止めを刺しに行く。さながら詰将棋のような剣術によって、空蓮の剣は部長の面へと振り下ろされた。
が、違和感がある。先ほどのような気持ちのいい音が鳴らない。見ると、彼の剣は部長の腕によって静止されていた。両腕を交差させて、その籠手により剣の振り下ろしを阻止している。
「甘い……! 俺はまだ死んでないぞ!」
試合の終了条件はどちらかの致命傷。これでは部長は致死量の傷を受けない。が、指宿空蓮はにやりと笑う。
「取った……!」
彼はそのまま左半身を後ろに回し、右腕に最大限の力を加えて、部長の腕を土台に飛び上がる。左腕が大きく真下に振り下ろされている姿勢を見るに、おそらく普段は『ウィンド』によって勢いを増しているのだろう。こちらの世界では魔法は使えないが、それでもなお彼の身体が宙に浮くには十分な力であった。
常人にとっては有り得ないと思われるその動きに、部長は一瞬反応が遅れる。気が付いた時には、空蓮は彼の頭上、後方から大きく剣を振り下ろしていた。
パシンと大きな乾いた音が響く。後頭部から背面を一刀両断。真剣であれば明らかに致命傷だ。
「一本!」
何をされたのか分からないといった様子であたりを見渡す部長。その他の部員からは、関心の声と拍手が上がった。
「す、すげぇ……」
見学席で観戦していた獅子も思わず声を上げる。
「はは……見事な剣術だ……まさか跳躍で後ろを取られるとはな」
「部長の迫力や籠手の防御も中々の物でした。凄いですね」
「いや、こちらもルール無用で挑んだつもりだったんだが、完敗だな……」
「そんな事ありませんよ」
空蓮が口にしたのは、思ってもいない事なのだろう。剣道となれば話は別だが、少なくとも真剣勝負においては彼の圧勝だ。
「ところで、お前のその剣術、なんて名前なんだ? 全く見たことない構えと動きだったが」
「あっ……えっと、これは……」
多少踏み込んだ質問に、空蓮は返答を考える。素直に自分で編み出したと言ってしまってもいいのだが、この世界において剣術を編み出す機会があるのは不自然かもしれない。かといって、出鱈目な名前を答えてしまえば嘘をついたという明白な事実が残ってしまう。こんな所で技を披露してしまった上で考えるのは今更かもしれないが、自分の正体がバレるような要素は極力減らしておきたい所だ。
考えた末に彼が出した返答はこうだった。
「すみません、分かりません」
「分からない?」
「小さい頃にじいちゃんに習ったんですけど、あまり剣術の名前には興味無くて……じいちゃんも、剣術を習った道場も、もうこの世にはいないので……」
『分からない』という、正解を暈した返答。これなら、嘘が嘘とバレる心配がない。加えて、故人という設定を付与する事により相手にこれ以上踏み込ませない魂胆だ。実際、この世界に空蓮の祖父は存在しないので好都合である。
「そうか……さぞお強いおじいさんだったんだろうな」
「はい」
「少々聞きすぎたな。すまなかった……ともあれ、きちんと剣道の勉強をすれば、この道においても俺より上を行けるだろう。これから、よろしく頼む」
言いながら部長は右手を差し出してくるが、空蓮はその手をきょとんとした表情で見つめていた。
「あ……すみません、僕、入部しないです……」
「えっ……」
目の前の剣士から発せられた意外な言葉に、部長は目を丸くして驚く。
「えええええええええええええええええ!?」
体育館を飛び出す勢いで、雄叫びのように大きな声が響くのであった。
「絶対もったいねぇって! あんなに運動神経いいのに!」
体育館を後にして、校庭を歩く空蓮と獅子。必死の形相で獅子が説得を試みているようだ。
「だから、興味ないって言ったろ? 僕は帰宅部でいいよ」
「なんでだよ! 絶対天下取れるって! 剣道がダメでも、何か他に興味あるスポーツねぇのか?」
「無いよ……ちょっと体を動かすのが好きだっただけだ」
頑張って獅子をなだめようとする空蓮。少しやりすぎてしまったと後悔しているようだ。勇者の力は、やはり極力表には出さない方がいいだろう。
今回は上手く誤魔化したが、毎回嘘で塗り固めていてはいつか綻びが生まれる。運動能力を披露するのも今回限りにしようと心に誓う。
「んなわけねーよ! 何かやってなきゃできない動きだったって!」
「あれは……たまたまだよ……」
流石に少々鬱陶しさを感じ始めているようだ。
「そうかよ……まぁそんなに拒否すんなら、これ以上無理強いはしねぇけどさ」
ここが引き際だと悟ったのだろう、このあたりはやはり弁えている獅子である。
「まぁいいや……俺はこのまま他の部活見に行くけど、お前は?」
「僕はそろそろ帰るよ。昼ごはんの時間だ」
「分かった。じゃあな」
「ああ」
言いながら、獅子は運動場の方へ、空蓮は帰路へと着く。
「けど、俺はおすすめしたからな! 後悔すんなよ!」
「しねぇよ、バーカ!」
精一杯の明るい罵りを残して、空蓮は学校を後にする。
「どうせ、こっちの事は全部、無かったことになるんだ」
皮肉なくらい綺麗な青空を見上げて、彼は一人そう呟く。彼の後方でその姿を眺める赤髪の少女に気付かないくらい、その心は不思議な感傷に浸っていた。
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