第6話 気になる視線
「えっと……
夏弓にそう呼ばれた彼女は、獅子の一つ右の席で好本さんと同じくらいピンと腕を伸ばしていた。
「それじゃ……図書委員会の席数は男女一人ずつって決まってるから、要さんと好本さん、申し訳ないけれどジャンケンで決めてもらえる?」
「わかった」
彼女に言われると、要さんと好本さんは起立する。昨日の自己紹介の事もあってか、ジャンケンの際には皆に見やすいよう席を立つのが恒例化していた。
結果はどうなるだろうかと二人の様子を交互に眺めていると、空蓮はすぐ近くにいる要さんと目が合った。気がつくと彼女は咄嗟に目を逸らすが、何故だろう、しきりにこちらの様子を確認しているらしい。今は空蓮よりも、ジャンケンの相手に集中するべきではないだろうか。
「それじゃ、行くよ! 最初はぐー! じゃんけんぽん!」
夏弓の合図で、ジャンケンをする二人。結果は、対戦相手の事をじっと見つめていた好本さんの勝利である。
「やった!」
その眼差しとガッツポーズからは、何としても図書委員になってやるという気迫が感じられた。
「チッ……」
対する要さんは、空蓮にギリギリ聞こえる程度の音量で舌打ちをするが、その際もなぜか彼女の視線は空蓮に向けられているように見えた。
委員会の決定が全て終了すると、先生の軽い挨拶があり、本日のホームルームが終了する。特にいきなり委員会の仕事があるといった訳ではなく、今週末の委員集会で先輩方との顔合わせがあってから仕事が割り振られるらしい。
空蓮としてはこのままあちらに直帰して保存用の狼を狩りに出かけたい所だが、今朝の獅子の態度を見るにそういうわけにもいかないだろう。時刻はまだ11時。軽く見学にいく程度なら付き合ってやるかと身構えていると、案の定目の前の金髪が後ろに振り向く。しかし、彼からかけられた言葉は予想外の物であった。
「なぁ空蓮。声かけとかなくていいのか?」
口元に手を当て、まるで内緒話でもするかのように空蓮に話しかける獅子。どうやら近くにいる誰かに聞かれないようこの体勢を取ったらしいが、空蓮は彼の言っていることがよく分からない。
「声? 誰に?」
きょとんとした調子で返事をすると、獅子が半ば呆れたような顔で続ける。
「いや……お前気付いてねぇのかよ。さっきからずっと見られてるぞ」
「見られてる?」
言いながら獅子の目線の先を見ると、彼の真横に座る赤髪の少女、要有栖が明らかに横目でこちらを見ていた。
「あっ……」
「彼女、さっきジャンケンで負けてからずっとあの調子だぞ? なんか声かけとけよ」
「なんかったって……なんで僕なんだよ」
空蓮の反応も尤もである。ジャンケンで彼女を打ち負かした好本さんを気にかけているならまだしも、何故自動的に図書委員入りが決定した空蓮が気になるのだろうか。
「ふむ……では鈍感な指宿くんに俺がアドバイスしてあげよう」
昨日から空蓮と呼んでくる獅子がわざわざ名字を口にした。明らかに
「ありゃあ十中八九、お前に気があるぜ」
「はぇ……? 僕に?」
想定外の発想に、素っ頓狂な返事をする空蓮。そのまま口からついて出たのは、反射的な反論であった。
「いや、有り得ないだろ。昨日入学したばっかだぞ」
「そうかぁ? 一目惚れって可能性も十分あるだろうよ。男の俺から言わせても、お前はなかなかの美形だからな」
「うわ……素直に気持ち悪いな……」
「なんでだよ! 褒めただけだろうが!」
「万が一、仮に一目惚れされてたとして、別に僕は興味ない」
「まぁまぁそう言うなって! 昨日から横顔を見てたが、なかなか美人だぜ」
言われて空蓮はふと斜め前の席に目をやる。また目が合った。同時に彼女は目を逸らしてしまうが、なるほど確かに美人である。可愛らしいというよりは、端正な顔立ちといった雰囲気だ。
しかし、空蓮にとってこちらの世界での恋愛など、最も無駄な時間の浪費である。相手がどれだけ自分好みの存在であったとしても、住む世界が違えば恋愛対象にはならない。極端な例を挙げるならば、こちらの世界の人間にとってのアニメキャラクター程度の認識なのである。
「おっ、やっぱ気になるか?」
「言っただろ、興味ないって」
「お前はそうでも、向こうがどうかは分かんねぇぞ?」
「そりゃそうだけど……」
「ま、円滑な人間関係を築いておくのも、悪くはないだろ!」
そう言われると納得せざるを得ない空蓮であった。彼の最終目標は無事に高校を卒業する事。こちらの人間と慣れあうつもりは無いが、人脈は多い方が何かと都合が良い。
「部活動見学は待ってやるから、声かけてこいよ!」
しれっと空蓮が連れ回されるのは確定していたらしい。待ってやるとは、随分とふてぶてしい奴だ。
「わかったよ……」
納得させられてしまった今、獅子に対して反論するよりもさっさと声をかけてこの話を終わらせた方が良いと判断したのだろう。決心して席を立ち、要さんの前へと回り込む空蓮。座ったまま彼を見上げる要さんの顔は、少しばかりむすっとしている。
「えっと……こ、こんにちは」
「何よ……」
どうにも、気があるというよりは壁がある態度に思えるのだが、彼女の死角から獅子が無言ではやし立ててくる。一切喋っていないというのに、非常にうるさい。
「えっと……ごめんね、図書委員、僕が変わってあげられればよかったんだけど……」
「別に、あんたが謝る事じゃないでしょ。大して興味あったわけじゃないし、文化祭実行委員も楽しそうだし」
「そ、そっか」
図書委員に執着が無いのであれば自分に対するあの視線が何なのか気になるところではあるが、どうも踏み込むような空気ではない。
「そ、それじゃ! 席も近いし、一年間よろしくね!」
「あっ、待って!」
気まずさに耐えきれず、空蓮は早々に会話を切り上げようとするが、去り際に彼女に静止されてしまった。
「な、なに?」
「連絡先、教えてよ」
「あぁ、うん……」
少し彼女から圧力を感じていたせいで身構えてしまったが、何のことない頼みであった。
初めての連絡先交換に戸惑いながらも、何とか事を済ませる。少し離れた所にいる獅子が、終始やかましいジェスチャーを送っていた。
「空蓮くん、か……いい名前だね」
「あ、ありがとう」
「私の事も有栖って呼んでちょうだい」
「あぁ、わかった」
「それじゃ」
言うと、既に荷物をまとめていた彼女は教室から出て行ってしまった。
一人残された空蓮に、獅子が生暖かい目ですり寄ってくる。
「いやはやいやはや」
「何だよ……」
「よかったな! ありゃあ確実に脈ありだぜ!」
「そうか……?」
「しっかし、まさか先を越されるとはな……」
ぐぬぬといった様子で拳を握る獅子。有栖の出て行った扉を見つめて悔しそうにしている。
「あ? 何がだよ?」
「お前との連絡先交換」
「いや悔しがんな、気持ち悪い」
コツンと軽い蹴りを入れる空蓮であった。
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