第25話 パソコン部
4月13日。火曜日。昼休み。
指宿空蓮、上城戸獅子、要有栖、好本真理の四人は、昨日と同様、弁当を持ち寄って顔を突き合わせていた。が、誰一人として弁当箱を空けようとはしない。彼らは息を潜め、精神を統一する。
数秒待つと、本日のターゲットに動きがあった。彼ら要探偵団の初仕事は、今しがた弁当を持って席を立った委員長、岩淵夏弓の昼休みの動向を探る事であった。委員長が教室を出ていくと、ようやく会話が始まる。
「行ったわね……」
「あぁ……いつも通りだな……」
言い出しっぺの有栖はともかくとして、昨日あれだけ頭を抱えていた獅子も何だかんだ乗り気のようだ。二人とも、探偵の雰囲気が出ている。
「よし、追いかけるわよ」
有栖の合図で、四人は弁当箱を持って立ち上がる。夏弓の昼食現場が安全であると確認できた場合、同席しようという魂胆だ。
「あっ、そうだ……!」
出発を目前にして、真理が思い出したように内ポケットから何か布のような物を取り出した。茶色を基調としたチェック柄のそれを
「よし! 準備おっけー!」
今までで一番目をキラキラさせて言う真理。意外と天然寄りの人間なのかもしれない。
「よ、好本さん……? それ持ってたの?」
「ううん! 昨日ドンキで買ってきたの!」
空蓮の質問に対して、衝撃の事実を告げる真理。行動力が強すぎる。
「真理……! あんた分かってるじゃない!」
そう言うと、有栖も同様に、懐から探偵帽を取り出した。何故発想が一緒なのだろう。
「そろそろ追いかけないと。行くぞ」
獅子もこれにはツッコミを入れずに教室の扉へと向かう。見つかった時の制裁に恐怖しながらも、わずかばかり好奇心が勝ってしまい、空蓮も渋々三人の後について行く。
扉を少しだけスライドさせ、隙間から顔を覗かせる四人。獅子と真理の身長差のおかげで、無理な体勢を取らずに頭を縦に並べることができる。廊下を確認すると、夏弓は丁度渡り廊下へと曲がっていく所だった。
「ホントだ、教室棟を出て行ったわね……」
「やっぱり、私の見間違いじゃなかったんだ」
昨日真理が言っていた通り、このまま部室棟へと向かうのだろうか。四人は彼女を見失わないよう、渡り廊下へと続く曲がり角まで歩みを進める。
ここから先の構造は、特別授業棟が二つ並んでおり、一番奥に部室棟が建っている形になる。これらの棟の中間を渡り廊下がぶち抜いている構造なので、部室棟へ向かう場合、かなり長距離の一直線だ。彼女が部室棟に着いてから出発したのでは見失ってしまう可能性が高い。
「こいつは……まずいな……」
「えぇ、そうね……」
獅子と有栖は同時にこの渡り廊下の危険性に気が付いたらしい。こうなった以上、各棟での曲がり角をチェックポイントとする他に無い。少し考えた後、団長である要有栖が出した作戦はこうだった。
「真理、先に行って合図を出せる?」
「えっ、わ、私?」
「えぇ……あなたが一番、隠密行動に向いてるわ」
「隠密……!」
その単語に、再び目を輝かせる真理。有栖に良いように扱われているようにも見える。
「分かりました! 行って参ります、団長!」
言うと、真理はビシッと敬礼して渡り廊下をとてとてと歩いて行った。その後ろ姿を見て、ようやく空蓮が口を開く。
「な、なぁ……あの帽子被ってたら、誰だって目立つんじゃないか……?」
「バカね! こういうのは雰囲気が大事なのよ! 探偵に成りきる事によって、周囲に溶け込むの!」
尤もな意見だろうに、バカと言われてしまった。その帽子を被っている奴にだけは言われたくない。
真理は第一特別授業棟へとたどり着くと、曲がり角の柱の影に隠れて顔を覗かせる。そのまま夏弓が直進したのを確認すると、片手を上げてクイクイと手招きのような合図を出した。おそらく、進んでよしの合図であろう。三人とも、真理の元まで歩みを進める。
「真っ直ぐだな……」
「えぇ、これは部室棟行きが濃厚ね……」
獅子も有栖も、ますます世界観に入り込んで行く。少し成りきれていない自分がおかしいのだろうかと錯覚し始める空蓮であった。
夏弓が第二特別授業棟を通り過ぎると、有栖が再び合図を出す。
「真理、今よ!」
「はい! 団長!」
言われて再び先陣を切る真理。身長が低いせいだろうか、敬語が妙に板についている。
先ほどと同様、真理が角から合図を出し、全員最後のチェックポイントまで到達した。三人が追いついて顔を覗かせるのとほぼ同時に、夏弓は部室棟へと入り、曲がって廊下を進んでいく。
「まるで警戒していないわね……何も
「いいえ、真犯人というのは、時に堂々としているものです、団長!」
有るわけないだろ。そうツッコみたい気持ちをぐっと我慢して声を飲む空蓮。いったいいつから彼女が犯人になったのだろうか。
「よし……部室棟まで行くわよ」
「イエス・マム!」
シューティングゲームで覚えたのだろうか、探偵というよりは軍隊の返事をする獅子。設定がぐちゃぐちゃである。
四人とも部室棟までたどり着き、その廊下を覗き込むと、夏弓の後ろ姿が確認できた。他には誰も歩いていない。そもそも、昼休みに部室棟に来る人間というのは珍しいのだろう。最後に確認すべきは、彼女がどの部屋に入っていくのかである。
ちなみに、この部室棟には文化系の部活が集約されている。運動部は運動場の脇に着替え用の部室が用意されており、文芸部等の特別な部屋が用意されている物以外の文化部は全てここに部屋を構えている。
四人は固唾を飲んで夏弓の行く先を見守る。数メートル離れた先で、彼女の歩みは止まった。教室に掲げられたプレートを確認すると、そこに記載されていたのは『パソコン部』の文字であった。
「パ……パソコン部⁉」
「どうしました、団長⁉」
「い、いや……なんだか、イメージと違うなと思って……」
「なるほど、確かに……」
「おい……おいおいおいまさか……」
パソコン部の表記に困惑する女子二人をよそに、深刻な表情をしてみせる獅子。最悪の可能性に気づいてしまったと言わんばかりの勢いである。
「ど、どうしたの上城戸くん……」
「何か分かったんですか!」
「いや……信じたくないが……でも、確かにあいつは賢い……」
獅子は小さな声で、ギリギリ全員に聞こえるようにぽつりと呟く。
「サイバー犯罪……」
『っ……‼』
まるで雷に打たれたかのような反応をする探偵少女二人。空蓮はこのテンションに付いていくのにいい加減疲れ始めたようだ。
「まさかそんな……岩淵さん……!」
「信じてましたのに……!」
敬語が行き過ぎて、真理は最早お嬢様口調になっている。設定を盛りすぎだ。
「団長、私、行ってきますわ!」
「えぇ……気を付けて……」
再び真理が先導して、ついに目的地の前までたどり着く。そのまま彼女は扉に耳を当てると、同様に片手でクイクイと合図を出した。
音を立てぬよう、三人も遅れて到着し、耳を澄ます。中から聞こえてきたのは、何やら男女が会話する声だった。
「えっと……こう……?」
女子の声は、夏弓のもので間違いないだろう。
「違う、こうだ……」
彼女に何か指導しているらしい男性の声は、聞き覚えが無い。
「くそっ……何してんのかよく分かんねぇな……」
「しっ、静かにしなさいよ、上城戸くん!」
「わ、わりぃ……隙間から覗けねぇか……?」
言いながら、音を立てないようにゆっくりと体勢を変える獅子。扉の隙間から中を覗こうとするが、その拍子に服の袖がドアノブに引っかかってしまう。
『あっ……』
全員同時に、危機的状況に気づいたが、時は既に遅い。四人分の体重を乗せた扉は勢いよく開き、全員なだれ込むようにしてパソコン部へと入室してしまう。
「何だ⁉」
「えっ、ちょ、あなたたち……!」
目の前にいたのは、岩淵夏弓と、先ほど指導していたもう一人の男。両目にかかる程度に伸びた前髪に黒縁眼鏡が特徴的な、すらりとした長身の男だ。
「あ……これは……その……」
先ほどまで完璧に成りきっていたのに、いざ敵を目の前にすると声が出ない有栖。
四人の探偵ごっこは、犯人に発見されるというあっけない最後で幕を閉じたのであった。
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