第24話 探偵団
「いやー! にしても凄かったなー! なぁ空蓮、あの動きどうやったんだよ?」
昼休み、やたらと興奮して先ほどの体育の授業を振り返る獅子。剣道部での動きもかなり人間離れしていた気がするが、今回は距離も近かった分、迫力があったのだろう。
「分かんないよ……無我夢中だったから……」
有栖のおかげで、あれはただの俊足だったという結論に落ち着いた。あまり蒸し返さないでほしい所だ。ちなみに、有栖はまだ更衣室から帰ってきていない。他の女子は大方戻ってきているので、化粧室にでも寄っているのだろうか。
「そっかぁ……にしても、良かったな、空蓮!」
「あ? 何がだよ」
こういう口調の獅子が言う事はワンパターンだ。何が言いたいのか察しは付いている空蓮だが、早とちりすると余計に揶揄われる可能性があるので念のため聞き返す。
「何って、好本さんに決まってんだろー! ありゃあ絶対に好感度アップだったぜ!」
「お前……不謹慎だぞ。あの状況でそんな事考えてる余裕無いって」
「結果の話だよ、結果の!」
「はいはい……」
「いいなぁ……王子様だもんなぁ!」
どこまでも調子に乗る獅子。こんな時、有栖がいれば強めにツッコんでくれるのかもしれないが、生憎その王子様の印象が付いてしまったのも有栖のせいである。完全に助けてもらった立場なので、こればかりは甘んじて受け入れるしかあるまい。
獅子がふざけて身体をくねくねさせていると、空蓮の後方から声がかかる。
「あ、あの……指宿くん……」
顔を確認せずとも、声の主は分かった。先ほどの事件があった直後だ、聞き間違えるはずがない。振り返ると、そこにはやや赤面した好本真理が立っていた。
「あっ、好本さん……さっきはどうも……」
「あっ、いや……こ、こちらこそ……」
お互い、少し気まずい空気になる。こういう時に限って、やはり獅子は何も言ってこない。いやらしい目で空蓮を見守るだけである。
数秒の間が開いた後、再び声を上げたのは真理の方であった。
「えっと……お昼、一緒に食べてもいいかな……?」
「えっ、あっ……うん、いいけど、何で……?」
「ひぇっ⁉ あっ、えっと、その……」
返答に困り、分かりやすく焦ってしまう真理。まさか理由を聞かれるとは思っていなかったのだろう。二人の様子を見て獅子が「あちゃー」と言いたげに頭を抱えているが、まだ助け舟を出す様子はない。
「ほ、ほら、その……私、まだこのクラスに、友達いないし……あと、今日のお礼も言いたかったし……えっと、あとは……」
言葉に躓きながらも、早口であれこれと喋る真理。まるで言い訳でもしているみたいだ。
「そ、それに……」
彼女は火照った顔をさらに赤くし、持っていたお弁当箱で口元を隠し、少々目線を逸らして、小声で言った。
「指宿くんと、もっと仲良くなりたい……」
「えっ……」
瞬間、空蓮の鼓動が加速する。先週の委員会の日はどうなることかと思ったが、今日の一件で確かに彼女からの印象は良くなったらしい。
「あっ、うん……」
歯切れの悪い返事をする空蓮の後ろで、獅子はシャドーボクシングをしている。
「僕も――」
空蓮が何か言いかけた時、教室の扉が勢いよくガラリと開く。
「いやーお待たせ! ごめん、お母さんからメッセージ来てて、返事してたら遅くなっちゃっ……た……」
体操着入れを抱えた有栖が元気よく戻ってくるが、何やらいつもと雰囲気が違う事に気づいたらしい。
「え、なにこの空気……」
空蓮を助けた救世主も、意外な所で間が悪いのであった。
「え、何? それじゃ、緊張しすぎて前に跳ぶの忘れてたってこと?」
「う、うん……ちゃんとしなきゃって思ったら、途中から頭が真っ白になっちゃって……」
「なーんだ。しっかりしてそうなのに、意外とドジなのね!」
「えっへへ……」
空蓮と獅子の机を挟んで対面した有栖と真理。最初はどうなる事かと思ったが、有栖の性格のおかげもあってすぐに打ち解けたようだ。獅子としては、空蓮の取り合いでキャットファイトが起こるのではと期待していたようだが、残念ながら青春がそこまでテンプレート通りに運ぶことはない。
「あーそうだ。ドジって言ったら岩淵さんだけどさ」
有栖のその発言に、空蓮と獅子は息を飲む。一方、真理は二人の反応を見てキョトンとしていた。
「おいおいおいおい待て待て待て待て要さん! なんでドジと岩淵さんが繋がるんだ!」
「そそそそうだよ有栖! 彼女は立派な委員長じゃないか!」
「えっ……?」
二人の反応に、何か間違ったことを言ったかしらといった反応の有栖。どうやら夏弓の事をドジな人間だと信じ切っているらしい。
「どこだ⁉ どこから漏れた⁉」
「おい上城戸! それじゃ認めたようなもんじゃねーか!」
「し、しまった!」
登校二日目、踊り場に連れ出された時の彼女の圧力はホンモノであった。情報が漏れたとあっては、どのような制裁が下されるか分かったものではない。
「漏れたって……あの子、入学式の日、食パン咥えて走ってたじゃない」
ふ、普通に見られとる――!
心の中で冷静にツッコむ男子二名。この場が四人しかいない食事の席でよかった。こうなってしまった以上、ここで同盟を組むしかない。
「要さん、そして好本さんも。これは非常に重要な話だ……」
「ん?」
「は、はい……!」
わざと声色を変えて、両手を組み肘を机につく獅子。その目には影が差している。
「岩淵さんは、自分自身がドジである事を非常に深く気にしていらっしゃる……」
「上城戸くん……あんたあの子と何かあったの……?」
「別に何もないさ……ただ、彼女は精一杯その要素を隠しているつもりでいるんだ……だから、この話はここだけに留めるように」
「わ、分かったわ……」
「そ、そうだったんですね……!」
獅子の反応にこれは冗談じゃないと理解する二人。真理の方は気迫にやられて敬語になってしまっている。
「で、有栖、何か言いかけてなかった?」
四人の結束が固まった所で話を戻す空蓮。そういえばドジ繋がりで岩淵さんの話が上がったところであった。
「あぁ、うん。岩淵さん、お昼ご飯どこで食べてるのかなと思って」
「あー。最初に一回声かけたんだけどな」
獅子の言葉に、空蓮もあの日の事を思い出す。
「そういえばそうだったな。確か他の人と食べるって言ってたっけ?」
「へぇ。もう他のクラスに友達がいるのかしら?」
「普通に中学からの友達とかじゃねーの?」
獅子から妥当な推理が出たが、これは真理の証言によって否定される事となる。
「あっいや……他のクラスじゃないと思う」
その言葉に、三人とも真理をじっと見つめる。
「えっと……私、先週は図書準備室でお昼を食べてたんだけど……たぶん岩淵さん、部室棟の方に行ったと思う……」
「えっ、部室棟⁉」
真っ先に反応したのは獅子であった。クラス委員長として先週から働いている彼女の事だ。部活などやっている余裕が無い事は副委員長の彼が一番よく知っていた。
そんなに驚く話だろうかと、有栖が問いかける。
「どうしたの、上城戸くん?」
「いや、クラス委員長に部活やってる余裕は無いだろうと思ったんだけどな……」
「あぁ、なるほど……そう言われると確かに妙な話ね……」
「あ、あの……もしかしたら私の見間違いかも……」
「いいえ真理! 自分の目に自信を持って!」
真理に対して両手でガッツポーズを作りエールを送る有栖。何やら、空蓮を揶揄う時の獅子と似たような雰囲気を醸し出している。この嫌な雰囲気に、敏感な空蓮はすぐさま反応した。
「なぁ有栖……もしかして……」
「明日、岩淵さんを尾行しましょう!」
やっぱりそうなったかと頭を抱える男子二人。しかし、以外にも真理は目を輝かせている。
「尾行……! 探偵みたいで楽しそう……!」
その通り。好本真理は文学少女であった。この手の話には興味津々である。
「よし! 要探偵団の結成じゃー!」
有栖がそう言って高らかに右腕を掲げると、教室の扉がガラリと開く。
確認すると、そこにあったのは丁度話題に上がっていた、岩淵夏弓の姿であった。まずい、聞かれてしまっただろうかという緊張が四人に走る。
「ふんふんふっふーん」
鼻歌を歌いながら上機嫌で帰ってきた彼女であるが、自分の席のすぐ近くで凍り付いた四人を見て不思議そうに声をかける。
「えっ……あなたたち、どうしたの?」
『なんでもございません‼』
「そ、そう……」
綺麗に息の合った返事をし、より結束の固くなる四人であった。
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