第34話 年齢

 指宿家には畳の敷かれた十数畳の居間がある。母との二人暮しにしては家が広すぎる気もする。まして、二人ともこの家で活動する時間は極端に短い。経費の無駄遣いではないかと心配になるところだ。

 空蓮はこの居間に用意された背の低い机の周囲にに座布団を四枚引いて準備万端であった。非常に楽しんでいる風に見えるが、本人にそのつもりは無い。


「そういえば、今日来るの誰ッスか? 名前教えてくださいッス!」

「お前……ちゃんと母さんのはしゃぎ方するのやめろ」

「え〜いいじゃないッスか! 我が息子の交友関係を把握するのも母親の大事な役割ッスよ!」

「我が息子とか言うな! 気持ち悪い!」


 悪態をつくが、やはりどこか楽しそうな空蓮である。


「大人しく言わないからッスよ〜。で、誰が来るんッスか?」

「はぁ……上城戸獅子、要有栖、好本真理、以上三名」

「業務連絡みたいな報告ッスね……」

「業務連絡みたいなもんだろ」

「ふむふむふむ……ほー……なるほどなるほど……」


 わざとらしく顎に手を当てて考えるふりをする紗月。普段の獅子と同じ匂いがする。確実に空蓮をからかおうとしている構えだ。


「なんだよ……」

「男子二人に女子二人……青春ッスね!」

「うるせぇ! そんなんじゃねぇ!」


 事あるごとに青春を強調する紗月に空蓮はご立腹のようだ。


「席が近かったり、委員会が一緒だったりでたまたま仲良くなっただけだよ」

「そうッスかそうッスか!」


 適当な相槌を打ちながら、彼女はニコニコしている。


「とにかく! 勉強中に変なちょっかい出してくんじゃねぇぞ! アンの散歩にでも行ってろ!」


 アンとは、この家で飼われているボーダーコリーの名前である。空蓮は面倒を見ていないが、普段は紗月が世話をしているのだろうか。


「わぁすごい! 反抗期の息子ッスね!」

「楽しんでんじゃねーよ!」


 二人がふざけあっていると、玄関のチャイムがピンポンと鳴り響く。この家では滅多に押されることの無い、来客の知らせだ。


「あっ、お友達、来たみたいッスよ」

「はぁ……とにかく、大人しくしてろよな」

「もちろんッス! これでも大人ッスから!」


 これ以上言い返す気力もなく、空蓮は玄関へと向かう。


「はーい」


 軽く返事をして扉を開けると、そこには私服姿の三人が揃っていた。


「お、お邪魔します!」


 一番前にちょこんと立つ真理は、白黒のワンピースに身を包んでいる。モノトーンの全身が、彼女の三つ編みに良く似合っていた。

 対する有栖はその活発な印象通り、上はTシャツ下はホットパンツの非常に動きやすそうな格好である。


「いらっしゃい」


 三人を確認すると、歓迎の挨拶で招き入れる空蓮。こちらの世界に初めて来た時は、このような事になるとは思ってもみなかった。

 ちなみに獅子は上下共にジャージである。


「空蓮くんの家、ずいぶん広いね」

「ほんとだ……確か、お母さんと二人暮らしだっけ?」

「あぁ、うん。ちょっと広すぎるくらいだよ」


 家の広さに感心する有栖と真理。やはり二人暮らしでこの一軒家は違和感があるのかもしれない。

 最近引っ越してきた設定ならマンションの方が自然なのではないかとも思ったが、おそらく紗月の組織的におそらく一軒家の方が都合が良いのだろう。


「そうだ空蓮、菓子持ってきたけど、どうすればいい?」

「マジか。そんな気ぃ遣ってもらわなくてもいいのに」

「いやまぁ、先週も世話になってるしな」

「そっか……ありがとう」


 礼を言い紙袋を受け取る空蓮。こういうのは一旦母に預けるのが自然なのだろうが、彼女をここに呼ぶのは不本意である。適当におやつの時間にでも出そうかと考えていると、後ろから嫌な気配がしてしまった。


「あら、こんにちは! もしかして空蓮のお友達?」

「あっ、こんにちは!」


 空蓮の後ろから出てきた母親役に対して、すかさず挨拶をする獅子。こういうマナーは一番 わきまえている。


「上城戸獅子です!」

「あっ、好本真理です」

「要有栖で〜す」

「あらあら、こんなに良いお友達がいるなんて、嬉しいわ」

「えっと……お母さん、ですよね?」

「はい。空蓮の母の、指宿紗月です。上城戸くん、どうかしたの?」

「あぁいや、ずいぶんとお若いなと思いまして」

「あらやだ! も〜上手なんだから!」

「いやほんとですよ! 空蓮が一人っ子だって聞いてなかったら、絶対お姉さんだと勘違いしてました!」


 調子の良い獅子だが、実際のところ紗月は空蓮の母親というにはかなり若い見た目をしている。実年齢は二十代後半といった所だろう。


「褒めても何も出ないわよ〜! さ、空蓮、皆を居間に案内してあげて」

「あぁ……こっちだよ」

「上城戸くん、お菓子ありがとうね。三時頃にお出しするから、みんなゆっくりしていってちょうだい」

「お邪魔します!」


 声を揃えて家に上がる三人。皆にはバレないよう、紗月に対して目線で早く下がれと訴える空蓮であった。

 居間に入ると、空蓮の左に真理、対面に有栖、対角に獅子という、昼休みとほぼ同じ配置で席に着く。いつもの癖だろうか、自然とこの形になった。ちなみに空蓮と真理の後方に部屋の入り口があるわけだが、扉の向こうから嫌な気配を感じるのはきっと気のせいだろう。


「それにしてもこんな居間まであるなんて、ほんとに二人暮らしとは思えない広さね」


 立派な和室に感心する有栖。この部屋が利用されるのもおそらく初めてだろう。


「ほんとだよ。俺んより広いんじゃねえかな」

「上城戸くんって、確か兄弟がたくさんいるんだっけ……?」

「あぁ、そうだ。賑やかなのは楽しいけど、どの部屋にも誰かいるから、むしろここの方が落ち着くぜ」


 真理の質問に天井を見上げて答える獅子。勉強を始める前にこれだけは聞いておかねばと、話を続ける。


「ところでよ、空蓮……」


 少し声を潜めるあたり、確実に良くない話題だ。


「ん、なんだ?」

「お前の母さん、いくつなんだ……?」


 興味津々といった様子で首を突き出してくる獅子。先程のマナーを弁えているという記述を撤回しておこう。

 だがしかし、この話題に興味を示したのは彼だけではなかった。


「あ、それ……私も気になる……」


 隣を見ると、真理が眼鏡の奥の瞳を輝かせている。そういえば彼女もデリカシーの欠けている節があるのであった。


「あー……えっと……」


 言い淀む空蓮。扉の向こうの気配がどす黒くなっている気がする。


「ちょっ、やめといた方がいいんじゃない? そういうの……」

「ダメです団長! 好奇心を抑えるのは身体に毒です!」

「そ、そう……」


 気配を察したのか有栖が止めに入ってくれるが、真理の勢いにやられてしまった。探偵モードの彼女は非常に生き生きとしている。


「なぁなぁ、どうなんだ空蓮?」

「確か、母さんは……」


 非常に難しい質問である。紗月の推定年齢は二十代後半。仮に三十歳だとしても、十五の空蓮の母としては一般的に若すぎる。だがそれ以上の年齢となると見た目と乖離しすぎている上に、本人に聞かれているやもしれない状況だ。ここは世間体を取るべきか、彼女に気を遣うべきか。


「母さんは……確か三十七歳だ」


 世間体を取った。二十二歳の時の子供であれば、充分よく存在する範囲である。


「へぇ、マジかよ!」

「あの見た目で……指宿くんのお母さん、すごいね!」


 部屋の外から放たれる闇のオーラに、やはり獅子と真理は一切気づいていないらしい。一方で、有栖はやっちまったと言わんばかりの表情を浮かべている。後ほど雷が落ちるのを覚悟する空蓮であった。



 薄暗い部屋の中、モニターの光に照らされる一人の男性の姿がある。以前ここで紗月と話していた、あの白衣の男だ。


「今日は二人とも指宿家か……暇だねぇ……」


 資料の束に目を通しながらボヤく男。実際のところ暇では無さそうな資料の山だが、口癖のような物なのだろう。


「しかし、登校二週間で勉強会とは……ここまで差が出るものかね」


 いったい何と比較しているのか、男は空蓮のプロフィールらしき資料に目をやる。


「被検体ナンバー02、指宿空蓮……期待しているよ」


 眼鏡がモニターの光を照り返す。少し不気味なトーンで、一人呟く男であった。

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