第16話 仲間

「路地裏で立ち話ってのも気味が悪い。ちょっと移動しようぜ」

「あぁ、そうだな」


 カゲトラの提案でこの場を離れる二人。細い糸で縛られた盗賊たちの脇を抜けて、王都のメインストリート方面へと戻る。


「そういえば、こいつらどうするんだ?」

「梟を飛ばしておいたから、そのうち王都の衛兵がなんとかしてくれるよ」


 カゲトラの言う梟とは、文字通り空を飛ぶあの梟である。忍者にはそれぞれ得意とする使役動物が存在し、彼の使う梟は情報伝達に優れていた。


「そっか。じゃあ安心だな。あと、僕をここに誘い込んだ女の子がいたんだけど、たぶんこいつらにそそのかされてると思うんだ……」

「そうか……」


 アイザックの心配に、カゲトラは素っ気ない内容ではあるがどこか寂し気な返事をする。少女一人を気にかけている余裕はないと主張する返事ではあるのだが、何かアイザックの発言に引っかかるセリフでもあったのだろうか。


「なんとかしてやれないかな……?」

「アイザック……それは無理だ。お前だって、この数年で理解できただろ? この世界に、全人類を救う余裕は無い」

「それはそうだけど……せめて手の届く範囲だけでも……」

「ダメだ。そんな事言い出したら、お前全員救おうとし始めるに決まってるだろ」

「なっ……」


 反論しようとするが、自分の性格をよくよく考えるとなんとも言えずに言葉が詰まってしまうアイザックであった。おそらく、今までの行動にも思うところがあるのだろう。


「それに、仮にもお前から盗みを働こうとした盗賊の仲間だぞ?」

「でもまだ子供じゃないか……」

「犯罪者から先に救ってたら、じっと我慢してる子供はどう思う?」

「それは……まあ……納得いかないか……」

「そういう事だ。道を誤った子供に俺たちがしてやれるのは、せいぜい子供の過ちだと見逃してやる事くらいだ。間違っても、優先して救おうなんて考えちゃいけない」

「そう……だよな……なんかカゲトラ、公務員らしくなったな」

「そりゃあ、今じゃ王都お抱えの忍者だからな」

「ははっ……この二年で、随分いろいろ変わったな」

「あぁ……」


 軽く感傷にふけっていると、いつのまにかメインストリートまで戻ってきていた。


「アイザック、王都に来るのは久しぶりなんじゃないか? ちょっとしか時間ないけど、案内するよ」

「そうだな。あんまり目立たない場所で頼む」

「了解!」


 言うと、カゲトラは自分と同等の大きさのアイザックをひょいと抱え上げる。ファイヤーマンズキャリーと呼ばれる、人を肩に抱えるあれだ。


「え……?」


 一瞬の出来事に戸惑うアイザックだが、次の瞬間、疑問を抱いている余裕など無くなってしまう。カゲトラはその体勢のまま大きくジャンプし、建物の屋根を順に伝ってぴょんぴょんと王都の中心部を目指していった。


「おあああああああああああああああああああああ!!」


 この体勢で抱えられると、アイザックは必然的に真下を視界に入れる事になる。その光景に、断末魔のような叫び声を上げるのであった。


「ははっ、気持ちいいだろ!」

「いやいやいやいやいやいやいや、どこが!!」

「もうすぐ着くからな!」

「降ろせ! 今すぐ降ろせ!」

「お? このままここでか?」

「違ぁう! 安全にだ!」


 アイザックの怒声が空高く響く。あまりにも高度が高すぎて、何事かと上空を見上げるような人々は存在しなかった。



 五分ほど王都の空を飛び跳ねると、カゲトラはある建物の屋上へと降り立つ。


「はぁ……はぁ……死ぬ……もう無理……」


 その場に降ろされたアイザックは、まるで空中で酔ったかのような疲弊具合であった。


「ははっ、相変わらずリアクションが大袈裟だな、お前」

「いや……こればっかりはマジのやつだ……」


 言いながら周囲を軽く見渡すが、何も見えない。あたりには青空が広がり、遠くに地平線が見えるだけだ。どうやら、ここより高い建物が存在しないらしい。


「あれ……? ここって……?」

「あぁ。王宮の屋上だ」

「えっ……のぼっていいのか?」

「大丈夫大丈夫! 俺いっつもここで見張りしてるし! それに、ここなら地面から遠すぎて、目立たないだろ?」


 確かに、この距離であれば仮に王宮の屋上を見上げたとしても鳥か何かと勘違いしそうなものだ。


「そうだな……流石にちょっと怖いけど」

「ははっ……まぁそう言わずに、見てみろよアイザック……この広い王都、ここに暮らす人たち全員、全部俺たちが救ったんだぜ」


 言いながら両手を広げるカゲトラ。下の方を見やると、数えきれない程の建物が並び、人々が行きかい、様々な交流が生まれている。自分たちが魔王を倒さなければこの光景も失われていたのかと考えると、感慨深いものがある。


「確かに、悪くない景色だ……」

「だろ? 確かにこの国の暮らしを考えたら、さっきみたいな出来事がある以上、全員幸せとはいかないのかもしんねぇ……けどそれでも、一度は全員を救ったんだ。充分、誇っていい事だと思うぜ」

「そうだな……」


 身の丈にあった正義を。そう表現するのが謙虚すぎるくらい、アイザックの行った事は尊大な事だったのだ。マーケットのおばちゃんが言っていた通り、皆が彼に感謝している。


「ところで、なんであんな連中に苦戦してたんだ? 普通に勝てるだろ?」

「あぁいや、そうなんだけど……あんま目立つのも良くないかと思ってさ……」

「あぁ……お前、最近噂になってるもんな」

「やっぱカゲトラの耳にも入ってたか……」

「一応、情報収集が仕事だからな!」

「違いねぇや」

「両親を探してるだのって噂だったけど、ありゃ何だ?」

「あぁ……まぁいろいろと誤解があってな……どうも吟遊詩人がそんな事を言って回ってるみたいなんだが……」

「なるほどな……え、もしかしてそれを止めるためにわざわざ王都まで?」

「そんなとこだ」

「何だそりゃ……急に田舎に引き籠ったかと思ったら、意外と小っちゃい理由で出てくるんだな」

「小っちゃいって……一応苦労してんだぞ」

「バカ。お前が苦労してんのは知ってるよ。だからちょっと心配してたんじゃねーか」


 言いながら、カゲトラは肘でアイザックをこつんと小突く。


「根も葉もない噂だろうと思ってたけど、お前がマジで病んじまったのかとも思ったぜ。一瞬な」

「ははっ、僕が?」

「あぁ……」


 アイザックの返答に、カゲトラは再び寂しそうな目をする。路地で少女の話をした時と同じ目だ。


「まぁでも……前々からの事だけど、アシュリーはマジで心配してたよ。ちゃんと顔出しとけ?」

「あぁ。そのつもりだ」

「そうか。だったら良い」


 言うと、カゲトラはすっと立ち上がり目を凝らす。


「あー……何か揉め事やってんな……ちょっと放置できなさそうだ」

「相変わらず、いい目してんな」

「あぁ。魔術が使えないぶん、体で補わないとな」


 言うと、カゲトラは両手を屋根の突起にかけて、脚を後ろに伸ばす。このまま飛んでいく体勢なのだろう。


「おいおい、降ろしてくれねぇのか?」

「ん? 降りるのは得意だろ?」

「いや、そうだけど……」


 少し呆れた反応のアイザックを見て、カゲトラはニッと笑う。


「そんじゃ、悪いけど自力で頼むわ。今から仕事だ」

「わかったよ……行ってらっしゃい」

「あぁ……そんじゃまたな、アイザック!」

「おう!」


 言い残すと、カゲトラは王都の空へと飛び出して行った。


「さて……どう降りたもんか」


 アイザックが使える魔法を駆使すれば、ここから降りる方法などいくらでも存在する。今の発言は、今回はどの方法を使おうかという贅沢な悩みであった。

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