第14話 りんご
馬を小屋に預けて、アイザックは王都のメインストリートへと赴く。ここには、果物や魚、肉を売る屋台であったり、洋服や調理用品といった簡単な日用品の店など、生活に結びついた様々なマーケットが展開されている。
ここから少し歩いた先に大きな噴水広場があるので、吟遊詩人がパフォーマンスをしていないだろうかと覗いてみたが、流石にそう甘くは行かなかった。人々がよく待ち合わせに使う場所なので格好の稼ぎ場だと思うのだが、今は営業時間外のようだ。
さて、そうなると先日ウルフ狩りの時にも活躍した「サーチ」なる魔法が人探しにはうってつけなわけだが、あれは視覚の拡張時間に比例して魔力の消費が激しくなっていく。ある程度あたりを付けてからの使用を心がけないと、流石のアイザックといえどすぐに魔力切れを起こしてしまう。こちらの世界でも、魔法とはただ闇雲に使える便利な技術というわけではないのだ。
というわけで、彼はフードを深く被ったまま聞き込みを始める。魔王討伐からすいぶん時間が経っているとは言え、彼はこの世界では有名人だ。ひとたび街中で正体が割れてしまっては、どんな騒ぎが起こるか分かったもんじゃない。あまり
「お姉さん、いい物は入ってるかい?」
「あらやだぁ! お姉さんなんてあんた上手ねぇ! 旅のお方かい?」
店先で対応していた店主は、美しいまでに分かりやすい中年太りをした、気前のよさそうなおばちゃんであった。こういう人間の方が、会話に乗ってくれる分、聞き込みがしやすい。
「あぁ、そんな所だ。果物屋……だよな? 何か一つ、オススメをいただきたい」
屋台の陳列を確認すると、リンゴ、バナナ、パイナップル等、どれも瑞々しい色鮮やかな果物が雑多に並んでいた。整然と並んでいないこのマーケットらしさが、かえって購買意欲をそそるのだ。
「今日はりんごが良い所から入ってるのよ! こっから随分と北に行った所にある、ハートベルクって街から行商人さんが来てねぇ! 普段は銅貨五枚取ってるところだが、いっぱい仕入れたから今日は三枚でサービスだ! さぁ、買うかい?」
こういった類の店では、基本的に値札のような物を書いていないのが通例である。元々銅貨三枚で売っている商品に今のようなセールスを乗せるのは、マーケットで生き抜く常套手段であった。が、そのような金額差等、アイザックにとっては問題ではない。
「じゃあ、そいつを一つ貰うよ」
「はいよ! まいどおおきに!」
こちらの世界にも関西弁は存在するのだろうか、いかにも商売人らしい返事をする満面の笑みの店主。アイザックが革袋から金貨を取り出すと、棚の下の銭入れから釣銭を出そうとする。
「あぁ、店主。釣りはいらないから、ちょっと聞きたい事があるんだが」
「えっ、いいのかい、あんた? りんご一個に金貨なんて、そんな大層な情報、わたしゃ喋れないと思うけれども」
「まぁ、口止め料も兼ねてな」
「そうかい? それじゃ、ご期待に添えるかは分からんけども、何でも聞きな!」
「ありがとう。そうだな……最近、吟遊詩人が通らなかったか?」
「あぁ、その話かい!」
決定的な心当たりのある反応に、アイザックは一安心する。話の上手い吟遊詩人なのだろうか、いくらか話題になっているようだ。
「結構噂になったけれども、あんた王都にはいつ来たんだい?」
「さっき到着したばっかりだ」
「なるほど、それで。いやぁ、面白いお話をしてくれる人だったわよ! なんでも魔大陸帰りなんだってねぇ」
ビンゴだ。ナタリーが言っていた人物像とも一致する。この短期間で、そう何人も魔大陸帰りの吟遊詩人が現れるはずはない。魔大陸とは、それほどまでに危険な場所なのだ。
「なるほどな。そいつを最後に見たのはいつだ?」
「昨日のお昼過ぎだよ。一時半ぐらいだったかねぇ? 王都に来てから、毎日その時間に噴水広場で歌を披露しているのさ」
「そうか。今日も見れるかな?」
「今日は土曜日だからねぇ。ああいった手合いは、稼ぎ時なんじゃないのかい?」
「確かに。ありがとう。昼過ぎに行ってみるよ」
早朝に出発して正解であった。無事、今日中に全て済ませて帰ることができそうだ。
「あんた、ほんとにこんな話でよかったのかい? 街の噂話でいくらでも聞けるよ?」
「あぁ、いいんだ」
構わないさと軽く返事をし、店を去ろうとするアイザックであるが、ふと細かい部分が気になってしまう。
「そうか……店主、今の話、そこまで噂になるような内容だったか?」
本当に些細な違和感ではあるが、こちらの世界では吟遊詩人だってある程度頻繁に目にする存在である。話が面白い程度で噂になるものだろうか。
「あぁいや、噂になってんのは吟遊詩人そのものじゃなくってね。ちょっと妙な事言ってたんだよ」
「妙な事?」
再び店主に向き合って、真剣な表情で話を聞くアイザック。少しばかり、不穏な予感がする。
「そう。その吟遊詩人さん、パフォーマンスが終わった後、街の人たちとお話してたんだけど、その時変な事を聞かれたってんだ」
「内容、聞いてるか?」
「あぁ……なんでも、エドワード・オルブライトとリリー・オルブライトを知らないかって聞かれたんだと」
「そ、そうか……」
アイザックの蟀谷がぴくりと反応する。情報が聞けたのはよかったが、これはあまり良くない状況だ。
「英雄アイザック・オルブライトの家族は、全員炎の七日間で亡くなった。教科書にすらそう書いてあるのに、妙な事を聞くもんだから、そいつ吟遊詩人に聞き返したそうなんだ。どうしてそんな事を聞くのかって」
言うと、店主は陳列棚の上に身を乗り出して、少し小声で続ける。
「そしたら、なんとその吟遊詩人、オルブライトの子供に捜索を頼まれたってんだよ。一体何を言ってんのかねぇ、過去の悲劇を蒸し返すようなこ……」
そこまで話すと、店主はアイザックの顔をじっと見つめて一瞬動きが止まる。が、直後、びっくりした顔で問いかけてきた。
「あんた、アイザッ――」
「しっ!」
突然大きな声を張り上げる店主に、アイザックは指を鼻頭に当てて制止を促す。
「悪い店主。金貨に免じて、騒ぎは起こさないでくれ」
「ちょっ、あんた……大丈夫かい……?」
「あぁ。ちょっとした手違いがあっただけだ。それで吟遊詩人を訪ねにきた」
「そうかい……りんご、あと何個持てる?」
「えっ?」
「袋に詰めてやるから!」
「あっ、ちょっ……」
アイザックの様子を気に留めず、店主は店の一番大きな袋にこれでもかと言わん量のりんごを詰めていく。
「わ、悪いって店主!」
「金貨渡しといて何言ってんのさ! それに、ここの人たちはみんな、あんたには返しきれない恩があるんだ! これぐらいの事はさせてくれよ!」
「け、けど……」
「ほら! 持ってけ持ってけ! 金貨一枚分! 今日はよく売れる日だ!」
言いながら、店主はアイザックに対してニカッと笑う。その笑顔に、アイザックの顔も少々綻んだ。
「そっか……ありがとう、いろいろ話聞かせてくれて」
「はいよ! また御贔屓にしとくれよ!」
「あぁ、それじゃ」
軽く会釈し、店を後にするアイザック。店の裏から出てきた店主の旦那と思しき男が、その後ろ姿を見て話を振る。
「なぁ、今の男……」
「あぁ……ただのお客さんだよ……私たちを救ってくれた、ね……」
「そうか……まだ未成年だったか?」
「15歳だったかね……あの歳で、色んなものを背負い過ぎなんだよ……」
「小さな英雄か……」
「さっ、口止めされたからこの話はおしまい! 店番変わっとくれ! 話し込んだら疲れちゃったわ!」
「はいよ」
優しい人たちの心遣いで、今日も王都は回っている。自分が救った日常を目の当たりにして、感謝しながらりんごをかじるアイザックであった。
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