第12話 図書委員会
4月8日、木曜日。指宿空蓮はいつものように登校する。本日は特に事件も起こらず、予定通り授業の内容は理解できず、昨日からこれといった変化もなく昼休みを迎えた。
中学の内容を少しかじったからと言って、急激に高校の内容が理解できるようになるはずもない。この作業については日進月歩、少しずつ確実に進めていかねばと再認識する空蓮であった。
ちなみに昨日のお弁当事変に関しては、あちらの世界に帰った時に文句を言ったが、「ごめんなさいッス! 明日から気を付けるッス!」と適当な受け答えで流されてしまった。
「おつかれー」
チャイムが鳴り終わると、昨日と同様、獅子が机を回転させて後ろに向き直る。その様子を確認すると、有栖もまたこちらへとやってきた。
「空蓮くん、授業の内容、大丈夫そう?」
「いやー全然。昨日中学の内容ちょっとやってみたけど、そっちは理解できたから、大急ぎで高校の内容まで追いつかねぇとな……」
「そっか……頑張ってるのね」
「うん」
「にしてもお前、中学の授業どうしてたんだ? 外国にいた時期があったとか言ってたけど、東京に来る前は確か鹿児島にいたんだよな?」
「あっ、あぁ……まぁ、いろいろあってな」
この話題は空蓮にとって少し良くない。こちらの世界でのプロフィールを簡単に組み立てたとはいえ、完璧な設定が作りこめているわけではない。過去の事に触れられるのは、一番ボロが出やすい点だ。あまり深堀りされないよう、すぐさま話題を変える。
「あっ、そうだ! もう一人、昼飯に誘いたいやつがいるんだけど、いいか?」
「おう! 要さんは?」
「いいわよ」
「おっけー! 行ってくる!」
言うと、空蓮は立ち上がって教室の反対側へと歩いていく。ちなみに夏弓はというと、今日もチャイムが鳴るなりお弁当を持って教室を出て行った。
獅子と有栖が弁当を広げながら待っていると、空蓮が声をかけたのはちょうど教室の反対側に座る好本真理であった。
「あっ……空蓮くん、もしかして私に気を遣ってくれたのかな……?」
「ん? どういうこった?」
有栖の発言の意図が全く理解できず聞き返す獅子。人間関係に敏感なのか鈍感なのか、よく分からない男だ。
「ほら、私、初日からほとんど誰とも話してなかったから、女の子の友達いないし……孤立しないように気を遣ってくれたのかなって」
「あぁ、なるほど……あいつも男らしいとこあんだな!」
「そうね」
自分の知らない所で勝手に株が上がっている空蓮だが、好本さんと二言三言喋ると一人でとぼとぼと帰ってきた。
「あ、空蓮……?」
あまりよろしくない様子の彼を見て、獅子が声をかける。その返答は、予想通りの物だった。
「断られた……」
「お、おう……なんつーか、ドンマイな……」
「空蓮くん、ありがとうね」
「え?」
有栖からの突然の感謝に、空蓮はきょとんと彼女を見つめる。
「その……気を遣ってくれて……」
「ん……?」
「私が孤立すると思って、女子に声かけてくれたんだよね……?」
「いや、僕が好本さんと話したかったから声かけただけだけど……」
「えっ……」
言われると、有栖は自分の早とちりに気づいて急に顔が赤くなる。
「あっ、えっ……い、いい、いただきます!!」
無理やり胡麻化すようにして、今日はまともな味付けの弁当を、ぷくっと頬を膨らませて掻き込む有栖。その様子に困惑する空蓮を、獅子はにやにやといやらしい目で見つめるのであった。
日付は変わって4月9日、金曜日。今日も授業に代わり映えは無く、空蓮は空き時間に中学の勉強を進める日々が続いている。
さて、現在時刻は金曜日の六限目。通常の授業が割り振られていないこの時間は、週によってホームルームだったり学校全体での小さな行事があったりするのだが、毎月最初のこの時間は各委員会別の委員集会が行われると決まっている。
空蓮たちは図書室の隣にある図書準備室へと通され、今まさに委員会が始まろうとしていた。クラスの教室よりも少し狭い部屋、黒板の前に委員長と副委員長、右サイドにその他の三年生、左サイドに二年生、そして委員長たちの正面に空蓮たち一年生という布陣で正方形を作っている。全員が部屋の中央を見つめて席に座る様子は、まるで裁判の様な物々しさを演出していた。
「よし! それでは全員揃ったので、2049年度、第一回図書委員集会を開始する!」
委員長の合図により、委員集会が開始された。ちなみにこの非常にハキハキとした喋りで場を進行している彼女は、一昨日空蓮が見かけた、好本さんと会話していたボブカットの女性である。
「私が今期の図書委員長を務める、
なるほど、そういえば上城戸がここは文芸部の部室になっていると話していた。おそらく好本さんも、文芸部の見学生として部長の彼女と話をしていたのだろう。確かに部屋を見渡してみると、図書委員会に必要な書類等は全て棚の一角にまとめられており、あとは文芸部所有の書物やトロフィーなんかが収められていた。
「こういった具合で、まずは三年生と二年生から自己紹介してもらう。流石に一度で覚えきるのは難しいと思うので、手元の資料の委員リストと照らし合わせながら聞いてくれ」
言われて空蓮は目の前の机に配られた資料を確認する。図書委員の仕事内容やメンバーリストなんかが、分かりやすくまとめられていた。流石図書委員といったところだろう。
「では吉田、次はお前だ」
「はい」
言われると、横にいた副委員長が自己紹介を始める。委員長に倣い、名前と他に所属している部活動なんかが述べられるが、どうもこの委員会のメンバーは約七割が文芸部と兼任しているらしい。性質が似ている事もあってか、両方とも本好きが集まるのだろう。
三年生の自己紹介が終わり、二年生へと移るあたりで、空蓮はある事に気づく。ここまで全員、好きな作家を述べている。まずい。非常にまずい。この流れを新入生である自分が断ち切るというのは、あまり好ましい事ではない。かといって、空蓮はこの世界の文学など振れたことがない。出鱈目を言ってわけのわからない名前を口走ってしまうのも後々変な疑いをかけられる可能性がある。かといって、先輩たちが挙げた名前を復唱するのでは、後で作品の話を振られたりした場合に危険だ。八方塞がりだ、誰かこの流れを変えてはくれまいかとそわそわしていると、二年B組女子の自己紹介で助け船が出る。
「将来の夢は絵本作家です」
助かった、これだ! と、一瞬安堵するが、すぐに別の問題が発生する。この世界における将来の夢など、空蓮には存在しない。ただでさえ、あちらの世界でも毎日生きるのに必死なのだ。このネタでは胡麻化しきれないだろう。間違えてでも両親を救うなんて口走ってはいけない。
そうこう考えているうちに、一年生のターンが回ってきてしまった。
「それでは、一年A組、女子から」
「はい! 一年A組、好本真理です」
彼女の自己紹介が終わったら、自分の番だ。もういっその事、好本さんが助けてはくれないだろうかと縋ってしまう。
「文芸部に入部予定です。将来の夢は、小説家になることです。よろしくお願いします」
ぺこりと一礼し、彼女は席に座る。ダメだ、流れは変わっていない。むしろ将来の夢パターンも文学系の縛りが入ってしまったのではないか。もうここを活路にするしかない。出たとこ勝負だと腹を括る空蓮。そもそも名前と挨拶だけで終了するという選択肢は、なぜか彼の頭からは抜け落ちているらしい。
「一年A組、指宿空蓮です。部活はやってません」
さぁ、勝負だ。怪しまれないよう、話題は将来の夢。そして今までの二人とも被らず、話題を深堀りされる心配も無く、文学性の宿った物。あぁ、最高の選択肢があるじゃないか。この間インターネットで調べたばかりだ、自分の中にある知識で軽い話題なら対応できる。これに決まりだ。
「将来の夢は、吟遊詩人です!」
彼は高らかにそう叫ぶ。決まった。周囲の人間はみな、開いた口が塞がらなくなっている。これ以上ない見事な自己紹介だったことだろう。
奇異の目で見られている事には一切気づかず、彼はどや顔で席に座る。ただ唯一、隣の席に座る好本真理だけは、目を輝かせて彼を見つめていた。
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