第48話 観光と感情と、ついでに勘定
「――どうかな」
やや間が開いたのは、悠香も思い当たる節があるのだろう。
「私、何だか、避けられているみたいな気がして」
「気のせいよ」
決めつけるように、悠香はすぐに返答した。
「そりゃまあ、秋山君があんたをかまうことって多いから、それが要には気になるのかもしれないよね。だけど、あの子だってそれぐらい、我慢できるわよ。秋山君とあなたは幼なじみ、三年ぶりに戻って来た公子のことをかまうのは当然だって、よく分かってるよ、要も」
くどいぐらいに言って、悠香は公子へ微笑みかけてきた。
「公子が気にすることじゃないって」
「そう……よね」
自分を納得させるためにうなずいてから、公子は前の景色に目を移した。
しかし、心の目は、景色を映していない。まだ気になっている。
(ユカは、私が秋山君のこと好きだって、知らないから……。他のことなら、頼りになる相談相手なんだけど)
そこまで考えて、ふっと頼井のことが頭に浮かぶ。
(頼井君に相談してみようか? どうしよう……)
そっと頼井を振り返ってみる。頼井は、一成といっしょになって、備え付けの双眼鏡を覗きながら騒いでいた。
「だめかなぁ」
ふっと、考えていたことを口にした。
「何が?」
悠香に聞かれたが、曖昧に笑って言葉を濁した。
展望台からさらに歩き、Sという店があるO村に着いた。
「忘れない内に買っておかないと」
代金を託されている秋山は、すぐにヨーグルトを買いに走った。
その間に、公子らはソフトクリームを買って、木陰に座って食べ始める。夏の陽射しの中、合わせて四十分以上も歩いて来たので、のどが渇いていた。それだけに、格別な味に感じられる。
「――と、秋山が来た。要ちゃん、渡してやりなよ」
頼井が言った。秋山の分のソフトクリームを、要が持っていたのだ。
「あれ?」
一成が立ち上がる。
「広毅にいちゃん、何も持ってないけど……売り切れで、買えなかったのかな」
確かに、秋山の手には、ヨーグルトらしき物はおろか、何も握られていない。
「買い物は?」
秋山へソフトクリームを手渡しながら、要が聞いた。
「買ったよ」
あっさり言う秋山に、要は不思議そうに聞き返した。
「でも、何も持ってないよ、秋山君……」
「品物が生乳のヨーグルトだから、店の人に聞いてみたんだ。これから三、四時間ぐらい持ち歩いて、平気かどうか。そうしたら、ドライアイスを入れますが、ちょっと保証できかねるっていう返事だったから、一日遅れになるかもしれないけれど、宅配便で送ってもらうことにしたんだ。量も多かったから邪魔になると思ったしね」
説明を聞いて、ようやく合点が行った。
「そうと聞いたら、今日の内に一個、食べたくなったな」
悠香はソフトクリームのコーンの尻尾を口に入れた。そして勢いよく立ち上がると、
「みんなも食べるでしょ? 私がおごってあげよう」
と、他の五人を見回した。
「二百円だよ、一個」
秋山が念のためという感じで、値段を伝える。
「大丈夫。おごりたい気分なんだから。私だけ食べて太ったら嫌だもんねえ。えーっと」
任せなさいという風に自分の胸を親指で示した悠香は、再び皆を見回す。
「一成君、いっしょに行こ」
「いいよ」
素直にうなずいた小学生を連れて、悠香はヨーグルトを買いに、さっきの店に向かった。
悠香のおごりのヨーグルトを平らげてから、出発。野鳥の観察ができるという道を、時間をかけて抜けるとK里駅。およそ五時間ぶりに戻ったことになる。そこからさらに五分ほど歩いて、M村にたどり着いた。
観光地とあって見所はたくさんあるのだけれども、スケジュールの都合でお目当てのオルゴール博物館に直行する。入場券を窓口で買っていると、その近くにあるお土産物コーナーに目が留まり、そこそこ混雑しているのが見て取れた。カップル、親子連れ、女性のグループと客層はバラエティに富む。
「げっ」
入ろうとした矢先、頼井がカエルみたいな声を短く発したので、何事かと皆が彼を振り返った。代表する形で悠香が詰問調で聞く。
「どうしたのよ」
「いや、何でもない」
「ごまかそうとしないでさっさと言いなさいな。どうせ口を割ることになるんだから」
「……高い、と思ってな」
土産物コーナーの方向を親指で示す頼井。公子を含めた全員がそちらを見る。目を凝らしていた一人、悠香がやがて訝しげに言った。
「観光地なんだからちょっとは高いかもしれないけれど、騒ぎ立てるような価格ではないような」
「キーホルダーとかコースターとかを言ってるんじゃねえよ。オルゴール。ちゃんとしたショップがあって、ショーケースに陳列されてるだろ」
「――おお。確かに。0の数がぼやけてよく分からない」
「ガールフレンドみんなに一つずつ買って帰ろうと思ってたのに、あれでは手が出そうにない」
しょんぼりと肩を落とす頼井。どこまで本気で言っているのか、芝居がかっていて読み取れない。悠香からのつっこみ待ちみたいな気配さえ感じられた。
ところが当の悠香はこれを物の見事にスルーした。
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