第14話 転換点
ホールから出て、口々に感想を漏らす。
「面白くて、全然、眠くならなかった!」
要は無事乗り切ったせいもあるのか、嬉々としている。
「でも、解説は秋山君にしてほしかったなあ」
「あそこまでは、とても無理だよ」
苦笑いする秋山。
「頼井の方が知ってるんじゃないか? 何度も足を運んでんだろ」
「自慢じゃないが、星よりも女の子が気になる質でしてね」
「ほんと、自慢にならん」
相変わらず頼井をくさす悠香。
「一つ、疑問に思ったんだけど」
いい?という気持ちを込めて、秋山の顔を見る公子。秋山は、少しだけ首を動かし、先をうながしてきた。
「ギリシャ神話で、ペルセウスがアンドロメダ姫を助けるのは、まったくの偶然? おばけくじら退治のためにメデューサの首を穫ってきたんじゃないの?」
「本でも読んだことあるけど、たまたま通りがかっただけみたいだね」
「それなのに、いきなり結ばれるの?」
「それは……命の恩人ということで」
「俺、映画で観たことあるけどさ」
頼井が割って入った。
「ちょっと古い映画、レンタルして観たんだ」
「デートの一環で?」
悠香の茶々に、大まじめにうなずく頼井。またはたかれた。
「ててて……。で、『タイタンの戦い』っていうタイトルだった、確か。それがペルセウスの話そのものなんだけど、実際のギリシャ神話とはちょっと違ってた記憶があるな。さっき、公子ちゃんが言ったように、アンドロメダを助けるためにペルセウスはメデューサ退治に出向いたはずだ」
「やっぱり。その方が、話としてはまとまりがつくわ」
とは言ったものの、運命的な出会いの方が、ロマンチックかなとも思えてくる。難しいところ。
「ねえ、ペルセウスがメデューサを退治する、詳しい話はないのかしら?」
要が秋山に尋ねた。
秋山は微笑んで、説明を始めた。
「あるよ。そこの部分は結構、諸説あって、ややこしいんだけど――」
運動会が近づいていた。
普段の時間割を調整し、学年ごとの合同体育の時間を増やす。当然、公子達も同じ時間にするようになるわけだ。
「二時間連続はきついけど、いっしょにいられて楽しい」
休憩に入って、三人で集まる。
「秋山君が近くにいてくれたら、もっと楽しいんでしょうねえ、あんたは」
悠香があきれている。それをあっさり認める要も要。
「そうだけどぉ……こういうときは呼びにくいものね」
ちらっと、男子の方を見やる要。秋山はそちらで元気よく喋っている。
「ふむ。何とかしてやれないこともない」
悠香が何か探るように言った。
「ユカ?」
公子と要がそろって聞き返すと、悠香は気の進まない表情を深めている。
「……秋山君を呼ぶの、簡単だよ」
「どうやって?」
「頼井といっしょにいること多いでしょ、秋山君。だから、私が頼井のばかに声をかけたら」
なるほど――公子と要はうなずき合った。
(それでユカったら、そんな複雑な表情してんのね。でも、頼井君て悪い人じゃないよ。そう思う)
「まあ、そこまでしなくても。時間、中途半端だし」
「呼ばなくていいのなら、私も助かる。それより、カナ」
と、悠香は真剣な顔つきになって、要に視線を投げかけた。
「はい?」
「あなた、どうするの? 秋山君との仲、だいぶよくなったみたいけど」
唐突な切り出しように戸惑ったのは、要ばかりでないだろう。公子もどぎまぎしていた。
(こんなときに……)
「そ、そうかな」
照れた様子の要。
「そうだよ。だけど、それ以上、まるで進んでない。いつまでたっても集団デートでいいわけ?」
「そ、それは――」
「早く二人だけのデートをするようになって、そこからまた、自分の気持ち、打ち明けるまで持っていかないと」
「……できるかしら」
軽く握った右手を胸に持っていく要。
「ねえ、公子もそう思うでしょう?」
不意に、悠香が話を振ってきた。
「え? あ。ええ」
要の様子ばかり気にしていた公子は、曖昧な返事しかできない。悠香が、不思議そうな目で見返してきている。
「どしたの? ……ま、いいか。そろそろ手を引くべきではないかと、私は思うんだけどね」
「手を引くって」
「私達が引っ付いていくの、よそうってこと。もちろん、頼井や石塚君もね」
「……カナはどういう気持ち?」
無理に作った笑顔で、要に問う公子。自分の気持ちがばれてしまわないかよりも、要の意志が気になる。
「この間のプラネタリウムのときは、まだ恥ずかしがってたみたいだけど」
「うん、そうなのよね。みんながいてくれたら、話せるのよ、多分。それが二人きりになんてことになると、もうだめ! 血が上ったみたいに顔が熱くなって、何を言い出すか、自分でも分からなくなるわ」
「らしくないわねえ。カナの性格、よく分からん」
ため息をはきながら悠香。
公子の方は、心の中で、ほっと一安心の息をつけていた。
「結局、まだまだ集団デートが続けたいと?」
「うん、ユカちゃん。それがいいと思うの。私、自分に自信ないから、まだ」
「あーあ」
無駄だったかという具合に悠香が伸びをしたところで、休憩時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。
運動会まであと三日と迫っていた。
前の引っ越しも突然の話だったけれど、今度のはもっと突然だった。
両親から話を持ち出され、公子は掛け値なしに途方に暮れてしまった。
「来年の一月からだから、時期的には忙しいけれど、公子にはちょうどいいと思うんだ」
「そうよ。新学期からだと、何かと都合いいでしょう?」
両親は、普段より若干、猫なで声。
「急に言われても」
「転勤が急なのは、仕方がないことなんだよ。今度なんかまだいい方だろう。まだ実際に引っ越すまで、二ヶ月あまりあるんだから」
「……単身赴任とかじゃだめ?」
「何年になるか分からないしな。その何だ、会社の方が家族ごと面倒を見てくれるって言ってるから」
「じゃあ……私だけ残る」
「何を言い出すの」
母親の声がきつくなる。見開いた目が、公子をとらえる。
「一人暮らしするって言うこと? 中学生でしょ、あなたは」
「でも、学校、かわりたくないもん」
「わがまま言うんじゃありません。危なくてさせられますか。食事一つをとっても、大変なことなのよ」
それは言われなくても、公子自身、よく分かっている。でも、今は理屈で動いているんじゃない。感情で動いているのだ。
「どこかのお店で、住み込みでアルバイト――」
「公子!」
皆まで言わせてもらえない。
「そんなに今の学校がいいのかしら? 離れたくないぐらいに親しい友達でもできたの? あれほど引っ込み思案だったのに……」
怒ったあとの母は、今度は困惑の表情を浮かべる。
「そうよ」
「公子」
父親が言葉を挟んだ。
「そういった親しい友達の関係を持てたのは、いいことだと思うよ。公子がそんな積極的になったなんて知らなかったから、びっくりしたぐらいだ。その仲を、お父さんの都合だけで分けてしまうのは、確かにすまない」
父は軽く頭を垂れた。
「それなら」
「もう少し、聞いてほしいんだ、公子。……さっき、何年になるか分からないって言ったけれど、向こうでの仕事が終わったら、ここに戻ってくる約束になっているんだ。つまり、今、離れ離れになっても、その友達とはまた会えるわけだ」
「何年も会わなかったら、忘れちゃうかも……」
「そうだろうか。本当に親しい友達なら、たとえ何年も会えなくたって、つながっているものじゃないかな。もし数年で忘れるとか、関係が薄くなるような友達なら、真に親しい友達とは言えないと思うんだが……違うかな?」
「……」
反論すべき点は見当たらない。ただ、ここで簡単にうなずいてしまうのには抵抗があった。
「……戻って来たとき、私の行きたい学校、受けさせてくれる?」
妥協点を見出した公子は、それでも振り絞るようにしてその言葉を口にした。
両親は、それで充分、満足した様子。
「もちろんだとも。それじゃあ、転校ということで、いいんだね?」
「……うん」
ほっとした顔つきで互いに見合っている両親を横目に、公子は辛い決断を下した。
(わがまま言えないもの、ね。秋山君……)
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