第13話 プラネタリウム

 曇り空の下、科学博物館は威厳を持ってそびえていた。曇っているからこそ、そう感じるだけかもしれないが。

「何か、大げさな建物ねえ」

 ほとんど気にしていない口調の悠香。

「一年くらい前に改装して、外見も現代風になったんだけど」

 わけ知りの秋山は、注釈を付けた。

「時間は?」

「十一時二十分」

 待ち合わせた駅から五十分かかっている。秋山の言った通りである。

「とにかく、中に入ろ」

 石の階段を上っていく。日曜ということもあってか、なかなかの人出である。

 入場料は、中学生料金で五百円。高いのか安いのかよく分からない。入場券には、プラネタリウムだけでなく、現在やっている展示――天気予報の仕組みとか化石などについて謳ってある。

「外見はお堅いイメージだったけど、案外、面白そうね」

「外見と中身が一致しているおまえとは大違い」

 悠香に対し、余計な一言を口にする頼井であった。

「二人はほっといて、お昼まで、色々回ろう」

 公子と要の間で、秋山がささやいた。

「大丈夫かしら?」

「平気だって。頼井がここのことはよく知っているし、十二時半に食堂前で待ち合わせだから、はぐれやしないよ」

 公子の心配を一蹴する秋山。

 さて行こうとしたとき、公子はふと思い付いた。

(カナちゃん、秋山君と二人きりの方がいいのかな?)

 公子は秋山に断って、要と二人でひそひそ話。

「カナちゃん、二人きりになる方がいい?」

「そ、それが……」

 顔を赤らめる要。下を向くから、頭にちょこんと載せた緑のベレー帽が、落っこちそう。

「学校とかならともかく……こういう場所では、まだちょっと」

「恥ずかしい?」

「うん。もしも秋山君と二人になったら、私、一言も喋れなくなりそう。キミちゃん、いっしょに回ろ。ね?」

「そりゃあ、私も一人になるのは寂しいし。いいけど」

 そう答えてから、急に自分が嫌になった。

(私のばかっ。何て恩着せがましいの! 私だって、秋山君といっしょにいたいだけなのに……。正直に言えないのが、こんなにも辛いなんて……)

「ありがとう。恩に着るっ」

 要は楽しげな表情になって、秋山の方を振り向いた。

「話は終わった?」

「ええ」

 三人で、天気予報の仕組みとやらに足を向ける。

 お客が多いせいもあって、ざっと回ってみたところ、ラジオゾンデという観測のための気球の紹介、雲のでき方や種類、気象予報士になるための試験をクイズにしたコンピュータ等、分かりやすい内容になっていた。

 気象衛星の「ひまわり」についても、模型と共に紹介がされていた。秋山が最も興味を示したのがこれである。

「これ、星の観測なんかはしないのかしら?」

 要が秋山に聞いた。

「そうみたいだね。星のデータを収集するのは、ちゃんと別に天体観測用の衛星があることだし」

「わざわざ宇宙で観測するんだ?」

「うん、大気――空気の関係で。空気がない方が、星を鮮明にとらえられるんだよ」

「ふうん。こんな透明な物でも、邪魔になるのか」

 宙を手でかき回す要。

 その仕種が何ともかわいらしくて、公子も秋山も笑ってしまった。

「あー、ばかにして」

「そ、そんなことないって」

 ふくれた要を、秋山がなだめにかかる。

「ぜぇったい、そうよ。ふん、秋山君もキミちゃんも、ちょっと頭がいいからって」

「私は違うったら。秋山君はそうだけど」

 公子は冗談めかして、要の味方に回った。

「こんなことですねられたって、僕はどうすりゃいいのさ、まったく」

 小さく、お手上げのポーズをする秋山だった。

 それから、化石の展示を回る時間はないと判断、食堂に向かった。

「こういうとこって、あまりおいしくないんだよね」

 文句が自分に来ないようにするためか、秋山は予防線を張った。まあ、真理ではある。

「ねえ、それよりも、ユカ達がまだよ」

「そう言えば」

 左袖をまくり、腕時計を見やる秋山。

「十二時三十一分ってところだけど。どうしたのかな……。あっ、来た来た」

 秋山が目線で示した方向には、何やら言い合う悠香と頼井の姿があった。

 そのあと、五人そろって昼食をすませ、いよいよプラネタリウムのあるホールへ向かう。

「席、前の方がいいの?」

 先に行っていた要が秋山に振り返る。

「プラネタリウムそのものが邪魔になるから、前の席はあまりよくない。やっぱり、中程が一番かな。映画館といっしょだよ」

 そのアドバイスに従った結果、公子達はちょうど中程の座席に横一列に収まった。映画館の座席に似ているが、座ると背もたれがかなり後ろに傾く。上を見やすいようにするためである。

「影絵が描いてあるんだ」

 公子の感想の通り、ドーム状の屋根と壁との境目を、家並みに似せた影絵がぐるりと取り巻いている。

「そう、雰囲気を出すためにね。方角も記してあるだろ」

「ほんと」

 確認してみると、公子達のいる席は、ほぼ真南ということになっている。これが実際の方角と合致しているかどうかは、はっきりしない。プラネタリウムのための便宜上の方角かもしれないから。

「始まったら、私語厳禁になってるから、喋るのなら今の内」

 明かりが落とされていくホール内で、秋山の冗談めかした口調が聞こえる。

「そうだな。うんうん」

 妙に納得してる頼井。どうしてなのか、悠香と隣り合って座っている。

「何が、うんうん、よ」

「おーい、まじで静かにしてくれよ」

 やれやれといった調子で注意した秋山。

 比較的小さな音で、ブザーが鳴った。出入り口の扉は、いつの間にか閉じられていた。ざわめきが静まり、女性の声でアナウンスがかかる。

<ただいまより、プラネタリウムの上演を行います。本日のテーマは、秋の星座と流星群となっております。上演時間は約一時間十分。上演中はなるべく私語をお慎みください。外にお出になる際は、出入り口におります係の者にお申し出ください。また、携帯電話もしくはポケットベルをお持ちのお客様は、電源を切っていただくようお願い申し上げます。――間もなく、開始いたします>

 一度は静かになった場内だが、子供連れが多いせいだろうか、また少しざわつく。赤ん坊らしい泣き声まで、聞こえるくらい。

(始められるのかしら)

 公子の不安を打ち消すように、それは始まった。

 どこかで聞いたことのある、懐かしいメロディが静かに流れ出し、まず、夕方の景観が、ドームの天井内側に投じられた。西の空がオレンジ色に染まり、その他の方角は段々と暗くなっていく。ぽつぽつ、星が現れ始めた。「あ!」

という声が、そこここでこぼれたが、それだけで収まる。

 西の空の色はオレンジから赤へと変わり、瞬く間に暗さを増していった。目に見えて沈む太陽を意識するのは、どことなく不思議な感覚を誘う。

 すっかり夜となり、音楽が途絶えたところで、今度は男性のアナウンス。

<秋の夜空を彩る星々、その一番手達が顔をそろえました>

 優しげな声だ。ふと気づけば、北方向のやや奥まったところにスペースがあり、男の人が座って、マイクに向かっている。

<しかし、本当にすべての星が出そろったわけではありません。今、皆さんの頭上に展開している星空は、いつも目にされている星空とさほど変わりはないでしょう。街には、照明やネオンといった光があふれています。普段の生活には必要ですが、星を眺めるにはちょっと邪魔です。そこで、少しの間、消してもらいましょう>

 一拍の間を置いて、夜空が変わる。これまで見えなかった星々が、一気に現れた。これには誰もが声を上げてしまった。

<いかに街の光が明るすぎるか、お分かりいただけたましたか? でも、これでもまだ、少し寂しいですね。月があるからです。お月様も星には違いないのですが、明るすぎます。お願いして、休んでもらいましょう>

 東方の空にあった月が、ぱっと消える。と同時に、さらに小さな星々が姿を見せた。再び、「わぁー」という歓声。

<これが本当の星空です>

 観客の歓声を気にする様子もなく、絶妙の間で男の人のアナウンスは続いた。

 星座の解説が始まる。ドーム天井に投影された白い矢印を指示棒代わりに使っての説明だ。

 最初、星を一つ一つ指し示し、星座の形を説明し始めたが、すぐに「分かんないー」という子供の声が飛ぶ。

<おや。参りましたね>

 おどけたような口振り。

<そうだ、これを忘れていました>

 次の瞬間、空一杯に様々な絵模様が映し出され、また歓声。

<星座を分かりやすい絵にしたものです。これで見ていきましょう>

 解説ぶりに、感心してしまう公子。

(私語を慎めなんて、建て前だけ? 解説の人も、声がある方がやりやすそう)

 それから知っている星座を探そうとする。

(さそり座は季節が違うから……と言って、オリオン座は早すぎるし。あとはカシオペア座とペガサス座ぐらい)

 改めて見ると、聞いたこともない、謎めいた名前の星座が数多い。とてもその形に見えない物も少なくなかった。

 カシオペア座では、北極星の見付け方も説明された。そして、常に真北を示す北極星も、何千年もの間には変わるという話も付け加えられた。

 代表的な星座の紹介が終わったところで、星座にまつわる神話に話題が移る。

<今回は、有名な勇者ペルセウスとアンドロメダ姫の物語をしましょう>

 天の一角に白く四角いスペースがとられた。そこにギリシャ神話を語る絵が、スライド方式で写される。

 エチオピアの王妃カシオペアの娘、アンドロメダは美しかった。カシオペアが娘の美しさを「海の妖精よりも美しい」と自慢したことが、海の妖精やさらには海の神の怒りに触れた。

 海神はエチオピアの海でおばけくじらを暴れさせた。そしてくじらを鎮めるにはアンドロメダ姫を生け贄に差し出すよう、カシオペアに命じた。姫は海に面した岩壁に鎖でつながれ、いましもくじらに襲われそうになった。

 そのとき、天馬ペガサスに乗った勇者ペルセウスが現れ、くじらの前に降り立った。彼は南海の果てにある国で退治したメデューサという怪物の首を、くじらに対して突き出した。メデューサは髪の毛一本一本が蛇になっており、その恐ろしい顔をまともに見た者は誰であろうと石になってしまうという、恐ろしい怪物。そんな怪物の首を見せられては、さしものばけものくじらもひとたまりもない。見る間に石と化し、ずぶずぶと海底に沈んでいった。

 ペルセウスはアンドロメダ姫を見初め、二人はのちのちまで幸せに暮らしたという……。

(冷静にたどると都合のいいところもあるけど……運命の人とは結ばれるってことかしら)

 ふと、隣の秋山のことがよぎる。けれど、そのもう一つ向こうの席に要のシルエット姿を認め、公子は頭を振った。

 解説の内容はメインテーマである流星群に入っていた。流星群にはそれぞれ活発な時期があり、先のペルセウス座の流星群がこの間終わったところで、次にある代表的な流星群はオリオン座のそれだという。十月中旬から下旬にかけてのことというから、もう少し先だ。

<では、少し時間を進ませ、十月二十日の夜空で、オリオン座流星群を見てみましょう>

 一時間に平均三十個ほど飛ぶという流星は、仮想現実とはいえなかなかきれいに映った。つい、願いごとを三回、唱えたくなる。

 やがて、白々と東の空が明るんできた。天に浮かぶ星座も、秋の星座から冬、さらに春のものになりつつあったが、それもかすれていく。

<今日、皆さんがご覧になった星々を実際の空でも確認できれば、大変うれしいことです>

 そんな言葉で上演はしめくくられた。

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