第25話 もう一人のライバル?

 ほっとしているところへ、例の色白の子と目が合ってしまった。公子は急いで席に戻ろうとした。が、再び先生の声。

「そういうことだから、みんな、分かったな? 一つ、言っておくが、朝倉は編入試験でとてもいい成績を取っているぞ。そこらは切磋琢磨して、やってくれ。で、朝倉は秋山とは中学で同級だったな?」

「そ、そうです」

「だったら、とりあえず、秋山に何でも聞けばいいから」

「はい」

 ようやく席に戻れた。

「上出来。中学のときより、ずっと話せるじゃない」

「秋山君のおかげ」

 笑顔を返す。

「でも、先生が成績のことまで言わなくていいのに」

「それは言えてる」

「こらっ」

 小さな声で話していたら、当の先生から注意されてしまった。

「何でも聞けと言ったが、今とは言っておらんぞ」

 笑い声と、冷やかしの声が飛んで来た。

(失敗。――それにしても、あの人、秋山君とどういう関係なんだろ?)

 公子は落ち着くと、二つ隣の女子を見やった。すました態度で自己紹介――今やっているのは飯田――を眺めている。公子が前に立ったときは、もっときつい目つきをしていたように思う。

 やがて、その色白の子の番が回ってきた。

白木麻夜しらきまやです」

 第一声に、公子は自分の耳を疑った。

(さっき、廊下で話しかけられたときと、全然違う……。こんな、かわいらしい声じゃなかった。意志が強そうで、冷めたい感じの)

「一年のときは一組でした。得意なのは英語、苦手な科目は作らないようにしています。クラブは地学部です。趣味は旅行すること、特技はピアノ演奏です。よろしくお願いします」

 簡単な自己紹介だった。ただ、話しているときの目線の位置が、実にうまい。人に見られていることを意識し、計算している、そういう感じだった。

 席に戻る直前に、白木が視線をよこした。そんな気がして、はっと顔を上げた公子は、勝ち誇ったような表情をそこに見た。

(やっぱり、いきなり嫌われてるみたい。考えたら、あの人、一組だったとか、地学部の部員だとかを強調していたような。つまり、秋山君と同じなんだって言いたいとか……。あの白木さんも、秋山君のこと)

 そこまで考えて、疑問が起こった。

(秋山君、カナのことを誰にも言ってない? ユカはどうだったかしら? そう、ユカはカナ自身から聞いたんだっけ。それじゃあ、秋山君の口からは、誰にも伝わってないのかな。それじゃあ、白木さんから好意を持たれているって、秋山君は気づいていない? 逆に、カナちゃんが白木さんのこと知ったら、どうなるんだろ? ――何だか、こんがらがって来ちゃいそう)

 頭を抱えたくなる。

 あれこれ考えていたら、四十二人目の若菜の自己紹介も、いつの間にか終わっていた。

「さーて、全員の人となりが大まかに分かったところで」

 有馬先生は、いい加減なことを言った。さっきの自己紹介程度で、分かるはずがない。ことに、転校生にとっては。

「級長を選ばないといかん。これから紙を配るから、男女一名ずつを書くように。得票の多かった男女一名ずつを、級長と副級長にする。その男女二人を比べて、得票数の多い方が級長だ」

 わら半紙を適当に切っただけの投票用紙が配られる。公子が紙の束を後ろに回すとき、「俺に入れないでねー」と、飯田から冗談めかして言われた。

(秋山君の友達って、みんな面白い感じ。さ、誰に入れようかな。男子はやっぱり、秋山君しかいない。女子……分かんない。自己紹介、聞いていたけれど、うーん。茶道部に入ってるって言ってたあの人は、ええっと)

 ひょいと、少しばかり背筋を伸ばして、顔の確認。

 五列目の前から五人目の女子が、公子の記憶と一致した。すぐさま、黒板に残っている座席表で名前を調べる。

富士川ふじかわさん、ね。下の名前は……そう、『みな』だった)

 ところが、いざ紙に書こうとして、手が止まる。下の名前の漢字が分からない。他に富士川という姓がないことを確かめ、用紙には結局、秋山広毅、富士川と書いた。

「全員、書いたな? じゃあ、集めるか。二つ折りにして、各列、後ろから前に送れ。前に来たのを秋山、おまえに頼もうか」

 すっかり、雑用係扱いだ。

(秋山君に入れたの、まずかったかしら? 秋山君がクラス委員になったら、大変だろうな。それに、私達といっしょにいる暇がなくなるかもしれない)

 用紙を出してから、ちょっと後悔する公子。

 開票。先生が読み上げ、秋山が黒板に書いていくという形式が取られた。

 予期していた通りと言うべきか、男子は秋山に票が集まる。他に、はせ長峰ながみね二宮にのみや野本のもとといった名前が見られたが、秋山との票差は開くばかり。

 女子の方は、どういうわけか公子にも三票。成績だけで判断したか、興味本位で入れられたとしか思えない。

(秋山君が入れてくれたとしたら、別だけど)

 女子の上位を争っているのは、あの白木の他、もり工藤くどう、それに公子も選んだ富士川の名前があった。他人を見る目、まんざらでもないのかなと、少しいい気分。

 四十二人の票が読み上げられ、最終的に決まったのは――。

「男子は十九票で秋山広毅、女子は十三票で白木麻夜が最も得票した。だから、一学期の級長は秋山で、副級長が白木だ」

 書記役をしていた秋山はそのまま残り、白木が前に進み出た。

「多数の推薦に、肩が重たいです。面倒を押しつけられましたが、一生懸命やりますので、みんな協力するように!」

 秋山はいつもの調子で、沸かせる。

「副委員長になりました、白木です。秋山君と力を合わせて、クラスのためにやっていきたいと思います。よろしくお願いします」

 みんなが拍手している中、今度の挨拶にも公子は引っかかりを覚えてしまう。

(『秋山君と力を合わせて』……。私だけが過敏に反応してるんじゃないよね。絶対、わざと強く言ってる)

 休み時間になった。第一日目の行事としては、あとは大掃除があるだけだった。

 掃除の関係だろう、秋山は早速、何ごとかの指示を先生から受けている。公子は手持ちぶさたから、廊下に出た。

「お、ちょうどよかった」

 声のした方に悠香がいた。壁にもたれて、退屈そうにしている。悠香は公子のそばまで来ると、また壁にもたれかかった。

「どんな印象だった?」

「最初は緊張したけどね。だいぶ、慣れてきた感じ」

「そりゃ結構。秋山君は?」

 頭の位置をずらし、三組の教室を覗く悠香。

「クラス委員になっちゃったわ。大掃除だから、ワックスか何か、取りに行ったのかな?」

「なーるほどね。彼、一年の二学期も委員長だったんだよ」

「そうだったの。でも、忙しくされたら、私が困る」

「ま、辛抱なさいって。待てよ。委員長だったら、かえって堂々と聞けるんじゃないの、分からないこと」

「それはそうかもしれないけど……。そうだ、白木さんて知っている?」

 気になっていたことを確かめたくなった。白木も今、教室にはいない。

「知ってるよ。あんまり親しくない……と言うよりも、好きじゃないけど。白木さんがどうかした?」

「あの人、秋山君のことを……」

「そうみたいだね」

 あっさりと答える悠香。

「結構、有名だよ。同じ部に入ったのだって、無理に合わせたんじゃないかって」

「カナちゃんは知っているの、白木さんを?」

「知らないんじゃない?」

 こればかりは素っ気ない返事。

「だったら、秋山君がカナちゃんと付き合い始めたっていうのは……?」

 要をだしにしたような気がして、公子はちょっと心苦しさを覚えた。

「うん、ほとんど誰も知らないはずだよ。えっと、私と公子の他は、頼井のばかが知ってるだけのはず。多分、秋山君は誰にも話していないだろうから」

「秋山君自身は、白木さんに、その……想われてるってこと、自覚しているのかしら?」

「さあ……。秋山君、案外、鈍いところもあるし。どうだろ?」

 結局のところ、さほど情報は得られなかった。

 もうすぐ休み時間が終わるので、教室に戻ろうとしたら、悠香に呼び止められた。

「公子、どうして気にするの?」

「え……」

 すぐに返答できない。

(そっか。ユカにとっては、カナちゃんと秋山君のことなのに、私が気にしていたら……)

「そ、それは、やっぱりさ、カナちゃんのことが」

「心配だってか?」

 悠香が一人、うなずいたと同時に、チャイムが鳴った。

「じゃ。終わったら、いっしょに帰るでしょ」

「もちろん」

 心の中で謝りながら、公子は笑顔で答えた。

(ごめん。私、ユカにも嘘をついてるんだ……)

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