第24話 自己紹介
大げさでなく、公子には、秋山が気づいてくれたのが、天の助けに思えた。
「公子ちゃんは人見知りする方だから、あんまり恐がらせるなよ」
「恐がらせるつもりなんてないけどな」
飯田という男子は、おどけたように笑った。
「ただ、一年のとき、同学年の女子全員を記憶したつもりの自分としては、知らない子がいると、つい気になっちゃうわけ」
「それはよくない趣味だ、飯田クン」
秋山はつっと立ち上がると、公子の前を通り過ぎ、飯田の机に片手をついた。
「軽音はよほどもてるらしいねえ」
「いや、それほどでも」
両手を胸の高さに上げ、「押さえて押さえて」のポーズをする飯田。
「おい、秋山」
そこへ、先ほどの若菜が加わる。
「さっき、『公子ちゃん』って言ったっけ? 何だか親しそうだな。その子、転校生なんだろう? なのに、どうして知っているのか、詳しく聞きたいぞ」
「どうでもいいだろ」
「よくない」
飯田、若菜、室田の三人は、にやにやし始めた。
(何か……)
公子はあ然としていた。
秋山を見ると、少し顔を赤くしてるような気がした。
(何か……うれしい)
「若菜、おまえと同じ中学だぜ」
秋山は決心したように、口火を切った。
「へ?」
「ま、知らなくても無理ないかもな。公子ちゃんは中二のとき、一度、転校しているんだ」
「そういう点はともかくとしてだ。どういう関係?」
飯田は座ったまま、公子と秋山を交互に見つめてきた。別に他意はなく、単なる好奇心から聞いている。そんな態度だ。
「……簡単に言えば、小学生のときからの友達さ。ね?」
秋山にいきなり話を振られて、戸惑う公子。
「え? あ、あの、はい。そ、そうなの。四年のときから」
自分の早口に、自分で驚いてしまう。
「すると、単なる幼なじみか?」
室田が念押しするように、秋山に尋ねた。
秋山は、少しの間、逡巡したかと思うと、公子の顔を見て、にっと笑った。そして次に彼の口から出た言葉は、口調を改めていた。
「うーん、ま、色々ありましたが、今のところ、いい友達ではないかと」
「何だよ、色々って?」
「教えてやらないっ。思い出は人に話すと、それだけしぼむんだぜ」
意地悪い風に笑う秋山。
(あのときのこと、言っている……秋山君。どういう意味? カナちゃんとカップルになったんでしょう?)
公子は表面では声を立てずに笑いながら、そんなことを考えていた。
「何だよー」
ぶうぶう言ってる男子三人を置いて、秋山は時間を確かめた。
「八時四十……七分ってところか。そろそろ体育館に行こう。公子ちゃん、あまり分からないだろう?」
秋山の誘いに、席を立った。
「え、ええ。あまりと言うより、全然」
体育館の始業式では、公子は緊張してしまった。と言うのも、こういった式典や体育ではよくあることだが、男女別に二列になって、背の順に並んだからだ。つまり、秋山とは離れ離れに。
一時間弱で式は終わり、教室に戻るときはもう、公子は秋山の横にくっついていた。今は周りの目が気になるから、話こそほとんどしないものの、秋山の近くにいると、それだけで安心できる。
「ちょっと、あなた」
まただ、と公子は思った。後ろから急に呼ばれるのに、なかなか慣れない。
(でも、今度は女子だから)
と、いくらか落ち着いて、公子は声のした方に顔を向けた。
「私?」
「そうよ、あなたよ」
肌の色が比較的白い、きれいな子がいた。つやのあるストレートの髪は長く、背中の中程ぐらいまであるだろうか。額を少しだけ隠す程度に切りそろえられた前髪の下、細い目はややつり気味。民話で聞く雪女をイメージさせる。
(口調がきついみたいだけど……)
にわかに不安になる。
「あなた、転校生でしょ」
「はい……?」
「秋山君とどういう関係なのよ」
「え?」
思わず、立ち止まってしまう。
(いきなり何を言ってるの、この人?)
相手の女子も、仕方なさそうに立ち止まった。
「どういう関係って……」
「もう、ぐずぐずした人ね。いいこと? とにかく、なれなれしくしないでほしいの。分かったわね」
それだけ言うと、相手は駆け足になった。そして、秋山に追いつき、何か話しかけていた。
(な、何よ。自分の言いたいことだけ言って……。でも……話をしているんだから、秋山君の知っている子なの?)
最前の女子のことが気になる。が、急がなければならないと思い出し、あわててクラスに向かう。秋山の姿は、もう見えない。
教室に入り、自分の席に座ろうとして、公子はそれに気づいた。
さっきの色白の子が、自分の二つ左隣の席にいたのだ。公子のすぐ左隣の子と、何やらひそひそ話をしている。
その顔の向きから、着席するとき、公子は相手と目が合ってしまった。
が、相手の子は何ごともなかったように視線をそらすと、続けて話している。
(どういうつもりなんだろ。あの人と秋山君、どれぐらい親しいのかしら)
そう考えて、秋山に声をかけようとしたところで、ちょうどチャイムが鳴り、ほとんど同時に、背広を着た大人の男――担任の先生が入ってきた。黒縁のめがねをかけた中背で、平均より少しやせているか。年齢は三十代半ばぐらい。才気走ったというのだろうか、目が特徴的だ。
先生は教壇に立つと、教卓に両手を突いた。しばらく間があって、先生はあっと何かに気づいたように手を頭にやる。
「あーっと、まだ級長は決まってないんだったな」
ちょっと笑いが起きる。
先生は何とも感じていないように、めがねの奥の目を教室全体に走らせた。
「そうだな、秋山。とりあえず、おまえが号令をやってくれ」
「分っかりましたっ」
秋山の返事に、くすくすと笑い声がこぼれた。
(先生に指名されるなんて、ひょっとしたら優等生で通っているのかしら? 頭は前からよかったけど、何だか信頼も厚そう……)
公子は、前に座っている秋山をますますうらやましく、また頼もしく感じた。
その刹那、唐突に秋山が振り返った。
(こんなときに何?)
「『礼』のときは、何も言わなくていいから」
小声でそう教えてくれた。まだ何のことかのみ込めないでいる内に、朝の挨拶が始まった。
「起立!」
秋山の凛としたかけ声に、みんな一斉に立ち上がる。
「礼!」
二つ目の号令を聞いて、公子はさっきの秋山の言葉をとっさに理解した。
(前の高校では、「おはようございます」ってやってたっけ)
おかげで公子は、一人だけ声を出すこともなく、他の全員と同様に黙礼することができた。
「着席」
座って、秋山にお礼を言おうとしたものの、すぐに先生の話が始まってしまった。仕方なく、口をつぐむ。
「えー、君らの二年目を受け持つことになった
それからも先生の言葉は続き、ついで、各連絡事項に移った。それも短く終わったところで、クラスメート各自の自己紹介に入る。
三番目に回ってくる公子が、喋る内容をまとめるのに焦っているところへ、
「顔がよく見えるように、前に出てやってもらおうかな」
などと有馬先生が言い出した。
「えー、
一人目が始めた。
公子はその内容や顔を覚えるよりも、どういう風に自己紹介するかに意識を集中させる。
あっという間に終わり、二人目、秋山に回る。
「秋山広毅、十六才」
歳はわざと言ったのだろう。すかさず、飯田から「普通はそうだわな」と茶茶が入って、どっと沸く。
「つっこみ、どうも。話を戻して、好きな科目は理科全般。好きと得意は違いますので、お間違えなく。クラブ活動は地学部で望遠鏡を覗いています。文化祭では様々な催しを考えてますので、ご期待あれ。趣味は飛行機とかの模型作り。特技は日本拳法で、護身術を習いたい向きはどうぞ、聞いてください。少しはアドバイスできるかもしれません。それから、一年のときは一組で、二年になっても同じクラスになったのがちらほらいますので、安心しました。それに、二年ぶりに会えた友達と同じクラスになれた幸運にも感謝しています」
うまいなあと感心し通しだった公子は、最後の言葉に、はっとした。
(ななな、何てことを。他に転校生、いないんでしょ? だったら、私のことだって、丸分かりよ)
戻って来た秋山を、恨めしげに見上げてやった公子。
その表情から察したのであろう、秋山がささやいてきた。
「公子ちゃんは、ラッキーと思わない?」
「それは……」
「じゃ、決まり。大丈夫、うまくいくって」
立ち上がったところを、肩をそっと押された。
(ラッキー、ね。違いない)
誰にも分からないよう、深呼吸。気分が楽になった。
教壇に上がると、まず、先生が口を開いた。
「あー、彼女、朝倉さんは二年になって、本校に転校してきたんだ。そのつもりで聞くように」
そして促され、公子は始めた。気持ちだけでも胸を張って、自分にできる限り堂々と、元気よく。
「F県の県立南高校から来ました、朝倉公子と言います。父の仕事の都合でよく引っ越すのですが、まだ自己紹介は苦手です。今度の転校は、うまく新学年から始められてよかったです。好きな科目は国語全般と音楽、苦手なのは理系科目です。クラブは、前の学校では、料理部に入ってました。こちらで何に入るかは、まだ決めていませんが、楽しみにしてます。趣味とか特技って言えるかどうか分かりませんが、ギリシャ神話を覚えるのが好きです。
えっと、まだ慣れていなくて、学校のこととか、何も分かりませんので、教えてください。どうぞ、よろしくお願いします」
喋り終わって一礼。丁寧すぎて嫌味にならないように、すぐに顔を上げた。
(うまく行った、かな)
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