第53話 二人の会話×2
* *
悠香が順路を引き返していると、じきに頼井と出くわした。
「あら。何してんの」
お互い、ほぼ同時にそのようなことを口走る。一瞬、沈黙ができたが、先に悠香が答えた。
「ぼちぼちいいかなと思って、あんた達を迎えに行くところだったのよ」
「ふうん。公子ちゃんは?」
「一成君の御守」
「え、二人とも悠香と一緒に来りゃいいのに」
「一成君が少しでも先を見ておきたがったからね。公子はそれに付き合ってるのよ」
ちょっぴり嘘が混じったが、事実から大きく外れる訳でもないので、許されよう。
「そんなことより、要の様子はどう?」
「ま、なんつーか……見た感じはさほど具合悪そうじゃない。ただ、秋山の奴と二人で話したいことがあるみたいだったから、邪魔しないように離れたんだよ」
「え、あ、そう」
まさか何か決定的な質問を秋山君にぶつける気じゃないでしょうね、カナ? そんな思いがよぎったせいで、妙な
「――話がしたいって、カナが言い出したの?」
頼井は知ってか知らずか、「ああ、そうだよ」と同様に軽い受け答えを返してきた。
「一応、付き合ってるんだし、さっきも言ったように、要ちゃんの具合はそんなに深刻そうじゃなかったから、二人きりにしてもいいだろうと。むしろ俺はおじゃま虫なわけだしさ。だめだったか?」
「別にだめとは言ってないから。それより、カナが行けそうなら、このまま見学……観覧?を続けるってのもありなのかしら」
「いや、そこはどうだろう……」
「カナが帰りたがっていたの?」
「というか、秋山に……甘えたがっている感じが垣間見えたもんで」
「甘えたがる?」
頼井の表現に、眉根を寄せる悠香。頼井はすぐさま補足してきた。
「頼りたがっていると言えばいいのかな。もしくは、優しくしてもらいたいオーラが出ているって言うか。俺、女子からそういうの感じることって結構あるし、当たっている自信もある」
「自慢か」
悠香は辟易の苦笑を口元に浮かべたが、じきに引っ込める。
「お持てになる頼井クンの勘では、それ、二人きりで回りたいとかではないのね?」
「そうだな。とにかく二人で話したいって空気だった」
「話が済めば、元通り?」
「元通りというのが何を指しているのか分からんが、それは話の内容次第だろ。そこまでは俺だって知らねえってば」
だろうねと口中で呟く悠香。ほんとに二人を放っておいていいものか、判断に迷う。いや、判断するには材料が全然足りない。かといって、今さら秋山と要が話している場に押っ取り刀?で駆け付けるのも変だ。頼井には背を向け、二人がいるであろう方角を見つめた。
(ああ、もう。要ってば暴走しないでよ、お願いだから。せめてこの旅行の間だけでも、平穏に過ごせるように……)
胸の内でそう唱えた悠香。ふと、自分が知らぬ間に手を拝み合わせていたと気付く。
「んん? どうかしたか」
頼井ののんきな調子の声が、彼女の背中にちょんちょんと触れるように届いた。悠香は己の無意識に出た仕種を悟られぬよう、急いで手を下ろすと、
「何でもないわよ」
と急ぎ口調で答えておいた。
* *
「秋山君、ごめんね。折角の観覧を中断させちゃって」
そう言う要の声は、普段に比べるとくぐもっていた。椅子に腰掛け、気持ち、秋山の方に寄りかかっている。
「もういいよ。何遍謝るつもりなのさ」
苦笑顔になって秋山が応じる。事実、要は同じ意味合いの謝罪を何度も重ねていた。
「だってぇ……気が咎めちゃって、私」
くぐもっていた声が甘えた調子になる。一方、秋山は苦笑いからさらにしかめ面になった。
「気が咎めるも何も、身体の調子が悪くなったんだったら、仕方がない。気にする必要なんて、これっぽちもないんだって」
「う、うん。それはそうなんだけど、やっぱり……」
論理的に返され、要は少し驚いたようにどもった。その小さな変化秋山は気付いているのかどうか、要をフォローする台詞を口にする。
「僕は気にしてないから。――まあ、他のみんなが中断を気にしてるかどうかは、知らないけれどね」
「……もしそうだとしたら、私の味方をしてくれる?」
「え、味方? 一緒に謝るとか?」
意味を解しかねた風に一瞬目を細め、次いで、思い付きらしき答を返す秋山。しかし、要は頭を左右に振った。
「ううん、そうじゃなくって……応援してくれるかどうか、というか……」
「ああ、ここの観覧を中断することになっても、僕は全然気にしてないっていうアピールを、みんなにすればいいのかな」
「そう、そんな感じ」
少し、会話に間ができた。他の来場者達による喧騒が空間を占めようとする。
「……気分はどう? 動けるようなら……」
秋山は気遣いを示した。
「えっと、随分よくなったよ、うん。正確に言うなら、まだちょっと具合よくない感じが残ってるけれども、その分を穴埋めできるくらい嬉しいことがあったから」
想いはずっとずっとかわらずに 小石原淳 @koIshiara-Jun
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