第43話 晴れのち曇り?

 天気が崩れそうな様子だったので、工場見学を終えると、さっさと帰ってきた。夕方、五時前。まま、いい時間である。

「まだ働いてる」

 ずっと身体を動かしているわけでもないだろうが、農業に精を出している大人二人の姿を見て、また感心してしまう。

(帰りのバスからも、あちこちのぶどう園で働いている人達が見えたっけ)

「あら、お帰り」

 伊達のおばさんが、秋山達が戻ったのに気づいた。

「お腹、空いてる? 何なら早めに作るけど、どうかしら?」

 秋山らは互いに顔を見合わせて、すぐに結論を出した。

「叔母さんの普段通りでいいです」

「そう? でも、おやつぐらいはいいでしょう。ぶどうのシャーベットがあるわよ。ぶどうづくしで悪いんだけど」

 と言って、笑う。

 それならと、いただくことにした。ジュースを浴びた公子だけ着替えてから、玄関に近い八畳間に集まる。

「何か、もてなされっ放しで、落ち着かない」

 悠香でさえこうだから、気遣い性の公子の心中は言うまでもない。

「着いてすぐ、手伝ったんだから、気にすることないって」

 一成は、シャーベットを無造作に食べている。恐らく、今までに飽きるほど口にしているのだろう。

「おねえちゃん達が手伝いたいって言い出してくれたの、よっぽどうれしかったみたいだよ」

「遠慮は無用ってこと」

 秋山も調子を合わせる。自分も世話になる身である一方、皆を連れてきた立場でもあり、内心では気苦労があるのかもしれない。

「宿題、やってる?」

 しばし静かになったかと思ったら、悠香が唐突に話題を振った。

「ちょっとずつね」

 公子が答えた。

「そうしないと落ち着かなくて。でも、今度の旅行の間は宿題できないから、その分、前の日までの負担が増えちゃって」

「夏休みの終わり頃なら、たとえ旅先であっても、みんなで宿題、持ち寄ってさ、教え合うのにな」

 悠香がこぼすところへ、頼井が口を挟む。

「どうせそうなるんだろ? 去年もそうだったし。頼りにしてます、秋山先生」

「おまえなあ」

 拝んできた頼井を、うざったそうに手で払う格好をする秋山。

「少しは自分でやれよ。受験のとき、苦労するぞ」

「そのときはそのときで」

「ちょっと」

 話に割って入る公子。要のことを気にしたのだ。

(さっきからあんまり喋らないな、カナちゃん。学校違うから、こういう話題はさけた方が……)

 と思いつつも、無理に話題を変えるのもおかしいので、やむを得ず引き継ぐ。

「カナちゃんは宿題、どう? 多い?」

「……うん、普通ぐらい」

 要は、ワンテンポ遅れて答えた。何かに気を取られていたようにも見受けられる。

「みんなのとこより、内容は簡単だと思う」

「そうかな。去年、いっしょにやってみたけど、そんなに差はなかった」

 秋山が答えるのを聞いて、公子は内心、ほっとした。

(何だあ、カナちゃんもいっしょになって、宿題やってたんだ。それなら気にする必要もないか)

 ところが、別の疑問が浮かんできた。

(あれ? だったらカナちゃん、どうしてあんなに喋らないんだろう? 何だかずっと、考え込んでいる感じ……。試飲のときのいきさつ、まだ気にしているとか? でも、それってカナちゃんらしくないし)

 公子の心配をよそに、要は、みんなが話しかける分には応じている。

「今年も八月末にはお世話になります」

「お互いにね」

「僕も!」

 退屈そうにしていた一成が、一転して元気よく言った。いたずら坊主のような顔つきをしている。

「おまえは小学生だろう。俺達が教えてばかりで、そっちからは何もない」

 一成に対しては、秋山の口調はきつくなる傾向があるようだ。

「そんなこと言わず、ボランティアということで。先生」

 どこで覚えたんだか、芝居がかって、手もみをする一成。きっと、テレビドラマの影響に違いない。

「やぁっぱり、いっしょだわ。頼井も一成君も、秋山君を先生って呼んでる」

 悠香がからかうと、頼井は冷静な対応を見せた。珍しい。

「聞くはいっときの恥、聞かぬは一生の恥だもんな。なあ、一成」

 自身のことを表すのに合っているような合っていないような、ことわざの変な使い方をして、頼井は小学生と肩を組んだ。一成の方は、わけが分からないまま、いっしょにやってる様子だ。

 玄関の方で物音がした。伊達のおばさんが夕食のために、戻って来たらしい。


「すっかり、『いい子』しちゃってるよなあ」

 皿をテーブルへ運びながら、頼井が情けない声を出した。

「まあ、悪い気持ちはしないものの……」

「何が不満?」

 同じく食器運びの秋山が聞いた。

「俺が事前に描いていたのは、夜も遊びに出かける構図なんよ」

「ぶどう畑があるようなところで、夜、出歩くような場所はあんまりないって気づきそうなもんだ。甲府の市街ならともかく」

「うーむ」

 そんな会話が耳に届き、公子はくすくす笑った。

 公子達女子三人は、台所で夕食作りを手伝っていた。もちろん、彼女たちにできる範囲で。

「ワイン、こんなに使うんですか」

 悠香が覗き込むのを、伊達のおばさんはうれしそうに見やっている。

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