第27話 浮つかないように地に足着けて

「……それは……」

 公子は視線を下げた。首を振ればいいものを、問いかけに対して身体が正直に反応してしまう。

「秋山がいるもんな」

 うんうんとうなずく頼井。

「秋山のことを吹っ切れていたら、地学部に入りたいと思ったり、カナちゃんに気を遣ったりするものかい? そもそもさ、秋山がいるから、うちの学校に転校してきたんだろうね」

「……」

 無言のまま、公子は再び歩き始めた。すぐについて来る頼井。

「公子ちゃん」

「――頼井君に隠しごと、できないな」

 公子は頼井の顔を見上げ、苦笑混じりに微笑む。

「私、秋山君のこと、吹っ切れてない。正直に言うと、こっちに戻って来た途端、カナちゃんが告白に成功したと聞いて、目の前が真っ暗になりそうだったの……」

 頼井は口を真一文字に結び、続きを促すように肩を揺らした。

「中学生のときのまま、あの日から時間が経たないまま、また始められたらって思ってたから……。それでも私、これでいいんだと思うようにした。初めに、カナちゃんを応援しようと決めて、こうなることを望んでいたんだから、いいんだよねって。それなのに……」

「忘れられない、か」

 顔だけ、天を仰ぐ頼井。抜けるような青空が広がっている。その中、薄ぼんやりとした月が残っていた。

「私、表面を取り繕って、友達を裏切っている。カナちゃんに気持ちを隠したまま、秋山君と親しくするのって、カナちゃんに悪いわ。だから、同じ部に入るなんて」

「そんなばかな。同じ部に入るぐらい……」

「私にとっては簡単な、何でもないことかもね。けれども、カナちゃんにとったら、凄く憧れていることだと思うの。同じ学校に通って、同じクラスになって、同じクラブに入る……。好きな相手とは、少しでも近くに、少しでも長くいっしょにいたいって思うものでしょ。学校が違えば、なおさら。だから、私だけ秋山君と親しくしすぎちゃいけないって」

「また、そんなことまで気を遣う……。ま、今はいいとしよう。それより、いつまで自分の気持ち、隠しておくの?」

「それは……聞かないで」

 うつむく公子。うつむいてしまう。

 頼井は、仕方ないなと肩をすくめた。

「分かった。聞かないよ。でも――そうだな、二つ、言わせてほしい」

「え?」

「公子ちゃんもつらいだろうけどさ、君が要ちゃんに気を遣うことで、苦しんでいる奴もいるかもしれないって、頭の片隅に置いといてよ」

「……うん」

 こくりとうなずく。よく分かっている。

(秋山君……私が気持ちを偽って、つれない返事をしたせいで、あなたは傷ついた? カナちゃんを好きになった今では、もう終わっているかしら……?)

「もう一つ。とりあえず、地学部に入っちまいなよ」

「だ、だって」

 顔を上げ、頼井の方を振り向きながら、たじろぐ公子。

「どうしても気にかかるのなら、ひとまず、こう考えたらどう? 白木さんも地学部に入って、秋山を狙ってるのは知っているんだよね。だったら、白木さんが秋山に接近しないように見張るのが、自分の役目だと」

「……分かった」

 公子は鼻をすすった。いつの間にか、涙目になっていたらしい。

(また本心を偽ることになるけれど……そうでもしないと、いつまでもこのままだわ)

「ありがとうね、心配してくれて」

「礼を言われるような大したこと、してないさ」

「そんなことないって。あ、そうだ。頼井君は、部活は何をしているの? ユカは新聞部に入ったって聞いてたけど」

「それが、帰宅部なんだな。日本拳法以外のスポーツはあまりやる気ない。かといって、文化系は」

「だったら、いっしょに入ろうよ、地学部。私に入部を薦めといて、頼井君がどこにも入ってないのは、無責任だわ。ふふふっ」

「えー? 俺、ああいう陰気な世界はちょっと……」

 顔をしかめる頼井。本心から遠慮したがっているように見える。

「陰気じゃないってば。広く見れば、化石なんかも関係しているのよ。恐竜っていつでも人気あるじゃない」

「そうかもしれないけど」

「ほら、星のことだって、知識を身につけたら、デートでプラネタリウムに行ったとき、女の子から尊敬されるかもね」

「……なるほど。いいかもしれないな」

 しかめ面が、楽しげなものに変わった。

「じゃ、決まり。早速、今日、部室に行ってみよ。ね」


 地学部の活動は、第二理科室を借りて行われる。鉱物の標本や天体模型等を並べた棚がたくさんあるため、普通の教室より狭い印象。

「うれしいな」

 にこにこしている秋山。手元には部員名簿。

「一年生の新入部員、期待してた人数を下回っていたからなあ」

「やっぱり……地味だ」

 棚を見渡しながら、頼井はぽつりとこぼした。

「秋山、何人いるんだ?」

「その前に、名簿に名前を」

 紙と鉛筆を突き出され、頭をかく頼井。

「俺のこと、知ってるだろうが。書いてくれよ」

「自分で書く決まりになってるんだよ」

「ったく……」

 名簿を手にした頼井は、目を忙しく動かした。そこにある名前をざっと数えたらしい。

「俺と公子ちゃんが入って、やっと十五人か。各運動部と比べたら、人数も少ない」

 頼井の愚痴を無視して、秋山は名簿と鉛筆を公子に回した。

「はい」

 公子はそれらを受け取ると、椅子に落ち着いて、頼井の下の欄に自分の名前を記入した。それから秋山の名を探す。

(三年生の人が四人に一年生が五人。二年生は私と頼井君を含めて、六人になったわけか。秋山君、二年生じゃ一番最初に入部したのね)

 その通り、秋山の名は、二年生の中では一番上に記されていた。

 四番目に、あの白木麻夜の名前もあった。

「他の人達は……」

「今日は活動日じゃないから、多分、誰も来ないと思うけど」

「いつやっているの?」

 秋山が遅くなる日はチェックしている公子だが、それがクラブ活動のためなのか、クラス委員の仕事のためなのかまでは、把握していない。

「週に二回、火曜日と金曜日だよ。集合時間は特に決めていない。あとは毎日、百葉箱のデータ収集。それと昼休みに、太陽の観測を屋上でやっているんだ」

「あれ? でも、秋山君、いっつも昼休み、教室にいる……」

「観測は一年生の役目だからね。最初に教えてあげて、あとは当番制。そうだ、公子ちゃんや頼井にもやってもらわないといけないな」

「何だって?」

 突然、振り返った頼井。窓の外を眺めながらも、話は聞いていたらしい。

「俺の聞き間違いか? さっき、観測は一年生の役目だと言ったよな」

「取り消す。新入部員の役目、だ。みんな同じことをやってきてるんだから、二人もそうしないとね。一年生にできることを二年生が知らないと、格好つかないだろ」

「そうよね」

 公子は頼井に顔を向けた。

「頼井君、私が無理に引っ張ったから、つまらないかもしれないけれど……。とりあえず、私が覚える。そして、興味を持ってもらえるように教えるから。ね? お願い」

 頼井の方は、参ったように後頭部に右手をやった。

「な、何も、嫌だとは言ってないよ。秋山の言い間違いを指摘しただけだ。おい、秋山」

「何だよ」

「おまえが教えてくれるんだろうな。一年生から教えてもらうってのだけは、絶対にお断り」

「まーったく、変なところでプライド高いんだから、おまえは。いいよ。明日の昼、晴れてたら僕が教える。公子ちゃんもね」

「ええ」

 それから秋山は、一冊の大学ノートを取り出した。

「明日は、と。六田ろくたさんが当番だな。言っておかないと」


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